【おうし座の運勢、程々の日】

#6 そんなことを聞かないでほしいの

 土湖花野学園で終業式が行われた日の夜のこと。四季市内で最古の木造図書館を所有する読神神社、それらを管理する読神家の屋敷の台所で、牛乳を飲む少年の姿があった。


「拙者が牛乳を飲むところ――素顔を、誰にも見られていないよな?」


 彼は呟きながら周囲に視線を動かす。人の気配は、無い。それもそのはず、今は年末年始の行事準備で神社中が大忙し。屋敷の者は皆、境内の方へ集まっている。


「さっさと補給を済ませ、皆のところへ戻らねば」


 人の気配が無いことを確認した少年は、すぐにメロンの形をした大きなフルフェイスヘルメットを被った。その姿を見た者は彼を果物に手足が生えた化け物と勘違いするだろう。


 彼の名はデカメロン。ある忍者の里からこの神社へ派遣された忍者であり、アンサーズの副部長を務める少年だ。誰も彼の本名と素顔を知らないが、その独特の容姿と打ち解けやすい性格から、学園の人気者である。


 そんな彼だが、忍者の里の掟によりむやみに素性を明かしてはいけないので、大きなメロンのフルフェイスヘルメットを常に被っている。先ほど他者の視線を気にしていたのも、掟のためである。


「やはり牛乳は朝比奈印の牛乳に限る。成分は、禁則事項らしいが――」


 本日デカメロンはアンサーズの活動を欠席していた。本当は大掃除の日であったのだが、彼の護衛対象の少女が神社での雑務を行う必要があったので、部活動は的当に任せたのだ。


「歩亜郎が余計なことをしていなければ良いのだが」


 彼は牛乳を飲み干し、コップを洗うと廊下へ向かった。護衛対象の少女のことは、『巫女さん部隊』に任せているが、神社の警備隊長をデカメロンが務めている以上は、あまりのんびりと休憩をしている場合ではない。早急に戻らねば。


「メロン?」

「曲者!」


 背後からの気配を感じたデカメロンは、すぐさま後方へ手裏剣を投げる。すると廊下の奥から小さな悲鳴が聞こえてきた。その声に聞き覚えがあった彼は慌てて彼女に駆け寄る。


乃鈴のべる様! 鳥居前の掃除をしていたはずでは!」

「うぅ……レディにそんなことを聞かないでほしいの!」


 ああ、トイレか――デカメロンは彼女の額に傷がないことを確認し、胸を撫でおろす。


「模造品とはいえ、主に手裏剣を投げるとは! 自害案件でござる!」

「ま、待ってメロン! 早まらないでほしいの!」


 彼女はデカメロンの護衛対象であり、読神神社を管理する巫女の一人。名は読神乃鈴。葉子の同級生であり、アンサーズの一員でもある少女。デカメロンは彼女を警護するために、派遣契約忍者として、幼い頃から神社に居候しているのだ。


「すみません、曲者と間違えてしまって。少し、疲れ――いや、言い訳ですね」

「あんまり無理しないでね。メロンは乃鈴のために、いつも無理をするの」

「それが派遣忍者としての仕事ですから」

「そこは愛する乃鈴のため、と言ってほしかったの」


 彼女の求愛にも困ったものだ。デカメロンは困惑の表情を浮かべるが、被っているヘルメットのせいでその表情は乃鈴に伝わらない。彼と幼い頃から一緒にいる乃鈴は、デカメロンを絵本の物語に出てくる騎士のように感じているのだろう。刷り込みのようなものだ。デカメロンはそう結論付けているが、何度そう伝えても乃鈴の求愛は止まないのである。


 主君と従者の関係で、それは許されない。


「境内へ戻りましょう。休憩は終わりです」


 暗い廊下を乃鈴と二人で歩くデカメロン。彼女の言う通り、少し自分は無理をしていたのかもしれない。仕事とはいえ早寝早起きを徹底し、神社の警備、乃鈴の警護、アンサーズでの活動、忍術の修行や盆栽の手入れなど、確かにやることは多い。少し一日のスケジュールを見直そう――彼はそんなことを考えていた。


 盆栽の手入れに関しては、完全に彼自身の趣味なのだが――


「ん? これは――」


 突如、デカメロンの背中に悪寒が走った。


 これは、ただ己の体温が低いだとか気温が低いとか、そういう類のものとは違う。もっと、恐怖を感じるものだ。


 彼はその正体を、知っていた。


「殺気、なのか」


 それは神社に併設されている木造図書館の方から漏れ出ている。誰が、何のために、そのような感情を抱いて図書館にいるのか、デカメロンには見当もつかなかった。


 ただ彼はこの状況が極めて異常であるということだけを、理解できた。


「メロン、これは」


 どうやら乃鈴も殺気を感じたようだ。そんな彼女をデカメロンは制止する。


「乃鈴様は、ここで待っていてください!」

「乃鈴はこの神社の巫女なの! 管理者として、神社を守る義務があるの!」


 彼女の強い意思の籠った眼差しを見たデカメロンは黙って頷き、乃鈴と共に神社の図書館へ向かう。そこへ近づけば近づく程、殺気の感じ方が強くなっていった。

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