#23 さてはヤキモチだな

「それで? 何でここに集合することになったわけ?」


 メメント森廃教会を出発した葉子は読神神社に向かおうとした。しかし、乃鈴からの連絡により、阿地羅野地区に本社を構える企業のオフィス前に集合することになったのだ。


「『アイザワークス』にアナザー馬鹿兄貴の手がかりがあるっていうの?」

「それは拙者にもわからん。今回ここに来た理由、それは読神神社に設置してあった防犯カメラの映像を復元してもらうためだ。破損データは既に巫女さんが届けているが」

「ちなみにメロン、その復元を依頼する人物って」

「ああ、この『アイザワークス』の御曹司、相沢薫之介あいざわくんのすけだ」


 相沢薫之介。このIIT企業、『アイザワークス』の社長の息子。デカメロンのクラスメイトである彼は若き天才プログラマとして有名だ。アメイジング・グレイスのプログラムを自由自在にカスタマイズできるため、想像の制御が上手くいかない答想者アンサラーの面倒をよく見ているという話は、葉子も耳にしていた。


 今回デカメロンは、魔女の殺意で滅茶苦茶になった神社の防犯カメラ映像を、彼に復元してもらうつもりなのだろう。


「ついでに歩和郎の魂がどこに行ったのか、それも捜してもらうか」

「乃鈴は、サンタさんの方も気になるの」

「乃鈴、今サンタの捜索は中断しているわ。悪いけど、今回はアナザー馬鹿兄貴捜索に協力して頂戴」

「わかったの」


 デカメロンたちとともに、オフィスに入る葉子。


「お待ちしておりました。薫之介様のご友人ですね? 九十九准教授からお話は伺っております。私、薫之介様のアシスタントを務めている、ロザリー・クルベインと申します」


 エントランスでメイドの恰好をした女性が待っていた。年齢は的当たちよりも少し上くらいだろうか。おねえさん好きである歩亜郎が泣いて喜びそうな女性である。


「あ、どぉも――でござる」

「こちらへどうぞ、薫之介様がお待ちです」


 ロザリーの案内で、九階に向かう。


 奥の部屋へ進み、ロザリーが扉を開けると待っていたのは相沢薫之介であった。皆に親しみを込めて『相沢くん』と呼ばれている彼は、部屋の中に置かれた数多のモニターの内の一つを凝視している。何を見ているのだろうか。


「悪い、メロン。今、良いところなんだ! あの『バチャとぅりあん』の配信者が、歌配信やっているから! あと五分、いや十分待っていてくれ!」

「それ、お前の従姉――」

「関係ないね! 親戚だろうが、他人だろうが、推しは推し! ああ! ナハトたん! 今日も良い声だ! このイケメンボイス! 美しい! ロザリー! スパゲッティチャット、略してスパチャの準備だ! ありったけ投げ入れろ! 倍プッシュだ!」

「えい」


 プツン、と画面が消える。視線を移動させると、そこには電源プラグを掴んだロザリーの姿。彼女がモニターの電源を切ったのだろう。物理的に。


「なんてことを! ナハトたんが画面の狭間に! ロザリー、貴様ぁ!」

「薫之介様、ご友人がお待ちです」

「ははん、さてはヤキモチだな? 可愛いところあるじゃ――痛っ! ロザリー、何をする!」

「いい加減にしろよ」

「あ、はい」


 画面からこちらに身体の向きを変えた相沢くんは、何事も無かったように振る舞う。ただし、恐怖心だけは身体から抜け切れていないようで、ロザリーが近づくたびに、痙攣を繰り返している。


 それを知ってか知らずか、デカメロンは本題に入った。


「振子さんから話は聞いていると思うが、巷を騒がせている神殺しシャットダウンの魔女に破壊された防犯カメラ映像の復元を頼みたい」

「んあ? もう終わったぜ?」

「嘘は、良くないな相沢くん。そんな簡単に終わるわけ――あるか。相沢くんだもの」

「どぉも、相沢くんでぇす」


 ケラケラ笑いながら、相沢くんは一枚の円盤をデカメロンに差し出す。光学ディスクの一種だ。この中の映像に、魔女の正体が映し出されているかもしれない。


「映像、確認したけどよ。魔女っていうヤツ、どっかで見たことあるような気がするんだよなぁ。なんか、最近。市内のどこかで――ま、アンタらも見てくれ」

「感謝する。鬼灯さんにも共有して良いか?」

「ご自由に頼む。俺は次のナハトたんの配信を見たいからな。別室に再生環境を用意しているから、くれぐれも俺の邪魔をしないでくれよ?」

「恩に着る、でござる」

「そんな大袈裟な――えっと、次の配信はナハトたんとつるぎの旦那によるゲーム実況か」

「ちゃんと案内しろよ」

「あ、はい」


 ロザリーが怖かったのだろう。


 相沢くんは丁寧に葉子たちを別室に案内した。終始、ロザリーに怯えながら。


「さて」


 ディスクを挿入する。


 読み込みが始まり、デカメロンがリモコンを操作している最中、葉子は昨夜の出来事を徐々に思い出し始めていた。一夜経った程度で思い出せるということは、それだけ魔女の殺意が弱まっていた、ということ。少々妙ではある。


 そういえば、魔女が自分たちに会う前、魔女は読神神社でデカメロンたちを襲撃していた。そのとき、殺意の想像を抱きすぎて、ウイルスを過剰使用。濃度が下がっていたのだろうか。


 そこで葉子は、一番大事なことを、デカメロンたちに伝え忘れていたことを思い出す。


「メロン。魔女の正体は、雪上一無という人よ」


 何故、こんな大事なことを、アンサーズのメンバーたちに伝え忘れていたのか? 情報共有をしようとする意欲を魔女に殺されていた? この違和感を、殺されていたのだろうか。


「やはり、そうなのか」

「メロンたちも、知っていたの?」

「うん。学園に転入してきた人の、亡くなった妹さんでしょ」

「雪上一無は、何者かに取り憑いている。その本体を見つけられれば苦労しないけど――可能性として、ある人物が挙げられる」

「誰だ、そいつは?」

「続きは、僕が話します」


 部屋に入ってきたのは、鬼衣人と、振子であった。


「キートも、魔女の正体――もう一人の魔女に辿り着いたの?」

「はい」

「ちょっと待て、もう一人の魔女とは、なんだ! 魔女が二人いるようなことを!」

「まだ可能性の話ですけどね」

「ま、アタシもヒントを提供してやったけどな」

「振子、あんたも?」

「アタシは霊魂研究の専門家だぞ? あの子の中に魂の痕跡が二人分あることくらい、すぐに気づいたさ」

「拙者を置いて話を進めるな! 乃鈴様も困って!」

「やっぱり、そういうことなの」

「え? え? 気がついていなかったの、拙者だけ?」

「そうみたいね、メロン」


 デカメロンが壁際に座り込み、何やら落ち込んでいるように見えるが、そんな彼を無視して、代わりにリモコンを操作する葉子。


「それで? もう一人の魔女の正体、その答え合わせをしましょうか」

「一舞だよ」

「ふーん」


 概ね、葉子の予想通りだ。


 魂のインストールには、移植する側とされる側の相性の良さが不可欠だ。そんな条件を満たす人間は、世の中に数える程しかいない――例えば、双子みたいな。


「馬鹿兄貴はアナザー馬鹿兄貴のクローン、オリエントシリーズだ。だからアナザー馬鹿兄貴の魂を移植できた。けれども暴走して、あの病院火災を起こした」

「そして、それを主導したのがガイアコレクション、というわけだが」

「今回もそいつらの陰謀でしょ? 悪趣味な計画ね」

「そして、その悪趣味な計画を利用しようとしているのが」

「馬鹿兄貴ってことね」


 歩亜郎は『聖解せいかい』に至ろうとしている。


 その領域に到達できれば、悪よりも悪い悪、その答えが手に入ると思っているからだ。


「歩亜郎が鍵となっているゴーダ・アイ・システム。それを手に入れたい一舞――を利用しようとしているガイアコレクション。そんな彼らを更に利用しようとしているのが、歩亜郎というわけだ」

「一舞さんは、聖解に到達して、どうしたいわけ?」

「あの火災を亡きモノにしようとしているのだろう。それこそが真の被害亡き通り魔事件。そのために、彼女は一無と歩和郎を【世都内界アニマ・スフィア】の彼方に追放した」

「だからアナザー馬鹿兄貴は行方知らずなのね?」

「そういうことみたいだな」

「まあ、どうせ無事なんでしょ、あいつ」

「おそらく」


 歩和郎の食欲の想像は、底無しだ。


 そんなところに追放したところで、世界の壁を喰い破って戻ってくるに違いない。


「聖解って、想造力学でも禁忌とされている領域では? 導くわけには――」

「ああ。だから、お前たちアンサーズに依頼する」

「依頼? このタイミングで、なの?」

「このタイミングだからこそだ――アタシの息子と、【殺神姫シャットダウナー】を止めてくれ」


 ディスクの読み込みが終わり、映像が再生される。相沢くんは映像の編集まで終わらせていたようで、すぐに場面は昨夜の神社に切り替わる。


 デカメロンたちを襲撃した後なのだろう。魔女が立ち去っていく。あの奇妙な仮面は――着けて、いない。素顔が明らかだ。一人の少女、その顔が映し出されている。


 この女の子は誰だったかな。

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