#22 警察官らしくないですよね

「えっと、想造力学実験許可証リストは――」


 警察署の自席で、パソコンのキーボードをリズミカルに叩きながら、鬼衣人はデータベース内に検索を仕掛けていた。時間が経つに連れて、昨夜の出来事を徐々に思い出し始めたことがきっかけで、気になることが発生したからだ。


 神殺しシャットダウンの魔女は想造力学の実験許可証を持っていると言っていた。彼女の持つ許可証は偽造されたモノであると自供していたが、もし、それが本物の許可証であるとしたら――


「魔女、雪上一無は既に亡くなっている。なら、彼女の魂がインストールされている肉体の本来の持ち主こそ、実験許可証の所有者である可能性が高い」


 雪上と文字を打ち込み、ふと手が止まる。


 そもそも、魂のインストール現象はどのように起きるのだろう。確か資料では、お互いのアナムネーシス・ウイルスの同調が必要であり、そのためには比較的近い細胞を有する人間同士による肉体部位の移植が――なら、今回の場合は?


「ん?」


 検索結果が画面に表示される。一人の女性の名が映し出された。


「雪上、一舞? 妙ですね。一舞さんは最近四季市に帰ってきたはず。市外では許可証が不要ですから、以前から持っているはずがない。なのに、何故――日付が」


 画面に表示された、実験許可証の取得日。それは今から三年前の十二月を示していた。三年前の一舞の年齢は十三歳前後。十二歳未満は実験許可証を発行できないので、この年齢ならおかしいことではないが――三年前?


「まさか、彼女は市外から帰ってきたわけではなく、最初からこの街に?」


 嫌な予感が、駆け巡る。


「というか、一舞さんの家族は全員亡くなっているはず。では、今まで誰が彼女の世話をしていたのでしょう?」


 机に置かれた捜査資料を眺める。あの火災の後、一舞は鴎の園病院の理事を務めていた男性に引き取られたようだが、その後の消息が記載されていない。


「鴎の園病院、と」


 昨夜、葉子とともに訪れた廃病院の名前をウェブ検索してみると、当時のゴシップ記事が出てきた。十年前の火災が起きた当時の、記事が。


「そういえば僕、この火災について全てを知っているわけではないんですよ、ね……」


 目を疑う鬼衣人。


「『鴎の園病院、黒い噂! 一部関係者の裏に、巨大結社?』、『火災は仕組まれた陰謀を隠滅するための演出?』、『火の海の中心に、化け物?』――ゴシップ記事にしては、一部関係者しか知らないようなことが書かれています。誰かがリークした? いや、違う」


 これは自作自演だ。何者かによる自作自演であり、同時に鬼衣人のような人間をおびき寄せるための――罠?


 それに気づき、すぐにネットワークからパソコンを隔離する。


「ランサムウェアとかに感染させるようなモノでは無さそうですが。誰が何のために?」

「良い質問だな、キート」

「ふ、振子さん! どうして警察署に?」


 鬼衣人は慌ててパソコン画面にロックを掛けようとするが、手が金縛りにあったように、動かない。振子が付喪神を使役して、鬼衣人の両手を拘束しているのだ。


「その記事は、アタシが知り合いのフリーライターに書かせたモノだ。ガイアコレクションの連中を誘き寄せるために、な。まさかお前が辿り着くとは思わなかったが」

「拘束を解いてください! そもそも、あなたは想造力イマヂカラが使えなくなっているはずでは? 何故、付喪神を使役できるのですか!」

「言っただろ、霊力が強い一部の付喪神なら使役できると――暗狐、解いてやれ」


 振子が言い放つと、鬼衣人の拘束が解けた。


「九十九先生! 困りますよ、勝手に署内を徘徊されては!」


 振子を追いかけるように、鬼灯が部屋に入ってくる。


「簡単に徘徊できるような署内の方が悪いとは思わんかね?」

「うぐっ!」

「鬼灯さん、何故振子さんがここに?」

「被害亡き通り魔事件の捜査に協力していただくためだ。魔女は被害者の魂を切り刻み、その事実を強烈な殺意で捻じ曲げている――それはデカメロンくんの証言により、確実なモノになった。そういうわけで魂の事件には、魂の専門家をぶつけてみようと、九十九先生をお招きした」

「どぉも、魂の専門家でぇす」

「これから先生には俺たちとともに事件現場へ向かい、もう一度捜査を――」

「いや? 現場に行く必要は無い」

「な、何故ですか先生!」

「振子さん、それってこのゴシップ記事も関係していることですか?」

「ま、そんなところだな」


 振子はスーツケースからわざわざティーセットを準備して、いつものようにインフィニティーを飲み始めた。そんな彼女に対して苛立った鬼衣人は声を荒げながら彼女を問い詰める。


「犯人は、雪上一無さんですか?」

「そうであって、そうではない」

「はっきり答えてください! この事件では被害は無くても、被害者は大勢いるのですよ! 彼ら彼女らのためにも、これ以上被害者を出さないためにも、僕たちは!」

「そんなに知りたいなら、お望み通り、はっきりと言ってやるよ」


 振子はティーカップを置くと、緩んでいた顔を引き締めた。


「この事件の黒幕は――アタシの息子、九十九歩亜郎だ」

「え?」


 予想していなかった人物の名前を聞いて、鬼衣人は一瞬思考が追い付かなくなる。


「正確には、これから黒幕になるつもりのようだが、な」

「ま、待ってください! 歩亜郎お兄さんは最初の被害者ですよね?」

「ああ、被害亡き通り魔事件の最初の被害者、それが歩亜郎だ」

「被害者が黒幕って、どういう」

「歩亜郎のヤツ、自分が目指す悪よりも悪い悪になるために、被害亡き通り魔事件を利用しようとしている。全て知っているくせに、下手な誤魔化しで、周囲を欺こうとしている」

「まさか、また!」

「ああ、まただ。またあいつの悪いクセだよ。真矢の時みたいに、誰も知らない究極の独特アルティメット・アンノウン・ユニークに基づいた演出による、激情の劇場――その幕開けを、宣言するつもりだ」

「お兄さんは、この事件で発生した悪意を、自ら被ろうとしているということですね」

「あいつは――好意を向けてくる人間に対して、奇妙な愛情表現を返す男だ。今回もその方向性が暴走しているのだろう。保護者としては、息子の恋を、応援してやりたい気分ではあるが、まあ、世間は許さないだろうな」

「お兄さんは、最初から全部知っていた。知った上で、『何も知らない九十九歩亜郎』としての人格を、演出していたんですね。とんだ犯人隠避ですよ」

「正義も悪も超えた、悪よりも悪い悪。当然、正義よりも悪く、悪よりも悪いわけだから、正義の敵にもなるし、悪を救うことだって――したいのかも、な」

「振子さん、僕は」

「お前は桃下鬼衣人だ。歩亜郎ではない。あいつの空想は一先ず置いて、自分にとって、何が一番の答えなのか、考えてみろ。立場を一旦捨てて、自分にとっての最適解を出してみろ。一昔前なら、歩亜郎は悪人で、逮捕されて、終わりだ。でも、今は過去ではない。ウイルス騒動により、人々の価値観は大きく変わった。考え方や気持ち、答えが以前よりはダイレクトに伝わるようになった。理解はされないかもしれないが、伝えること自体はできる。想造力学の発展も大きく関係していると思うが、少なくとも、答えを抱いただけで、逮捕されるような世の中ではない。お前はどうしたいのか、決めろ」

「僕は」


 決まっている。


 鬼衣人は特殊な事情があるとはいえ、警察官だ。しかし、それ以前に桃下鬼衣人だ。


 ならば、答えは――


「僕が――僕たちアンサーズがお兄さんを止めます。そして、お兄さんと魔女には、一連の事件被害者にきちんと謝罪をしてもらって、それでも足りなければ、ずっとこの街で一生罪を償って生きてもらいます。悪いことをしたら、それを認めて謝る。当然のことですから」

「事情はわかった」

「すみません鬼灯さん。警察官らしくないですよね」

「キート、お前はクビだ」

「そう、ですか」


 覚悟はしていたが、仕方がないことだ。悪人に同情している自分は、やはり警察官に向いていないのだろう。かつての自分、想造犯罪者予備軍のような生活を送っていた自分を、鬼衣人は、ふと、思い出した。


 あの頃、助けてくれた鬼灯さんに対して、恩を仇で返すようなことをしてしまって、非常に申し訳なく思う。しかし、だからこそ助けてもらった時の自分の気持ちを押し殺したくなかったのだ。鬼衣人はそう思い、今回の決断に至った。


 やはりというべきか、鬼衣人に誰かを裁く権利なんてなかった。


「今日だけ、な」

「え?」

「今、落ち込んだだろ? 話は最後まで聞くものだといつも言っているはずだが?」

「鬼灯さん、僕は!」

「明日から、また頑張る。それで良いじゃないか」

「でも!」

「おっと、こんなところにバナナの皮が! ツルっと、グキッと――うわぁ、頭ぶつけちまった! だ、誰か、助けてくれ! 記憶が曖昧になっちまった!」


 鬼灯が見事な受け身を取りながら、床に倒れこむ。


「行くぞ、キート。刑事なりの気遣いだ」


 振子とともに、部屋から出る。


 鬼灯の演技はあまりにも大根役者であったが、彼なりの気遣いは演技でもなんでもない。


 いつもの通り、この街のために働く一人の刑事の姿が、そこにあった。


「鬼灯さん、こんなことばかりやっているから、昇進できないんですよね」


 内心、彼にお詫びを述べながら、鬼衣人は足早に警察署を出た。

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