#9 損するタイプですよね、ああいう人

「なるほど、なるほど。それでお兄さんは神社の図書館へ向かったわけですか」


 デカメロンの部屋に着き、彼を布団の上に寝かせた歩亜郎たちは、通報によって駆けつけた想造犯罪対策課の捜査員たちに状況の説明をしていた。いわゆる事情聴取である。


 その捜査員の中には、アンサーズのメンバー、桃下鬼衣人もいた。


「状況は理解できました。僕は魔女のことを鬼灯さんに報告しますね」

「ああ、頼むのだ」

「それにしても、メロンさんは大丈夫なのですか? 包帯まみれではないですか」


 ちなみに今、意識を取り戻しているデカメロンはヘルメットを外しており、代わりに包帯で顔をぐるぐる巻きにしている。こんな時くらいはヘルメットを外した方が心身ともに楽になれるだろうという乃鈴の考えを受け、彼が代替案として包帯を巻きつけたのだ。


「里の掟は守らねばならない、でござる」

「やはり、忍者って大変ですね」

「忍者であることが、理由ではないと思うのは僕だけなのか?」


 歩亜郎を他所に、鬼衣人はタブレット端末を鞄に仕舞うと座布団の上から立ち上がった。


「さて、僕は一度署に戻ろうと思います」

「こんな夜遅いのに、か? 夜更かしは背が伸びなくなるのだ」

「魔女は市内の【答想者アンサラー】たちを狙っています。僕が休んでいる場合ではありません」

「まあ、お前の背が縮もうが伸びようが、僕には関係のないことだが」


 歩亜郎が棒状のスナック菓子を取り出す。一本十円ほどで売っている、『美味しん棒』というお菓子だ。納豆味と、サラミ味。それら二本を鬼衣人に手渡した。


「納豆味は葉子の分だ。ちゃんと渡すのだ」

「お兄さん! ありがとうございます!」

「別にお前のためではない。どうせ葉子も署にいるのだろう?」

「そういうツンデレは今時流行らないと思いますけど」

「知らないのか? 僕のツンデレは一部界隈で需要があるのだぞ?」

「またそんなことを。本当に、ありがとうございます、お兄さん」

「やめるのだ、気持ちが悪い。お前からそんな風に礼を言われると、寒気がする」


 歩亜郎はそれだけ言うと、鬼衣人に背を向ける。用件は済んだようだ。彼は彼なりに魔女を追うつもりである。デカメロンたちに一声かけ、神社から去っていった。


「お兄さんも行きましたし、署に戻りますね。一応、神社には捜査員を配置しておきます。また魔女が戻ってくるかもしれませんし」

「助かる、でござる」

「ありがとうなの!」

「いえいえ。僕たち、仲間ではないですか。困ったときはお互い様ですよ」

「キートのような気遣いが、歩亜郎にもできてほしいものだ」

「お兄さんは照れているだけですよ。本当は誰よりも人の心に敏感なのに、それを上手く表現できないだけです。損するタイプですよね、ああいう人」

「わかるような、わからないような」

「ま、お兄さんはお兄さんですからね。それでは失礼します」


 鬼衣人は境内の外に停車していたパトカーに乗り込み、他の捜査員の運転で四季市警察署へ向かった。鬼灯刑事に状況を説明するためだ。


「そういえば、何で魔女さんは図書館に侵入したのかな?」

「拙者たちのような【答想者アンサラー】を狙って、待ち伏せていたのか。あるいは図書館内の蔵書を狙って侵入したのか。いずれにせよ、曲者であったことに間違いはありません」

「そう、だよね」

「乃鈴様?」


 乃鈴の暗い表情に、デカメロンは慌てふためく。何か自分はおかしなことを言っただろうか。彼は乃鈴との会話を思い出すが、特に心当たりはない。


「魔女さん、苦しそうだったの。何かに駆られているような雰囲気だったの」

「魔女が?」


 乃鈴は相手の心を本にして読むことができる。その能力は先ほどの想造力学実験では無効化されたものの、断片的ではあるが魔女の心を読むことができたようだ。


 魔女は何かに駆られて行動している。苦しそうだと、乃鈴は言った。


「魔女さんの殺意、あれは本当に魔女さん自身のモノなのかな?」

「それは」


 デカメロンには、わからない。わからないからこそ、その言葉が彼の脳裏に焼き付いた。


「魔女さん、強すぎる殺意のせいで、自分の本心まで押し殺しているような気がするの」

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