#7 ちょっとしたお茶目でしょう

 図書館へ着き、まず目に入ってきたのは、施錠されているはずの扉が開いている光景であった。扉は乱暴に壊されていたわけではなく、普通に開いていたのだ。


 今日の図書館管理の当番である巫女が、施錠を忘れたのだろうか。


「否。何者かが何らかの方法で開けた可能性が高い。しかし、こんなにもあっさりと開けたというのか?」


 図書館自体は四季市最古の木造建築物の一つであるが、そのセキュリティシステムは最新式に取り換えられており、仮に鍵を不正な方法で開けた場合、警報が鳴るはずだ。


「警報が鳴った形跡は無い、か」


 セキュリティシステムは殺されてしまったように、動いていない。


 殺気は図書館の中から漏れ続けている。この殺気の主が、何らかの方法で図書館内に侵入したのだろう。何が目的かはわからないが、早急に発見して警察へ連行するしかない。


「乃鈴様。侵入者は強力な【答想者アンサラー】である可能性があります。一応、【装造武想イマジナリーアームズ】を顕現しておきましょう。備えは大切です」

「わかったの」


 デカメロンと乃鈴がアイ・システムを起動する。


装着ドレスコード、【デカメロン】」

装着ドレスコード、【司書姫ライブラリアン】なの」


 デカメロンの身体を忍者装束が、乃鈴の身体を巫女装束が包み込む。無事に装造武想イマジナリーアームズを顕現することができたようだ。二人は顔を見合わせ頷くと、図書館内へ入る。


 館内は薄暗く、特に灯りのようなものが使われているわけではない。侵入者はどこかに電灯も持たずに潜んでいるのだろう。二人は警戒心を強めながら、館内を見回る。


「特に荒らされているわけではない。やはり、目的は蔵書の盗難ではないのか?」


 本は綺麗に本棚に並べてあった。閉館前に今日の当番が丁寧に整えたのだろう。それらが荒らされた形跡はない。侵入者の目的は蔵書ではない。もっと、違う何か。それこそ、強力な殺気を抱くほどの何らかの目的があるのだろう。


「本じゃなくて、命を盗りに来たのかもね」

「乃鈴様。そんな恐ろしいことを口にしないでください」

「え? 乃鈴、何も喋っていないの」

「そう、ですか――苦苦無苦無、【スウィート・スティンガー】!」


 彼女の言葉を聞いたデカメロンは瞬時に苦無型の装造武想イマジナリーアームズ、スウィート・スティンガーを後方へ投げる。しばらくして、苦無が何かに突き刺さる音がした。


「曲者!」

「ひどいじゃない。ちょっとしたお茶目でしょう」


 銀色の短髪の少女が、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。その顔には奇妙な仮面が着けてあり、彼女はその仮面に刺さっている苦無を抜いて、床へ放り投げた。


 カラン、カランと金属音が館内に響き渡る。その音が止み、彼女は口を開いた。


「突然で悪いけど、君たちには死んでもらうね? 良いでしょう?」

「乃鈴様、離れてください! こいつは、普通ではない!」

「頭にメロン被っている人に言われたくはないけど――霧隠れの箒星、【ミスト・コメット】」


 仮面の少女は右手に藁の箒を顕現し、その穂先をデカメロンたちへ向けた。


「【天致想造イメージストライク】、シューティングスター・ブラスター」


 穂先から流星群が発生し、デカメロンたちへ向かって飛来する。


「先手を取られたか!」


 デカメロンは苦無を両手に持ち、乃鈴を庇いながら次々と流星を弾き飛ばしていく。


「いきなり【天致想造イメージストライク】を使ってくるとは、ただの【答想者アンサラー】ではない、な?」

「メロン、もしかしてこの人は歩亜郎おにいちゃんを襲った――」

「まさか、貴様は魔女! 神殺しの魔女シャットダウンのまじょか!」


 それならば、先程からの殺気の説明ができる。彼女が、もし市内を騒がせている神殺しの魔女シャットダウンのまじょならば、より一層緊張感を持たねばならない。気を抜いたら斬られる。


「へえ、ポアロくんを知っているの? あの子、友達とかいたの?」

「ただの部活仲間だ!」

「ふーん。変形、キリガタナモード」


 魔女は箒の柄を掴むと、刀を引き抜く。そしてデカメロンへ斬りかかった。


「仕込み刀か!」


 すぐにデカメロンも苦無で応戦する。薄暗い図書館内に刃物が衝突する音が響いていく。


「乃鈴様! 誰でもいい、アンサーズのメンバーに連絡を!」

「わ、わかったの!」

「させるわけ、ないでしょう? 行きなさい、殺隊砲台――【トリック・キラーズ】!」


 乃鈴が急いで通信端末を操作し始めるが、魔女が新たに顕現した空中を浮遊する橙色のカボチャ、ジャック・オー・ランタンのような装造武想イマジナリーアームズに端末を弾き飛ばされてしまう。


 そして、カボチャたちは次々と乃鈴を取り囲んでいく。


「そ、そんな――」

「乃鈴様!」

「ふふ、そんな顔をしないでよ。もっと殺し愛ころしあい、しましょう?」


 魔女は口端を歪ませるように笑うと、カボチャたちを操作し、乃鈴を翻弄する。


「【天致想造イメージストライク】、トリックスター・ボム」


 カボチャの口から爆弾が吐き出され、それらが乃鈴へ飛んでいく。


「紙面書架――【ノベル・シェルター】!」


 乃鈴はすぐに周囲へ分厚い本を何冊か顕現し、盾のようにして身を守った。装造武想イマジナリーアームズ、ノベル・シェルターの能力だ。この本棚型の装造武想イマジナリーアームズは本を自在に操ることができる。


「あらら、防がれちゃった」


 その隙にデカメロンは一旦魔女から離れ、乃鈴と合流する。


「しぶといな。さっさと私に殺されちゃえばいいのに」


 魔女はゆっくり、ゆっくりとその歩みをデカメロンたちへ進めていく。


「ここは乃鈴に任せて!」


 乃鈴の手に一冊の本が顕現する。彼女が想像を開始すると、そこに文字が記され始めた。これは乃鈴の想造力イマヂカラ読解本心リーディングハートの能力だ。相手の心を見透かし、本にして読むことができるこの力を使って、彼女は敵の正体を見抜こうとしているのだ。


「もう少し!」


 しかし、急に記入が中断され、文字が崩れ去っていく。文字が生命を失い、跡形もなく消え去った。文字という概念が殺されてしまったかのように、消え去ったのだ。


「悪いけど、文字というものを一時的に殺したよ」

「殺した? どういう意味だ!」

「そのままの意味なのだけど――」


 魔女は刀を構えると、乃鈴へ急接近した。それを予測していたデカメロンが、苦無で刀の猛撃を防いでいく。だが、あまりの連撃にデカメロンが圧されている。このままでは乃鈴を庇いきれない。そして、おかしい。いくらなんでも魔女の動きは速すぎる。


「乃鈴様! 隙を見てお逃げください! こいつは冗談抜きで強い!」

「でも!」


 デカメロンをこの場に置いて逃げた場合、その後に訪れるのは最悪の結末だけ。そんな状況を乃鈴は何度も小説や漫画を読んで知り尽くしている。


 デカメロン一人では、魔女には勝てない。


「メロン、少し時間を稼いでほしいの!」

「何を――まさか! ダメです! 今の貴女では、あれは制御できません!」

「いいから主の命に従って!」

「しょ、承知!」


 乃鈴は一旦デカメロンから距離を取り、己の想造力イマヂカラを高めていく。それにアメイジング・グレイスが反応し、周囲のアナムネーシス・ウイルスの濃度が高まっていく。


「何をする気かは興味ないけど。とりあえず、まずあなたを殺そうかな」

「させるか! 【忍々術式シノビマジック】!」


 デカメロンの想造力イマヂカラが発動する。多種多様な忍術を使えるこの能力を使って、彼は魔女を攪乱するつもりだ。デカメロンはすぐにその姿を丸太に変える。


「変わり身、かあ。面白い【想造力イマヂカラ】を使うね」


 デカメロンが苦無を両手に構えながら、天井を蹴り、急降下していく。


「メロンファイナル!」


 彼の天致想造イメージストライクが発動するが、魔女はそれを仮面の下で笑いながら、刀で受け止める。そして、先ほどのカボチャたちをデカメロンの周囲へ顕現した。集中砲火を浴びせるつもりなのだろうか。しかし彼は身体を捻って、手裏剣をカボチャへ向かって投げつける。


「その手口は予想済みだ! 真のメロンファイナル、味わうといい!」

「なんか、つまらなそうだからそれは却下するね」


 仮面に開いた穴からデカメロンを見つめる魔女の瞳。それが、灰色に輝く。


「【想対性理論シャットダウン解告状ジャイアントキリング】――そのセオリーは、時をも殺す」


 瞬間、全てが静止した。何もかも、動かない。何もかも、聞こえない。そんな世界が目の前に広がっている。今、この場で動いているのは魔女だけであった。


「時間の概念を一時的に殺しちゃった」


 そう呟きながらクスクス笑う魔女の目の前で、デカメロンは静止している。そんな彼に対して、魔女は刀を構えた。


「流石に私も、時間を殺すのはフェアではないと思うよ。でも、ね。殺し愛ころしあいに、フェアとかアンフェアとか、考えている余裕は無いと思うの。愛した方が勝ち。それでいい」


 彼女は刀をただ持つだけで、その場から動こうとしない。


「【天致想造イメージストライク】。鴎霧隠れかもめきりがくれ――瞬火終刀エンドロール


 気がついた時には、もう魔女の天致想造イメージストライクは発動し終わっていた。そこで何が起きたのかは認識することはできる。しかし、理解することはできない。


「零連撃――君を斬った後、その斬った事実を殺した。あなたは真実を理解できない」


 時間が息を吹き返す。館内の時計の針が午後十時を指したその瞬間。デカメロンは無抵抗のまま、床へ落下した。何かを認識し、何も理解できないままに、落下した。


「何が、起きた」


 彼は必死に、必死に思い出そうとする。先ほどまでの光景を思い出そうとする。


「う、あ――」


 しかし、思い出そうとすればするほど、頭の中が痛めつけられていく。静止した時間の中で斬り刻まれていく感覚。それをようやく味わったデカメロンは何故自分が斬られたのか、何故自分が生きているのか、わからない。わかることはない。


「あ、あ、ああああああああああっ!」

「メロン! しっかりして!」


 魔女の天致想造イメージストライクは、相手の魂を斬り刻むものであった。それを理解できずとも、ようやく認識することに成功したデカメロンは、痛む頭を手で押さえながら魔女を睨みつける。


「そう、か! これが被害亡き通り魔事件の正体! 相手を斬り刻んだ後、その被害そのものを殺してしまうから、結果的に何も被害が残らない! そういうこと、だったのか!」


 しかし、疑問も残る。何故彼女はそのような回りくどい方法で通り魔を続けているのか。


「どういう、つもりだ?」

「ただ殺すだけじゃ、一度しか愛せないでしょう? 何度も、何度も、何度も殺して愛を深める。私たち人類は愛を深めて子孫を残してきた。何も間違っていないわ」


 支離滅裂だ。デカメロンは魔女に注意しながら、後方にいる乃鈴の様子を窺う。どうやら彼女の準備は終わったようだ。ならば、デカメロンがやることは一つ。


「【忍々術式シノビマジック】!」


 デカメロンの姿が、一人、二人、三人と増えていく。想造力イマヂカラを使って、分身したのだ。


「忍者だからいつかは分身してくるとは思っていたけど。変形、ブルームモード」


 魔女は刀を箒の中に収納し、その穂先を大勢のデカメロンたちへ向ける。天致想造イメージストライクを使うつもりなのだろう。今にも流星群が発射されそうな予感がする。


「シューティングスター・ブラスター、発射――」

「今で、ござる!」

「想像せよ、図書館の創造を――我は総てを、知り尽くす者なり」


 デカメロンの合図で乃鈴が言葉を紡ぎ始める。同時に彼女の身体の内側から、アナムネーシス・ウイルスが溢れだし、この空間を満たしていく。その様子を見た魔女は、一旦乃鈴から距離を置き、天致想造イメージストライクの発動を中断した。


「このタイミングで? 面倒だね」

「【現解突破アンサーオーバー】――【知り尽くす禁忌図書館タブー・ナレッジ・ライブラリ】!」


 その言葉と共に、周囲の景色が無数の本棚に変貌していく。これは最早普通の木造図書館ではなく、本による本のための本の聖域。


「おお、今回は成功した!」


 現解突破アンサーオーバー。それは答想者アンサラー想造力イマヂカラを極限まで高めることで発動できる超越の力。発動させると想造力イマヂカラが溢れ出し、周囲に心の世界といわれる世都内界アニマ・スフィアを顕現することができる。


 乃鈴が現解突破アンサーオーバーをしたことで、この場は彼女の世都内界アニマ・スフィアで塗り替えられているのだ。


「【世都内界アニマ・スフィア】の力で、私の殺意を抑え込むつもり?」


 乃鈴の世都内界アニマ・スフィアを前にしても、魔女は余裕を崩さない。それどころか、わざとらしく溜息を吐いている。この状況が心底面白くないようだ。


「つまらない光景ね。ここが元々図書館だったから、大して景色が変わらないわ」

「乃鈴様!」

「わかっているの! 【天致想造イメージストライク】!」


 世都内界アニマ・スフィアの本棚から本が一冊、二冊と飛び出し、そのページが開かれていく。そのまま多数の本が魔女に襲い掛かり、彼女の身体をページで挟み込んでいく。


「物語に溺れればいいの! ナーサリーライム・ストリーム!」


 ページに挟まれた魔女に向かって、本の登場人物――桃太郎や金太郎、ピーターパンたちが飛び掛かっていく。なんともまあ、メルヘンチックな攻撃なのだろう。


「可愛い攻撃ね」


 魔女が身体を捻り、ページの拘束から逃れる。そのまま箒の先端から流星群を射出すると、物語の住人たちを吹き飛ばした。


「でもまあ、それなりに面白かったわ。【世都内界アニマ・スフィア】は使用者の心の中がそのまま現れるからね。君という人間を知ることができて良かった」


 突如、彼女から発せられるウイルスの濃度が下がり始めた。アイ・システムを停止させたのだろうか。その数値はやがてゼロに到達する。


 しかし、彼女の想像は現実のままだ。ナノマシンは止まっていない。


「せっかくだから、私の【世都内界アニマ・スフィア】にも招待してあげる。そのうえで、殺してあげる」

「まさか、貴様も【現解突破アンサーオーバー】をするつもりか!」

「正確には違うけど、まあ同じようなものかな」


 魔女の世都内界アニマ・スフィアが、周囲の景色を塗りつぶしていく。


「想像せよ城郭の創造を――我は神をも、殺す者なり」


 乃鈴の図書館が、城壁と玉座に塗り替えられていく。舞踏会の会場へ変貌する。


「いかん! 乃鈴様の【世都内界アニマ・スフィア】が上書きされていく!」


 世都内界アニマ・スフィア世都内界アニマ・スフィアが衝突した場合、想造力イマヂカラの強い方の世都内界アニマ・スフィアがもう片方を上書きする。その場合、上書きされた方の答想者アンサラーは心の世界を保てなくなり、下手をすれば廃人になってしまう。このままでは乃鈴が危険だ。


「乃鈴様! 【世都内界アニマ・スフィア】を解除してください! 急いで!」

「わ、わかったの!」

「させるわけないでしょう? 【零解到達アブソリュートゼロ】――【愛おしき殺神舞踏会城キャッスル・オブ・キリング・パーティー】!」


 魔女の世都内界アニマ・スフィアが完全に顕現し、乃鈴の身体を後方へ吹き飛ばした。


「きゃあっ!」

「乃鈴様!」


 デカメロンは乃鈴が壁に激突する前に抱え込み、その衝撃を自ら受け止めた。彼の背中に強烈な痛みが走り、口から吐血する。ヘルメットの中は不快感で満たされたが、同時に乃鈴を守る達成感を味わったデカメロンは自嘲気味に笑った。


「メロン! そんな!」

「最近の曲者は手強い、でござるな。拙者がここまで苦戦するとは」

「これ以上の戦闘は危険なの! 早く他の巫女さんを呼んでくるの!」

「だからぁ、させるわけないでしょう? この【世都内界アニマ・スフィア】には、私が招待した人以外は要らない」


 周囲には魔女の世都内界アニマ・スフィアが顕現している。逃げることはできない。それでも、それでも、デカメロンは乃鈴だけでもこの場から逃がそうとして、立ち上がった。


「乃鈴様だけでも、お逃げください」

「メロンを置いて逃げるわけにはいかないの!」

「早くお逃げ、ください」

「お互いがお互いのことを想っている。少し、羨ましいわ。でも、ね」


 魔女が仕込み刀を抜き取り、その先端をデカメロンたちへ向ける。


「それなら一緒に逝かせてあげる。君たちはここでシャットダウンよ」


 彼女が床を蹴り、飛び掛かってくる。もう、どうすることもできないデカメロンは咄嗟に乃鈴の身体を突き飛ばし、苦無を構えた。刃物と刃物が衝突し強烈な金属音を響かせる。


 ふと、何かが砕ける音がした。そう、彼の苦無が砕ける音だ。


「メロン!」

「ああ」


 デカメロンは内心、己の不甲斐なさに溜息を吐く。


 こんなことになるなら、的当に借りていたゲームを先に返すべきであった。葉子に勉強を教えるべきであった。鬼衣人をもっと叱るべきであった。


 乃鈴をもっと、いろいろな場所へ連れて行くべきであった。


「歩亜郎、は」


 まあ、いいか。あいつはしぶとく生きていくだろう。デカメロンはそれだけ心の中で呟くと、ゆっくり目を閉じた。


 永遠のような、一瞬であった。

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