#15 でも、愛おしくないわ

「ドゥンガリーも悪趣味ですねえ。男の子の純情を弄ぶことは罪ですよお」

「何を今更。僕も男の子だから、何の問題もない」

「最近はジェンダー論が流行っているそうですし、男だから女だからとか、そういう時代は終わりつつあるみたいですけどねえ」

「どうでもいいね。僕は欲望を解き放った人間を見ることが好きでさ。それこそが僕の欲望だよ。どんな華でも狂い咲きが美しい」


 ドゥンガリー・クライム。罪深き魔王たちシンフル・イズ・ベストの一人。想造力イマヂカラ欲望解放デザイアリリースにより、人間の欲望を解き放ち、暴走させることができる少年。強欲魔王マモン識別名コードネームを持つ彼が何故、今このタイミングで現れたのか。


「アシュリアーナの仕業ですねえ」

「正解。アシュリアーナは怒らせると面倒だから、あいつの我儘を聞いてきたのさ」

「あの子も何だかんだ兄弟思いですからねえ。私のことが心配だったのでしょう」

「違うけどね。あいつは四季市のゆるキャラ、『カパるしふぁー』が好きだから、そのグッズを代わりに」

「そんなあ! でも、それを頼まれたドゥンガリーに嫉妬ムンムンです!」

「気持ちが悪いよ、スティ兄――まあ、それはそれとして」


 ドゥンガリーは嬉々として、欲望に悶え苦しむ鬼衣人の方を見た。


「あいつ、よほどこの女のことが好きみたいだね。いっそ殺して、もっと血を吸いやすくしてみようかな」

「させ、るか」

「おやおや」


 呻き声を出す鬼衣人。彼は首に掛けていた十字架のペンダントを引き千切ると、それを思いきり自身の胸に突き刺した。葉子の保護者、振子からもらった十字架型の鎮静剤だ。これで少しは冷静になれるはず。なってもらわなければ困る――鬼衣人は息を吐いた。


「はぁ、はぁ……」

「もうおしまいか? お前の吸血欲はそんなもんじゃないだろう」

「僕を吸血鬼扱いするな。あの男と、一緒にするな!」

「あの男? ああ、もしかして、夜炭喰人やずみはみとのことですかあ。一緒にするなと言われても、あなたと彼は確か親子――」

「うるさい! 僕には母親しかいない! 父親? そんなものいない!」

「これだからお子様は。生物学的に考えてですねえ」

「黙れぇっ」

「お前も大変だな。父親は正真正銘の連続猟奇殺人鬼で、お前という存在は、そいつが女襲ってヤッてデキた子どもだもの。認めたくないよな。そんな奴が父親なんてさあ!」


 ドゥンガリーが尾を操作し、貫かれた葉子の身体を鬼衣人の前に突き出す。


「でもお前も同じだ。この女を前にして、父親と同じことをするさ。ほら、ヤッてみろ。服を脱がして、こいつをお前のモノにするだけだ。簡単だろう。もしかして脱がし方を知らないのか? 教えてやるよ、ここをこうして」

「葉子ちゃんに、触るな! 【短鬼血戦ブラッディウォー】!」

「忠告してやる。その想造力イマヂカラ、長時間は発動できないよ。短い間しか血液を沸騰させられない。体温が上がり続ければ、生命活動を維持できないからだ」

「知るかああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

「やれやれ。うるさい蚊だ」


 スティーヴンの槍が、鬼衣人の心臓を貫いた。それでも鬼衣人は歩みを止めず、二人に拳を向けて、向け続けて――動かなくなった。


「勝負とは、あっさり決着するものですねえ。いや」

「これは勝負なんかじゃないね。蹂躙だよ、スティ兄」

「その通り! 語彙力がある弟に嫉妬ムンムンですよお!」

「スティ兄が嫉妬まみれなだけだよ」


 二人は顔に付着した血を拭き取り、鬼衣人たちを地面に転がした。当然ながら意識はない。


「とりあえず解体して、生体実験に使う? インストールする?」

「いや、新たなる生体兵器にしましょう! 【答想者アンサラー】のキメラ! どうですかあ!」

「悪くないね」

「確かに。でも、愛おしくないわ」

「お前は」

「【零解到達アブソリュート・ゼロ】――【愛おしき殺神舞踏会城キャッスル・オブ・キリング・パーティー】」


 廃墟の病院内の景色が、城郭に置き換わっていく。あっという間に舞踏会の出来上がり。


 こんな芸当ができる人間は、彼女しかいない。


「【殺神姫シャットダウナー】ですかあ。これは、何の真似です?」


 スティーヴンたちの視線の先には、仮面を外し、不敵な笑みを浮かべた一無が立っていた。


「モルモット風情が。調子に乗るな」

「あら、最近のモルモットは車になるくらい優秀なの。プイプイ」

「はあ?」

「彼らに同情でもしましたか? でも無駄ですよお。アンロックを再び起動すれば、あなたは嫉妬で狂い踊ることになるのだから」

「無駄なのはそっちよ。既にアンロックのファームウェアは私のアメイジング・グレイスが殺し尽くしたから。もうアンロックは、嫉妬のウイルスは効かない」

「でも【欲望解放デザイアリリース】だってある」

「やってみれば? 私の殺意は真っ先にあなたたちを可愛がるから」

「怖い女」


 そこでドゥンガリーたちは両手を挙げて降参の姿勢を取った。これ以上、ここで荒事を増やすつもりはないだろう。騒ぎを大きくすれば、廃墟といえど誰かが気づくかもしれない。秘密結社として、無意味に目立つ真似はしたくなかったのだろう。


「良い人たちね。殺したくなっちゃうわ」

「冗談はよしてくれるかな」

「殺されたくなかったら、失せなさい」

「さっきから好き放題!」

「ドゥンガリー、ここは退きましょう」

「仕方ないな、そうするよ。早く帰らないとアシュリアーナも怒るだろうし」


 スティーヴンたちは背中にウイルスの両翼を展開すると、一無の方を一瞥し、穴の開いた天井から去っていく。それを満足そうに見上げた一無は床に転がる鬼衣人たちを見て――


「瀕死の重傷ね。私には治せないから、殺してあげる」


 一無の瞳が輝くと、みるみるうちに鬼衣人と葉子の傷が塞がっていく。一無が、想対性理論シャットダウンを使って、傷口を殺したのだ。傷口は亡くなり、出血も止まっていく。


「これで、貸し借りはナシよ」

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