#5 僕も最悪の予感がするのだ

 地上へ避難した歩亜郎たちは、そこで待っていた四季市警察から事情を聴かれることになった。その警察の中には、見覚えのある刑事の顔があった。


「またお前たちか、アンサーズ!」

「鬼灯刑事、すみません!」

「馬鹿野郎! 相手は秘密結社だぞ! 命の危険だって、あるというのに!」


 彼の名前は鬼灯都丸ほおずきとまる。四季市警察署想造犯罪対策課の刑事であり、市内で勃発する想造犯罪の現場には必ず駆けつける男だ。どんなに忙しくても現場に足を運ぶことで有名な彼は、アンサーズつまり的当たちとは顔見知りであった。理由はもちろん、アンサーズが想造犯罪事件の捜査に首を突っ込むからである。


 鬼灯自身は答想者アンサラーではないため、想造犯罪事件の捜査において答想者アンサラーである的当たちの協力はありがたいのだが、彼らが子どもであることから、鬼灯は複雑な気持ちを抱いている。それどころかアンサーズは少々、いやかなりの確率で現場を荒らしてしまうことから、警察からあまり快く思われていない。アンサーズが市長のお気に入りでなければ、的当たちは今頃お説教では済まないことになっているだろう。歩亜郎は特に。


「まあまあ。彼らは市民のために戦ったわけですし」

「キート、お前もアンサーズの一員だろう。何でそっちの立場で語っているのだ」

「お兄さん。僕は市警の捜査官でもありますからね」

「だから、僕はお前のお兄さんになった覚えはない!」

「いいじゃないですか! 葉子ちゃんを愛する者同士、仲良くしましょうよ!」

「ええい! うるさい、黙れ!」


 歩亜郎が、中学生くらいの少年と何やら揉めている。彼は一体、何者だろうか。


「こいつは桃下鬼衣人ももしたきいと。中等部一年でアンサーズの一員。そして市警の飛び級捜査官」

「キートって、呼んでください」


 鬼衣人は無邪気な笑顔で一舞にお辞儀をした。歩亜郎と違って礼儀正しいようだ。


「ああ、恥ずかしい。やめてよね、馬鹿兄貴」


 葉子は顔を真っ赤にしながら、その場で震えている。その機嫌の悪さは、彼女の眼帯が物語っている。警察や野次馬が集まるこの場所で喚き散らす歩亜郎のことが、妹として恥ずかしいのだろう。


「そういえばポアロくんと葉子ちゃんって」

「ああ、本当は兄妹ではない。だけど、こいつらの保護者が同じ人で」

「そう、なのですね。でも仲が良さそうで、羨ましいです」


 一舞の妹、一無はもういない。仲が良い兄妹関係が羨ましいのだろう。まあ、歩亜郎と葉子が本当に仲良さそうかどうかはさておき。


「それで、どうするのだ? 展望フロアはしばらく封鎖することになったから、サンタクロースを捜すことはできないのだ」

「なら、他の場所を探すだけさ。クリスマスまで、まだ日があるからな」

「しばらくは休み無し、か。まあいい。僕もサンタ問題の真実を知りたいし、ヤツの実在性とやらに懸けてみるか」

「ありがとうございます、ポアロくん」

「まあ、明日には気分が変わっているかもしれんが。ところで」


 他の皆がそれぞれ話をしている中、歩亜郎は一舞に問いかける。何か疑問でも発生したのだろうか。彼はゆっくり、ゆっくりと言葉を紡いでいく。そして、それを声に出した。


「雪上一舞。お前は一体、何の器なのだ?」

「それは――私には、わかりません」

「本当に、何の心当たりも無いのか?」

「ごめんなさい」

「そうか。なら、最後に一つだけ聞く。お前の銀髪は、本物か?」

「え? そんなの本物に決まっているじゃないですか。毎日、梳いていますし」

「変なことを聞いて、悪かったのだ――おい、的当」

「ん、何だ? どうした――おわっ! 急に引っ張るな!」


 歩亜郎が的当の腕を掴み、人混みから離れたところへ連れていく。


「腕を引っ張る、ヒッパルコス――ふふっ」

「お前はそんなくだらないことを言いたかったのか?」

「いや、違うのだ。これは、僕なりのお茶目だ」

「時と場合を考えろよ……」

「ケース・バイ・ケース――ってヤツなのか?」


 後ろでは不思議そうな顔で一舞が歩亜郎の方を見て、首を傾げていた。きっと、髪の毛についての質問の意図がよくわからなかったのだろう。


「さて、本題に入るが――雪上一舞はガイアコレクションに狙われている可能性がある」

「それはあの仮面の男が言っていた器、とやらの話に関係しているのか?」

「僕は、そう思う」

「またガイアコレクションが襲撃してくるかもしれない。少しの間、雪上のことを気にしておいた方が良いかもしれないな。任せたぞ、歩亜郎」

「何で僕だけに言うのだ」

「あれ? お前、雪上のことが好きなんじゃないのか?」

「な――な、なな、ななな、ななななななななななななっ!」

「お前が依頼を真面目に受けているから、そういう理由でもあると思ったが」

「僕が誰かに好意を持つ資格なんて、ない」

「それは、真矢のことをまだ気にしているから、か?」


 歩亜郎は、都合が悪くなったのだろう。的当から目を背け、視線が泳ぎ始めている彼は、どこかしどろもどろである。そんな歩亜郎に的当は優しい笑みを向けた。


「あのな、歩亜郎。真矢はお前のことを忘れているが、嫌いなわけではないぞ」

「そうかなぁ」

「ああ。俺だってお前のことは嫌いじゃない。な? 誰もお前のことを責めていないんだ」

「でも、あの事件は――風紀委員でありながら、学園のトラブルに対応できなかった僕の責任のはずなのだ」

「お前が悪いのなら、俺も同罪だ。それを、忘れるな」


 的当は歩亜郎の頭をハット帽の上からワシワシと掻き回すと、わざとらしく普段の彼ならしないような笑い方をした。きっと、彼もまだあの事件を消化できていないのだろう。


 あの時、真矢が突き落とされた事件の原因は自分たちにあるのだ。


「兄貴面するな。同い年だろう」

「おっと、悪い。真矢はこうすると喜んだものでな」

「お前、昔は普段そんなことをしていたのか?」

「む、昔の話だ! 俺はそんな普段から真矢にベタベタしていないって!」


 だからこそ、悪を上回る悪にならなければならない。悪よりも、悪い悪にならねば。歩亜郎は改めて心の中で誓った。


「ま、お前が雪上のこと好きか嫌いかはおいておくにして、ともかく彼女のことは気にしておこう。なんだか嫌な予感がするからな」

「奇遇なのだ。僕も最悪の予感がするのだ」

「それは今日、お前の水瓶座が運勢最悪の日だからかもしれんぞ?」

「そういえば、そうだったのだ」


 テレビ番組。その星座占いコーナーの運勢を思い出し、今日の出来事を振り返る歩亜郎。


 みずがめ座の運勢、最悪の日。転校生との出会い、サンタクロースの捜索、秘密結社の襲撃。なんだか今年のクリスマスは、一筋縄ではいかないような気がする。


 そんな予感が歩亜郎を襲うのであった。


「なあ、お前もそう思うだろう――歩和郎ぽわろう

「歩亜郎? 鬼灯刑事がカツ丼振舞ってくれるってさ――ん? 何か言いたいことでもあるのか? 警察の邪魔になるから、早く行くぞ?」

「ああ、すぐに行く」

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