#25 いいや、違うのだ

 四季市、我瀬奈屋わがせなや駅前商店街『ベアーモール』の二階。そこには歩亜郎がひっそりと訪れる喫茶店がある。


 喫茶店の名は、『イッパイアンテナ』。何だか電波が良さそうな名前だが、そんなことを考える余裕は、きっと今の一舞には無いだろう。


「珍しいわね~。ポーちゃんが、可愛い女の子を連れて来るとは!」

「ふふん。どうだ? 可愛い女の子を連れて来たのだ」

「まあ、ポーちゃんが誇ることではないけど――ルドルフ! ポーちゃんが来たわよ! 二名様ご案内なのよ!」


 カウンターに立っていた長身の男が、キッチンにいる長身の男を呼んでくる。


 二人の男は、同じような顔をしていた。


「騒々しいぞ、ブッチー……何事だ……」

「ポーちゃんが、可愛い子を連れて来たのよ!」

「何だ、そんなことか……」


 やいの、やいの――静かな喫茶店が、一気に騒々しくなるが、幸か不幸か、他に客はいないので、迷惑にはならないだろう。よくこんな客の数で、経営が成り立っているものだ。


「ルドルフの株取引のおかげなのよ! 自慢の兄を持って、幸せだわ~」

「誰も聞いていないのだ、そんなこと」


 ルドルフ佐藤と、ブッチー佐藤――二人は一卵性双生児の双子である。この喫茶店は、兄のルドルフがキッチンを担当しており、弟のブッチーが接客を担当する兄弟経営の喫茶店なのだ。歩亜郎はよくインフィニティーを飲みに、この店を訪れている。いわゆる常連客だ。


「まあ……そろそろお前が来る頃だと思ったから、いつものヤツを用意しておいたぞ……」


 ルドルフがカウンターの上に、とても豪華な盛り付けがされたパフェを四つ並べる。


「出た! ルドルフ特製の『すごいパフェ』!」

「相変わらず客入り予想を立てるのが上手いのだ。でも、何故四つ用意したのだ?」

「俺の想造力イマヂカラは……この店の名と同じ、【電波存具イッパイアンテナ】……なんとなく受信した電波で、誰が、何人でこの店に来るのか、わかる……」

「そういえば――そんな想造力イマヂカラだったのだ」


 歩亜郎は差し出された自分のパフェに、大量の唐辛子ソースを振りかける。甘いものを食べると意識を失う歩亜郎にとって、パフェは毒であり、唐辛子で中和したのである。


 その事情を知っている佐藤兄弟は歩亜郎にとやかく言うことはない。


「歩亜郎……その女の子と、話でもあるのだろう……? 俺達は奥でテレビでも見ているから、好きに場所を使ってくれ……」

「良いのか?」

「いいの、いいの! お店の入り口は、クローズしておくわ!」


 貸し切り準備を終えた佐藤兄弟は、店の奥にあるテレビの前へ向かった。早速、テレビを点けたのだろう。地方局のワイドショーの音が聞こえてきた。


「まあ、無理にそのパフェを食べる必要はない。いらないなら、僕が食べるだけだから」


 一舞は、黙ったままだ。


 病院を出てからというもの、一舞は一言も話そうとしない。歩亜郎と会ってから、ずっと明るい雰囲気を出していた一舞がこんなにも静かになるものなのか。


 歩亜郎は、自身の口の周りをクリームまみれにしながら、そんなことを考えていた。


「お前から話したくないなら、僕から話そう」


 自分の分のパフェを食べ終わり、一舞の分のパフェまで食べ始める歩亜郎。


「十年前のことなのだ。この四季市で、大規模な火災が発生した。現場は鴎の園病院という、一見すると何の変哲もない総合病院。出火元は――手術室。地下にある手術室だ」

「そうですか」


 一舞がようやく、返事という形で口を開くが、その表情を窺うことはできない。


「なあ? 何故、地下に手術室があったと思う?」

「地上の手術室が、患者で埋まったときのために用意した予備空間――」

「いいや、違うのだ。お前も知っているだろう」

「知りませんよ」

「だってお前も、あのとき同じ場所にいたもの。僕の身体に歩和郎の左腕が移植された、あのとき、あの瞬間――隣ではお前の身体に、一無の心臓を移植する手術、やっていたもの」

「知らないと、言っているのです」

「お前はそう自分に言い聞かせているだけなのだ。そうしないと自分を――心の中の世界を保つことができないから。よく聞いてくれ、お前の妹は火災ではなく、火災が発生する前にガイアコレクションに心臓を抜き取られて、死亡していたのだ。だから、死因は」

「ポアロくんに責任は無いと? あなたはそう言いたいわけですね」

「違う。僕は本当のことをお前に伝えたかった。お前がこれから起こそうとしている、真の被害亡き通り魔事件を止めたいからだ」

「私が何をしようと、私の勝手でしょう?」

「僕はお前を悪にしたくない。重ねなくても良い罪は、重ねる必要がない」

「あなたの悪よりも悪い悪、その美学に私を巻き込まないでほしいです」


 一舞の両目が灰色に輝く。何かを発動したのだ。歩亜郎は身構えるが、もう、遅い。


「目撃者はいない方が良いですからね。追放します」


 奥の部屋の、テレビの音が聞こえなくなる。佐藤兄弟が電源を切ったのだろうか。いや、違う。そもそも佐藤兄弟がこの場からいなくなっている。


 一舞がこの場から、彼らを追放したのだ。それだけは理解できた。


「おいおい。ここは喫茶店だぞ? その店主たちを追い出すなんて、客として」


 歩亜郎が視線を、一舞の方へ向けたその時であった。


「あーあ、やっちまったのだ」


 胸部に何か刺さっている。気が付くのに、さほど時間は掛からない。


 グラリと、歩亜郎の視界が回転し始める。彼の身体が椅子から転げ落ち、床に倒れこむ。


「愛していますよ、ポアロくん」


 何か、一舞が言ったような気がする。気がするだけで、気のせいかもしれない。


「あなたはここで、ログアウトです」

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