さそり座の運勢、最良の日
#12 端くれなりの責任があります
「魔女め! 今度は神社で犯行に及んだのか!」
「ええ。まあ、相変わらず被害は亡くなってしまったみたいですが。でも、ですね」
四季市警察署の想造犯罪対策課の部屋にて、桃下鬼衣人は自身の上司である鬼灯都丸に先程の
「でも? 何だ」
「魔女は焦っていたのか、逃走の際に被害者の負った傷だけは殺し忘れたみたいで――要するに、その傷口に付着したアナムネーシス・ウイルスの属性から、魔女の正体がわかるかもしれません」
「本当か!」
「しかし、傷口に付着していたウイルスの量が思ったよりも少なく、鑑識の見立てでは分析にまだまだ時間がかかるみたいですよ」
「そう、か。報告ありがとう。俺も他の仕事が片付き次第、現場に行ってみる」
「よろしくお願いします」
「それはそうと――葉子が来ているぞ。何かお前に用でもあるのでは?」
「おっと、そうでした」
「ちゃんと対応しろよ。あいつは拗ねるとややこしくなる性格だからな」
次の現場に向かう鬼灯を見送った鬼衣人は、部屋の奥でスマートフォンを弄る葉子を見つける。相変わらず彼女の左目の眼帯が、彼女自身の機嫌の悪さを物語っていた。
鬼衣人は、歩亜郎から預かっていた美味しん棒納豆味を葉子に渡す。
「お待たせしました、葉子ちゃん」
「別に待ってないけど、待っていたことにしておく」
歩亜郎と葉子、こういう部分は兄妹同士そっくりである。どこか捻くれていて、けれども本心がまるわかりな、そういう表情をする部分が非常にそっくりだ。
鬼衣人は自身のニヤニヤ笑顔を葉子に指摘される前に、佇まいを整えた。
「さ、早く帰るわよ」
葉子は時間さえあれば、鬼衣人の帰宅時間に合わせて彼を警察署まで迎えに来ることもある。その頻度は、本当に気紛れと言って良い回数であるが、鬼衣人は葉子と一緒に帰れるという事実そのものが嬉しいので、彼女の気紛れは気にしていない。
警察署を出た鬼衣人と葉子は、そのまま自分たちが住む土湖花野学園の寮がある、『メメント森』へ向かう。その途中鬼衣人は、葉子による歩亜郎に対する愚痴を聞き続けていた。
「そういえば、葉子ちゃんたちはサンタクロースを捜しているのですよね?」
流石に鬼衣人も、葉子の愚痴に付き合うのが辛くなったのだろう。露骨に話題を変えた。
「そう、だけど」
「僕も時間があればサンタクロースの捜索、手伝っても良いですか?」
「良いも悪いも、アンタだってアンサーズの一員なのだから、捜しちゃダメってことはないと思うけど、想造犯罪の事件捜査だって忙しいのに」
「なぁに、気分転換ですよ。僕だって、サンタさんに会ってみたいですし」
「キートはサンタの存在肯定派?」
「否定はしません。でも、存在したら面白いな、程度です」
「アタシも似たようなものね。でも流石に空は飛ばないと思うけど」
「わかりませんよ? サンタさんが【
「ウイルス騒動が始まったのは三十年前よ? サンタクロースの存在は、それ以前から語り継がれている。サンタが【
そこで鬼衣人が葉子の唇に、人差し指を押し当てる。急な出来事であったため、葉子は呼吸を止めてしまい、混乱するが、冷静に考えて鼻で呼吸をすれば良いことに気づく。
「葉子ちゃん、アイ・システムを起動してください。そして、デリケイト・センサーでウイルスを感知してください。今、すぐに」
そんな葉子を他所に、鬼衣人は至極冷静に葉子に指示をする。何故、そんなことを――葉子の頭の中を疑問が支配するが、だからこそ、今この場で最も信頼できる人間の言うことを聞くことにした。
葉子がアイ・システムを起動する。そして、繊細なるセンサーとも呼ばれるデリケイト・センサーが、周囲のウイルスに反応した。
今、この場にアナムネーシス・ウイルスが蔓延している。別にウイルスが蔓延すること自体はこの街では珍しいことではない。しかし、問題はその蔓延しているウイルスの量にあった。これは流石にアメイジング・グレイスでは制御できないレベルの量である。
「
「
すぐに
「だ、大丈夫ですか、葉子ちゃん」
「何とか、ね」
それぞれ
先程の場所から少し離れた公園のベンチで息を整える。深呼吸を一回、二回と繰り返しているうちに、頭の中の霧が晴れていく。そしてすぐに浮かんだのは、警察や消防への通報義務感であった。しかし、すぐに鬼灯に連絡しようとする鬼衣人の手を、葉子が掴む。
「落ち着いて。市内であれだけのウイルスが蔓延していれば、すぐに誰かが気づく」
「で、でも!」
「発生源が人為的なものであった場合、犯人は今頃、逃げようとしているはず。その前にアタシたちで捕まえるわよ」
「応援もないのに、無茶ですよ!」
「なんだか嫌な予感がするのよ。馬鹿兄貴風に言うならば、デリシャスではないってヤツ」
「しかしウイルスの蔓延範囲内に潜り込むのは――そうか!」
ここで、鬼衣人は葉子の
彼女の
「世界は答えでできているって、アメイジング・グレイスの開発者も言っていたし。ま、なんとかなるでしょ」
「楽観的過ぎますよ」
「なら、あんたはこの状況を数分でも放置する気? 捜査官なのに?」
「所詮僕たちは子どもです。できることにも限界があります。ですが」
鬼衣人は掃除機型の
「捜査官の端くれには、端くれなりの責任があります。行きましょう!」
「あーあ。だから、アタシってあんたのこと」
葉子も雨傘型
「ま、いいわ。突入よ!」
「え! そこはしっかりと言ってくださいよ!」
「うるさい! トマトジュースを没収するわよ?」
「そ、そんな! せっかく的当先輩にもらったのに!」
それはちょっと――いや、かなり困る。そう思った鬼衣人は葉子の言うことを素直に聞くことにした。
そういえば今日はやけに月が綺麗な夜だ。後で葉子ちゃんに言ってみようか。とても警察の端くれとも思えないような悪戯染みた笑顔を、鬼衣人は浮かべた。
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