#26 じゃあ今、覚えてもらおうか

「これで、終わった。何もかも終わって、何もかもが始まる」


 一舞は、床に転がった歩亜郎の顔を眺めながら、そう呟いた。彼女の目的は果たされた。


「さあ、これを本部に持ち帰って、アイル様に引き渡しましょう。聖解を導いていただいて、それで、私は」


 私はもう一度、家族に会える――一舞が確信した直後、背後の気配に気が付く。


「誰ですか。追い出しますよ」


 一舞が想造力イマヂカラを発動させようとしたときであった。世界が静止したのである。まるで、世界が殺されてしまったように。この現象にとても心当たりがある一舞は驚きを隠せない。


「ポアロ、くん? 何で」

「技は盗むモノなのだ、ってね」


 おかしいな、おかしいな。


 一舞の心を疑念と違和が支配する。そして、最後に残ったモノは、恐怖であった。


「だって、今、私が、殺し――」

「果たして、お前が殺したヤツは本当にポアロくんなのか? よく見てみるのだ。そいつ、僕よりは睫毛が長いだろう。残念ながら僕は眉毛の方が長い」

「つまり、ポアロくんではないわけだ! やーい、間違ってやんの!」


 床に転がっている死体が、軽快に起き上がる。それでは、彼は――


「環十村歩和郎! 何故、あなたがここにいる! 追放したのに!」


 一舞が殺したと思っていた人間は、歩和郎であった。一体、どのような方法で、現世へ顕現しているというのだろうか。わからない――わからない。彼女に恐怖が蔓延する。


「身体が、動かない! これは」

「言ったはずなのだ。技は盗むモノだと」

「出て行って――出て行ってください!」


 一舞が再び、想造力イマヂカラを発動させる。歩亜郎たちがこの場から追放され、一舞だけが残る。


 そのはず、なのに。


「何で――何で、何で!」

「答えてやるのだ――僕がお前の想造力イマヂカラを殺した。だから、発動ができなくなっている」

「殺した? 一無でもないのに、そんなことできるはずが」

「ああ、できないのだ。だから、盗ませてもらった」

「あなたの想造力イマヂカラでは、そんなことはできない! 最適解を導くだけなのに!」

「その先入観が、お前の現解げんかいなのだ」

「ま、さか」


 歩亜郎は現解を突破しているのだろうか。いや、そんなはずはない。現解突破アンサーオーバーを宣言するタイミングは、今日一度も無いはず。今日、一度も――それが、私の、間違いなら?


 一舞は自身の思い込みを、悔いる。


「この喫茶店の景色が、あなたの【世都内界アニマ・スフィア】だとでも言うのですか!」

「惜しい答えなのだ。喫茶店の景色にも、することができるだけ――助かったのだ。お前は殺意が強いから、その影響で、僕のウイルスが蔓延していることにも、気が付きにくい。だから、演出できた。この、劇場を」


 歩亜郎の周囲に漂う、アナムネーシス・ウイルス。それら全てが、彼の支配下に置かれ、燃え上がっていく。その瞬間、歩和郎の姿が霧散した。


「環十村歩和郎の肉体を、アナムネーシス・ウイルスで再現していた? そんなことができる【答想者アンサラー】なんて、聞いたことが」

「じゃあ今、覚えてもらおうか」


 歩亜郎の瞳に静かな、それでいて豪快な炎が宿った。


「想像せよ、劇場の創造を――我は答えを、えんじる者なり」


 直後、火柱で埋め尽くされた劇場が顕現する。


 そう、喫茶店の景色を演出していたモノ、それは歩亜郎の世都内界アニマ・スフィアであった。彼の劇場は、演出する力を所持している。そのことに一舞はようやく気が付いた。


「【現解突破アンサーオーバー】――【燃え上がる炎解劇場バーニングアンサー・フレイムステージ】」


 劇場の幕開け。その宣言が歩亜郎から放たれる。


 それを聞いた一舞は、全てを悟った。


「つまり今日の私は、ポアロくんの演出した劇場で無様に舞い踊っていた――そういう役回りであったわけですね。ああ、なんと――なんということなのでしょう」


 床へ膝を突き、俯く一舞。その瞳は、前髪で隠れていて窺うことはできない。歩亜郎は彼女に装造武想、ワイズマンを突き付けて、演目を告げる。


「雪上一舞。これが、僕の――【最終怪答ファイナルアンサー】なのだ」

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