#14 寝言は寝てから言うものよ
「それで? あんたはどこへ向かっているの?」
「何で君たちに教えなきゃいけないの?」
「それもそうですね」
先を行く魔女の背中を、鬼衣人たちが追いかける。先ほどから彼らは魔女に様々な質問を投げかけているが、彼女は一向に応じない。「捜査をしろ」の一点張りである。
そんなに応じることが不都合ならば、今ここで鬼衣人たちを殺せば良いだけだ。しかし、魔女は何も武装を用意していない。証言にあった箒型の刀も持っていない。
彼女は丸腰なのだ。せっかくの機会なので、鬼衣人は魔女を観察することにした。今後彼女を逮捕するときに役立つかもしれない。本当は鬼衣人が逮捕できれば良いのだが、帰宅途中だったため、手錠を警察署に保管してしまっている。それに、被害亡き通り魔事件に物的証拠は無く、逮捕状もまだ用意できていない。
今の鬼衣人には、彼女を逮捕できなかった。まあ、逮捕する気も無いのだが。
「先ほどの廃墟は、あの投げ飛ばされた男性の【
「捜査をすれば、わかることでしょう?」
「そして、それを破壊したのはあなただ」
「君たち、私を尾行しているはずじゃなかったっけ」
なんともまあ、堂々とした尾行である。対象に話しかけている時点で、尾行の概念が破綻していることは明らかだ。それでも執念深く質問を繰り返す鬼衣人たちに魔女はようやく返事をする気になったのだろうか、一呼吸を置き、言葉を紡いでいく。
「そうよ。私が【
「しかし、あの男性に【
「あの男は、アンロックを使っていた」
「何ですって」
アンロック。認可を受けていない違法改造ナノマシンワクチン。
これを投与すると、ウイルスを制御できないどころか、増殖し、暴走を始める症状が出る。少なくとも、これを認めている国は日本を含めてどこにもない。
「一体誰がそんなものを」
「ガイアコレクション、って知っているでしょう」
「ま、そんなことだろうと思いましたよ」
「男はガイアコレクションの構成員。自ら進んでアンロックの実験に参加した」
「自ら? 進んで?」
「それがガイアコレクションという組織よ。首領は絶大な信頼を得ているから」
まあ、一部の人間は首領に異を唱えているけど――魔女は付け加える。
「ずいぶんと、まあ、ガイアコレクションに詳しいではないですか」
「それは、そうよ。私、そこのモルモットだもの」
モルモット。つまり、実験体。ならば、
「そう。
「そういうことですか。だから、歩亜郎お兄さんやデカメロン先輩たちを狙ったのか」
そして、先程の男性も。彼は
彼女、魔女はそんな暴走していた彼を処分するために、あの場所にいたのだ。
「【
そんなことをすれば、世界の答えが置き換わってしまう。リンゴがバナナになってしまうようなものだ。今日、ゼロだったものが明日イチに変わる世界になってしまう。答えが安定しなくなり、世界はその混沌に耐え切れなくなってしまうのだ。
「だけど、やりすぎよ! 【
「そうね。それは、とても悪いことよ」
「なら!」
「でも、これが私の答えなの。止めてほしければ、この答えを上回る強烈な答えを、私にぶつけることね。文字通りのパラダイムシフトを引き起こしてみてよ」
魔女が仮面の穴から覗かせる黄色の瞳は、彼女の本気を物語っていた。
「言っておくけど、私を逮捕することはできない。事件の物的証拠は全部隠滅しているし、何より私には偽造した想造力学の実験許可証がある。捜査は、無意味よ」
「なら僕は警察としてではなく、アンサーズの一員としてあなたの問題を解決します」
「たかだか学園の部活動組織によって、私の答えが変わるとでも?」
「歩亜郎お兄さんなら、解決できますよ」
「あの探偵くんに、それができるかしら?」
「あなたはお兄さんを甘く見すぎです。あの人はあなたよりも悪い悪だ。つまり、ただの悪が抱える問題なんて、簡単に見抜けるし、簡単に解決できる」
「ふぅん。まあ、いいわ」
魔女の案内で鬼衣人たちはある建物の前にたどり着く。壁はひどく焦げており、天井も垂れ下がっている。はっきり言って、崩壊寸前である。だが、以前はもっと規模が大きな建築物であったのだろう。よく観察すると、ここはかつて病院であったような痕跡が窺えた。
侵入禁止、と消えかかった文字で書かれたテープを乗り越え、魔女は先へ進む。追いかける鬼衣人たち。ここに、何があるというのだろうか。
「ここは?」
「かつて、鴎の園病院であった場所」
暗い闇の中を、魔女は迷いなく進んでいく。端から端へ廃墟を物色するその様子は、何かを捜索しているようにも鬼衣人には見えた。
「ここで私は約束をしたの」
「約束、ですか」
「そ。サンタクロースを捜す約束。男の子と、ね」
魔女は崩れかかっている階段を、一段、一段と上がっていき、ある部屋に到着した。部屋番号は二一四、病室であった場所。ネームプレートには名前が書いてあったようで、けれども、もうそれは読めるような状態ではなかった。かろうじて、『環――歩――』と読める。
「私のお姉ちゃん、昔から身体が弱かったの。特に心臓が弱くてね。だから、よく皆でお見舞いに来ていたの。そのとき、病院で会ったのが――ポワロくん」
「ポワロくん? ポワロウ、くん? まさか!」
「ああ、そういうこと。じゃあ、あんたは十年前の火災の真実を知っているわけね」
「ええ」
「ど、どういうことですか葉子ちゃん! ポワロくんって、お兄さんの」
ふと、鬼衣人は自身の額が濡れていることに気づく。嫌な汗だ。彼はそう思った。
「好きだった、ポワロくんのこと」
「そう」
「だけど、あの火事が全部を奪った。パパもママも、私も――ポワロくんとの約束も」
「あんたは一舞さんの」
「そう。私は雪上一無。だけど、実際はどうなのだろう。死者が生者のフリをするのも、限界かもしれないね」
「あ、あなたはすでに死んでいるってことですか!」
「そう言っているでしょう」
「なら、何で生きて――まさか!」
鬼衣人は脳内で、かつて読んだことがある捜査資料のページを記憶が許す限り捲っていく。十年前の火災、鴎の園病院。思い当たるキーワードを浮かべながら。
「魂の、インストールってことですか!」
「へえ。君も知っていたのか」
「だって、魂のインストール計画といえば、歩亜郎お兄さんの中に歩和郎お兄さんの魂が埋め込まれた、ガイアコレクションの」
「やっぱり、そういうことだった」
「キート!」
「え? あっ、しまった!」
鬼衣人は慌てて自身の口を塞ぐが、もう遅い。手遅れだ。
「その様子だと、ポワロくんたちのことは一部の人間しか知らなかったみたいだね。でも、お馬鹿さんのおかげで、私は確信を得ることができたわ。ようやくスッキリできたよ。何故、あの放火魔の中に、ポワロくんがいたのか。やっぱり、ガイアコレクションか! 魂のインストール計画か! それさえ無ければ! それさえ無ければ! ポワロくんは!」
狂った声をあげながら、一無は絶笑する。長年の積み重なった塊が一瞬にして崩れ去り、風が吹き抜けたような――しかし、再び積み重なるものが一無にはあった。
それは殺意。圧倒的な殺意。愛する者を悉く殺し尽くすための、殺戮感情。
「やっぱり私がポワロくんを殺さないと! 認めない! あんな放火魔の中にポワロくんがいるなんて! あんな放火魔のために、ポワロくんが殺されたなんて! 認めない! だから、私が殺すのよ! 次こそはなんとしてもポワロくんの終わりは私が!」
「放火魔って、お兄さんのことですか? でも、何で」
「知らないの? あなたたちがポアロくんと呼んでいるあの男はね、あの火災で大勢の人たちを」
「黙れ」
突如、一無が着けた仮面に雨傘が突き刺さる。葉子の
葉子が怒っているからだ。
「馬鹿兄貴は放火魔なんかじゃない。放火魔はガイアコレクションよ。あいつらの馬鹿な実験に、兄貴たちは巻き込まれただけ。放火魔なんかじゃない、アタシのお兄ちゃんだ」
「君こそ黙ってよ。あの男が、【オリエント】が何のために生まれたか知っているはずだよ! ポワロくんはあんなヤツのために生贄になった! 何がアイ・システムを超えたゴーダ・アイ・システムだ! 【
一無は仮面に突き刺さった葉子の雨傘を投げ捨てると、今度は逆に、箒に仕込まれた刀の先端を、葉子に向けた。
「だったら私はあいつを――
「何がどうなって! どうなっているんですか、葉子ちゃん!」
「兄貴風に言うなら、デリシャスではない状況、ってヤツね」
葉子は鬼衣人の手を掴むと、部屋を飛び出し、階段を乱暴に駆け降りる。あまりにも唐突な逃走劇の開始に、鬼衣人は反応が遅れてしまうが、すぐにブレていた思考を元の位置に戻す。後ろからは一無が流星群を飛ばしながら、一歩ずつ近づいてきていた。
十年前のバレンタイン・デイ。病院の火災。あの日、何が起こっていたのか。
「あの火災。火元はまさか! そうだ! 確かにあの火災では炎解属性のアナムネーシス・ウイルスが蔓延していた、捜査資料に書いてあったような気がします!」
「あら、勤勉じゃないキート。ちゃんと捜査資料の内容を覚えているなんて」
「茶化さないでください! 火災の原因は歩亜郎お兄さん、そうなのですね?」
「認めたくないけど。ええ、事実よ。あのバレンタイン・デイの日、歩和郎の魂をインストールするために、左腕を移植された歩亜郎はウイルスの暴走を引き起こした。その暴走によって、歩和郎の答えを喰らう想像と、歩亜郎の答えを燃やす想像が混ざり合った結果、あらゆる答えを喰い尽くす炎を生み出した」
「その移植実験を行ったのが、ガイアコレクションですね?」
「そうよ。少なくともアタシは保護者である振子から、そう聞いているわ」
真実は呆気ない程に、残酷であった。鬼衣人の頭に出来上がったパズル、彼はそれを直視することができなかった。歩亜郎と歩和郎、そして一無。彼ら彼女は誰もが悪であり、そして悪ではなかった。この逆説渦巻く状況をどうすることもできない自分自身、それを鬼衣人は呪いたくなった。特殊な事例とはいえ警察官になったにもかかわらず――いや、むしろ警察官である鬼衣人だからこそ、この問題を解決しなければならないというのに。
でも、どうやって? 確かに彼ら彼女は罪を犯した。でも全ての発端は秘密結社のガイアコレクションにある。歩亜郎たちは罪人でありながら、被害者なのだ。そんな歩亜郎たちを、自分が逮捕する権利はあるのだろうか。自分はそこまで偉い人間だろうか。鬼衣人は悩む。
「葉子ちゃん、僕は」
「しっかりしなさい、キート!」
葉子の声で我に返った鬼衣人は、答えの無い思考の袋小路から抜け出す。
「あなたは警察官よ! 被害者がいる限り、誰よりも被害者の味方でなければいけない! 下手な同情は事態を深刻化させるだけ! ならばまずアタシたちがやることは!」
「被害亡き通り魔事件を――魔女を、止める」
「上出来ね。兄貴風に言うなら、最高にデリシャスというヤツよ」
顔を見合わせて、互いに頷く鬼衣人と葉子。二人は階段を駆け下りた先で
ただ、ひたすらに溢れ出る殺戮感情と愛情をミキサーで混ぜ込んだような、形容しがたい想像が、彼女のアナムネーシス・ウイルスによって、この場に充満していることは確かだ。
この想像によって魂を支配される前に、勝負を決する必要がある。
「何? どうしたの? 殺される気になった? 良いご身分よね、君。ポワロくんと【オリエント】の関係を知っていながら、ずっと黙っていたのだから。君も同罪だね」
「馬鹿兄貴の秘密を守ったことが罪になるのなら、妹として本望よ」
「兄妹愛が凄まじいね。嫉妬しちゃ――う、な」
そのときであった。魔女の様子に変化が起きる。身体をワナワナと震わせ、両手で己の頭を掴み抱え始めた魔女は、呻き声を出している。何が、どうしたというのだろう。
「いいなぁ」
「え?」
魔女の一言に、葉子は呆けた声を出すことしかできない。
「いいなぁ! いいなぁ! いいなぁ! 嫉妬しちゃうなぁ! 羨ましいなぁ!」
「な、何? 何がどうなって」
「葉子ちゃん! 下がって!」
直後、葉子に襲い掛かる一太刀。間一髪のところで、鬼衣人が葉子をその場に押し倒したことにより、避けることができた。そのまま二人は床を転がりながら、魔女から遠ざかる。
「デリケイト・センサーが解析しました! 魔女のウイルス属性が変化しています。さっきまでは零解属性だったのに、今は」
「嘘! 何で! 大罪属性――嫉妬型になっている! まるで、市役所で馬鹿兄貴たちが戦闘した、あの男みたいな」
「ほう! アンサーズとやらは察しが良いお子様が多いみたいですねえ」
廃墟の廊下。その奥から、仮面を着けた男が一人こちらへ歩いてきている。
「あなたは! まさか!」
「【
「あなた! 雪上一無に、何かしたわね?」
「いかにも! 私のウイルスを素に製造したアンロックを打ち込んだだけですがねえ!」
「同意なく違法ナノマシンを注入するなんて!」
「そういうわけで、彼女は嫉妬に反応しやすくなっていますよお。時間が経てば経つほど、アンロックは身体を侵食していきます。嫉妬が魂を支配したとき、彼女はどうなるのか、見物ですねえ」
何かが、キレる、音がした。
「許さない」
「あえて聞き返しましょう。何か言いましたかあ?」
「許さないと、言った。僕はお前を――許さないと言った!」
「まあ! 無意味な発言――ぐほぁっ!」
次の瞬間。スティーヴンは後方に吹き飛ばされていた。彼の仮面は砕け散り、破片が散乱する。かつてスティーヴンが立っていた場所には、鬼衣人が立っている。仮面の破片が刺さった自身の拳を見て鬼衣人は叫んだ。
「僕を怒らせるな! 桃下鬼衣人を怒らせてはいけないって、歩亜郎お兄さんに習わなかったのか! 勉強が足りないようだな! これだから最近の犯罪者は!」
「な、なんですかこの、怒りのエネルギーは! 我が妹、アシュリアーナの憤怒に匹敵するこのエネルギーをあの少年が! 馬鹿な!」
「知らないなら、覚えてもらいます! 僕の、【
鬼衣人の
「四季市警の人間でありながら、想造犯罪者のような身勝手な暴力性質。モモシタ、キート。そうですか。つまりあなたは司法取引で警察に協力しているだけの」
「黙れ! 喋るな! 息するな! お前に発言権は無い! 来い! 【ハンマーヘッドシャーク】! あいつの血を吸い尽くせ!」
「馬鹿なことを! 私の血を吸っても、大罪属性のウイルスに身体を侵食されるだけ! 抵抗力の無い人間がそんな馬鹿なことを!」
「僕を怒らせた、お前こそ馬鹿だ!」
鬼衣人が
「ブラッディ・ミスト!」
鬼衣人はハンマーヘッドシャークの中で鮮血の球体を生成し、それを掃除機ヘッドの部分から一気に放出した。それは霧状の爆発を起こした後、静かに充満する。
「何をするかと思えば! ただの、こけおどしではないですかあ!」
「喋るなと、言ったはずです」
「生意気なお子様ですねえ! それにしても、しつこい霧だ!」
「そんなに喋りたいのなら、良いことを教えてやりましょう」
「何?」
「【
「そんな当たり前のことを」
「いいや、お前はわかっていない。大抵の【
「だから! 何だと、言うのですかあ!」
「まだ気づかないのですか?」
「何が? はっ! まさか!」
スティーヴンは先ほどのやり取りを思い出す。鬼衣人は何と言った? 宣言の大切さについて語っているくせに、彼自身、まだ
つまり、これは――
「くっ! デリケイト・シールド!」
「無駄です! 葉子ちゃん!」
「レイン・トレイン・エクスプレス!」
赤い霧の中から、突如、槍状の傘を構えた葉子が高速移動で現れ、スティーヴンの脇腹を串刺しにした。判断が遅れたスティーヴンはウイルスによる障壁、デリケイト・シールドの展開が遅れ、葉子の攻撃を直接受け止めてしまう。
「キート!」
「【
葉子が串刺しにしたスティーヴンの身体を、鬼衣人がハンマーヘッドシャークで横に薙ぎ払った。風穴が出来上がったスティーヴンが血液を撒き散らしながら遠くへ吹き飛ぶ。
「一発で済むと思わないでください!」
その遠くへ吹き飛んだスティーヴンを、鬼衣人が掃除機で吸引する。
「吸い込ま――」
「アンブレランス!」
「ぐっ!」
吸引によって近づいたスティーヴンを、再び葉子が串刺しにする。そして、その彼を再び鬼衣人が薙ぎ払い、遠くへ飛ばして、また吸引。葉子が串刺し。薙ぎ払い。吸引。串刺し。
「これでフィニッシュです!」
そのリズムを何度か繰り返した後、鬼衣人は攻撃の際に吸い込んでいたスティーヴンの血液を、彼に向かって放出した。
「【
その血液の型を、血液が持つ答えを、葉子が
「どう? 自分の一部を書き換えられた気持ちは?」
「私の血液型と、アナムネーシス・ウイルスを書き換えたのか! それで拒絶反応が! 何という、ことだ! これほどの【
通常、
鬼衣人が
「正確には書き換えではなく、ただの逆転よ」
「も、元に戻しなさい!」
「嫌ですね。あなたには一無さんの身体に搭載されているアンロックの機能を完全に停止していただきます。持っているのでしょう? ナノマシンの管理権限」
「わ、わかりましたあ! やります! やりますから! おえぇ! 死んじゃう! 私が、死んじゃうから! やめ、やめて!」
スティーヴンの眼が妖しく輝いた後、遠くで喚きながら刀を振り回す一無の行動が止まる。どうやら本当にアンロックを停止させたらしい。溜息を吐いた鬼衣人も、それを見て自身の怒りをどうにか抑え込む。
念のため、葉子には答えの逆転能力を解除しないように頼んだ鬼衣人は、そのままスティーヴンを押さえつける。想造犯罪者は逮捕状を出すことが難しいため、現行犯逮捕が事実上の標準となっているのだが、鬼衣人は今、手錠を警察署に置いている。さて、どうするか。
「意外と呆気ないものね。あのガイアコレクションの幹部が、こんなにもあっさりと」
「どうやらあなたたちの想像とは、相性が悪かったみたいですねえ」
想造力学の研究者によると、【
「素晴らしいですよお、あなたたちのコンビネーション。どうです? ガイアコレクションに来ませんかあ? 首領もお喜び間違いなしですよお」
「寝言は寝てから言うものよ」
「じゃあ、聞かせてもらおうか。お前の寝言」
おかしい。一人多い。けれども、鬼衣人が気づいた時には、もう遅い。
「葉子ちゃ――」
「貫け、【
次の瞬間には、葉子の身体が背中から何かに貫かれていた。
「かっ、はぁ……」
あれは何だ。何なのだ。狐の尾? そんな――そんなことはどうでもいい! 葉子ちゃん! そんな! だって! 何で! どうして――鬼衣人は状況を処理できていなかった。
鮮血が飛び散り、廃墟の壁や床を汚していく。
そう、鮮血が――葉子の血が。
「そうか。お前はこの女の血を、吸いたくて、吸いたくて、ウズウズしているのか」
「な、なにを言って」
「だったらその欲望、解放してあげるよ――【
その言葉を聞いて、鬼衣人の心臓が大きく跳ねた。一瞬、思考が無になったと思ったが、次の瞬間には、彼の頭の中は、抗い難い衝動に襲われていた。
葉子ちゃん。僕の大好きな女の子。不器用で、ガサツで、でもどこか放っておけない危うさを内包した、そんな優しさを持つ大好きな――だから。ダカラ? あれ? アレ? 吸いたい。吸いたい。ナニヲ? 血。血、血血血血血血血血血血血血血血血血血血――
「ダメだ、やめろ――血を吸って、体内に吸収して、何になるという」
カンタンダヨ。彼女の血は、彼女の一部は、僕の中で永遠になる。身体中を巡って、廻って、そして、僕になる。そう、彼女は僕のものになるんだ。
「葉子ちゃんが僕のものに」
ソウダヨ。ソウイウコトダヨ。僕と葉子ちゃんは永遠に結ばれるんだ――鬼衣人の中では、自分のようで自分ではない人物の甘美で、悦で、欲まみれの囁きが跋扈していた。
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