#13 文字通り、何もない

 葉子がウイルスの性質という答えを逆転させ、程良く無害となったウイルスを鬼衣人が装造武想イマジナリーアームズで吸い取る。あまりウイルスを無害にし続けると、葉子たちにも影響があるので、本当に程良く無害にしている。


 葉子たちは答想者アンサラーだ。ウイルスと共生しているようなものだ。そのウイルスが突然身体の中で力を失った場合、どのような影響があるか、未だに判明していない部分も多い。


 そういうわけで、こうして身体に影響がない程度の無害にとどめているのだ。


「ウイルスの濃度が低下し始めています。順調ですよ」

「そうね。でも」


 葉子が周囲を見渡す。


 ここは先程一時的に避難した公園からそんなに離れていない。それに、あの公園がある道は葉子もたまに通る。要するに今いる場所も多少は知っているはず。しかし、葉子にはどうしても現在地についての情報がなかった。ここは一体、何がある場所なのだろう。


 夜遅いというのに、この近辺には光源がない。街灯や照明といったものが見当たらないのだ。よって、左目に眼帯を着けている葉子には周囲の様子を窺うことができていない。


 隣の少年はどうなのだろうか。


「キート。あんた、アタシよりも視力強いわよね? この暗闇の中でも見えているの?」

「ええ。見えますとも、葉子ちゃんの顔がよく見えます」

「あっそ」

「でも妙ですね。先ほどから廃墟ばかりですよ、周り」

「は?」

「文字通り、何もない。そう、何も――まさか!」


 鬼衣人が叫ぶ。そして、驚く葉子の手を間髪入れずに掴み取り、今の今まで歩いていた道を逆走する。しかし、いつまで経っても先程の公園まで戻れない。


「どういう、こと?」

「【世都内界アニマ・スフィア】ですよ! 今、周囲の景色は何者かの【世都内界アニマ・スフィア】に上書きされています!」

「でも、周りは廃墟だけだって言ったじゃない!」

「捜査資料で見たことがあります。内界、つまり心の中の世界が破壊されると、その断片が廃墟のように、現実にしばらく残ることがあると」

「じゃあ誰かの【世都内界アニマ・スフィア】が破壊された後なの?」

「その可能性が高いといえます。しかし、そうだとしても最初の蔓延していたウイルスの量は異常ですよ」

「まだ近くに【答想者アンサラー】がいるかもしれないわ。捜しましょう」

「その必要はないよ」


 突如、この場にいなかったはずの他の人間の声が聞こえてくる。そして、何か塊が前方から飛んでくる。葉子たちは間一髪、それを避けた。


「一体、何なのよ!」


 葉子が後方へ振り向く。


 そこには、仮面を顔に着けた男が倒れていた。先ほど飛んできたのは、人間の身体だったのだ。鬼衣人がすぐに倒れている男に駆け寄り、仮面を剥がす。まだ息はある。


 彼を投げてきたのは――鬼衣人が再び前方を向いたので、葉子も振り向く。


「あなたは!」


 鬼衣人たちの前に立っていたのは、顔に仮面を着けた銀色の短髪少女であった。


「特徴が一致します! 彼女は神殺しの魔女シャットダウンのまじょです!」

「そんな!」

「怖がる必要はないわ。今夜の舞踏会は終わったもの。君たちは殺さないよ」

「どういう風の吹き回しですか! 今まで大勢の【答想者アンサラー】を襲ってきたのに!」

「今、ちょっと冷めちゃっているの、私。殺意が湧かないの」

「なら連行します! 鬼灯刑事の鬼のような取り調べを受けてもらいます!」

「それは、つまらなそうだから却下だね」


 警察署へ行くことを拒否した後、魔女の瞳が輝く。すると、廃墟のような景色が徐々に薄れていき、元の景色に変化する。ここは住宅街であった。


「私、これから行くところがあるの。だから君たちにはついて行かない」

「そんな理由で!」

「君、捜査官でしょう? 知りたければ自分で捜査すればいいじゃない」


 鬼衣人は、黙り込む。


 そしてしばらく思考の海を、迷いながらも泳ぎ切る。


「なら僕はあなたを尾行します! 堂々と!」

「キート、あんた何を言って!」

「葉子ちゃん。その男の人のために救急車を呼んでください。そして通報後、速やかに帰宅してください。お願いしますよ」


 確かに男性をこのままにしておくわけにはいかない。せめて通報くらいはしておこう。葉子も鬼衣人と同意見であった。すぐに端末で救急車を呼ぶ。


 しかし、『速やかに帰宅』の部分は納得できなかった。


「アタシも行く。あんたのことだから、魔女に篭絡されたらたまったものじゃない」

「あはは、僕は葉子ちゃん一筋ですよ」

「どうだか」


 葉子の眼帯が彼女の機嫌の悪さを物語っていた。それを見た鬼衣人は慌てて、気を引き締めなおす。相手は魔女だ。それなのに、どうしてこんなにも気が緩んでしまっているのだろう。既に魔女の術中に嵌まっているのだろうか。魔女に対する警戒心を、殺されているのかもしれない。葉子という心のストッパーがいなければ、鬼衣人が危うい状況に陥ることは確実である。


 本当は葉子を市警の捜査に巻き込みたくはなかった鬼衣人であったが、しぶしぶ葉子の同行を許した。苦渋の決断である。しかし、それ以上に心強さを彼は感じた。

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