【あなたが見ている世界、私が見ている世界】
#27 だからお前は馬鹿なんだよ
「これは、歩亜郎の――あいつ、まさか!」
真矢の助言を受けた的当が商店街の喫茶店を目指して走っていると、周囲の景色が火柱で埋め尽くされ始めた。歩亜郎が
「歩亜郎!」
すぐに喫茶店が存在するはずの位置へ辿り着く的当。窓ガラスが割れたような音とともに空中から歩亜郎が降ってくる。歩亜郎は地面へ転がり落ちた後、すぐに態勢を立て直すが、彼を追いかけて一人の少女が刀を突き立てるように、落下してくる。
「雪上! 真矢の予見通り、やはりお前も魔女だったのか!」
「そうですよ。
「一無を追放したくせに、よくそんなことが言えるのだ」
空中へ浮遊した歩亜郎のハット帽が、一舞の刀を受け止める。その間、歩亜郎がワイズマンを握り直し、一舞へそれを振り下ろそうとするが、彼女の周囲に出現したハロウィンカボチャが歩亜郎へ向かって光線を放ってくる。
「あの子のためなのです。病院火災を亡きモノにすれば、あの子は生き返る」
「誰に何を吹き込まれたのやら――僕を殺せば、それができると? 馬鹿馬鹿しいのだ」
「ゴーダ・アイ・システムの管理権限を解放するため、死んでください」
「やだ」
「やめろ二人とも! お前たちが争う理由なんて」
「あるのだな、これが」
「歩亜郎! お前ならもっと賢い方法で解決できるはずだ! なのに!」
「僕が馬鹿であることは、お前が一番知っているはずなのだ」
「だから馬鹿なりに考えて行動しろと言っているんだよ、この馬鹿!」
「僕は悪よりも悪い悪――その聖解を手に入れるために、手段は選ばん」
「(こうなっちまった以上、オレにも歩亜郎は止められねえ)」
「歩和郎? 戻ってきていたのか!」
「(一舞に追放された後、世界の壁を喰い散らかして戻ってきたっての)」
「頼む! 歩亜郎たちを止めるため、俺に力を貸してくれ!」
「(そうだなぁ……どうすっかな……)」
歩亜郎の左腕から、増殖したアナムネーシス・ウイルスの塊が的当の隣に集まり、それが人間の形を作っていく。すぐに歩亜郎に似ている少年が姿を現した。
「今のオレは、歩亜郎のウイルスで肉体を再現することしかできない。つまりあいつがオレの存在を否定した途端、そこで想像は終わり、オレの魂も消え去る」
「歩亜郎の支配から、抜けられないということか?」
「まあ、そういうことだな。せめてあいつの左腕――オレの左腕に衝撃を与えれば、左腕だけでもオレは取り戻すことができるかもだが」
「そんなことが、できるのか! なら」
「いいのか、てめえ。真矢の時みたいになるかもだぜ?」
「それは」
的当の脳裏に浮かぶ光景。
かつて通っていた学校。屋上。自身を庇って、突き飛ばされる真矢。柵が倒れ、落ちていく彼女の姿――苦しい。思い出すだけでも、辛く悲しい。だから――
「だから俺は! あのときみたいに後悔しないと決めたんだよ!」
的当はアブソリュート・シューターを構え、スコープを覗く。
狙うのは――歩亜郎の左腕。
「くぅ~、格好いいじゃねえか的当。あの頃とは大違いだな!」
「うるせえ!」
「まあ、いい。取引成立だ。こいつを貸してやる」
「これは――なぁるほど! これなら!」
弾丸を込め、引き金に指を掛ける。そして、その瞬間を探る。
「的当が僕を? 歩和郎のヤツ、余計なことを」
歩亜郎は左腕の周辺にデリケイト・シールドを展開した。ウイルスの障壁で防護された左腕を撃ち抜くことは困難だろう。
「普段ならともかく、【
「右、右、下、下――あるいは、左、左、下、下!」
「何? 何故、僕の行動パターンが」
「そこだ!」
指を引く。弾丸は極めて正確に歩亜郎の左腕に向かって放たれた。
「そうか。真矢から、未来の可能性を聞いてきたのか。だが、ただの
弾丸へ左手の掌、その中央に開いた口を向ける歩亜郎。
「だからお前は馬鹿なんだよ! バーカ、バーカ!」
「可哀想に。これだから語彙力の低下した若者は――何!」
歩亜郎の左掌に弾丸が撃ち込まれる。
「これは、【グラトニィ・トリガー】の――」
「そういうことだ! 返してもらうぜ、オレの左腕!」
歩亜郎の左腕に、亀裂が入る。直後、彼の左腕が動かなくなっていく。
「よっしゃ! 【
「歩和郎!」
「わかっているっての! 想像しろ、劇場の創造を! オレは答えを喰らう者なり!」
歩和郎の周囲へ、暴食の想像が溢れ出ていく。
「【
世界が上書きされ、火柱が姿を消す。代わりに、牙を剥き出しにした魑魅魍魎が跋扈し始めた。歩和郎の
「危ないことをするじゃないか、歩和郎。どういう風の吹き回しだ?」
世界が上書きされる直前、自身の内界を保護した歩亜郎は廃人にならずに済んでいるが、多少の損傷を負ったようで、先程よりもウイルスの濃度が低下していた。
「オレはただ、今の状況がデリシャスじゃねえ。そう思っただけだぜ?」
「これだから、食い意地の強いヤツは」
「隙だらけですよ、ポアロくん」
「空気を読んでほしいのだ」
「そんなモノは殺しました」
一舞の攻撃を、右手だけで防いでいく歩亜郎。
「さあ、ネゴシエーションのお時間だ。歩亜郎! 再びオレに協力してほしければ、こちらの要求に従ってもらうぜ!」
「そんな交渉、決裂してしまえ」
「生意気な発言をする権利、今のてめえにあるのか? いいのか、魔女に殺されても? てめえ、本当は純粋に一舞を止めたいだけだろ? 素直になれよ」
「お前は交渉と脅迫の違いを覚えてから、出直してこい」
「てめえはその面倒な人格を矯正しやがれ」
「僕は、ただ」
「そんなゴーダ・アイ・システムに頼って、導いた答えで満足できるのか? 悪よりも悪い悪、それは自分自身が模索するモノであって、与えられた聖解で満足していいもんでもねえだろうがよ! そんな聖解、オレが喰い壊してやる!」
「歩和郎、お前」
「てめえがそんなんだと、オレが安心して成仏できねえじゃねえか!」
「僕は」
「今のてめえは! 悪よりも悪い悪にはなれねえ! ただの我儘なガキなだけだ!」
その言葉を聞いて、歩亜郎は自身に攻撃を仕掛け続ける少女を見る。
この女の子は――誰だったかな。
かつて見た夢に対する答え、それを胸に抱く。
「そいつは――一舞は、てめえがあの火災の後、転院先の病院で会った大切な――」
「ああ、そうだったのだ」
一舞の攻撃を、大きく弾き飛ばす歩亜郎。
「歩和郎、一発頼むのだ。記憶喪失という演出を忘れるくらいの、衝撃が強い一発を」
「二度とキャベツとレタスの区別が付かないようにしてやるぜ」
「白菜はわかるように、しておいてくれよ」
その言葉を聞いた歩和郎が白縁の巨大な虫眼鏡を歩亜郎へ振り下ろす。
「ショック療法の範疇を超えているだろ、あれは。うわぁ、荒療治」
あれ痛そうだな――確実に、そうだろう。的当はそう思った。
「【
「お、おい! それ喝を入れるどころの威力じゃ――」
「黙って、ぶっ潰れろ!」
「ぐへぉっあ!」
歩亜郎が地面に倒れこむ。そんな彼を見て、歩和郎は満面の笑みを浮かべていた。
「ああ、スッキリしたぜ! 日頃のこいつへの不満が解消できたっての!」
「本当に大丈夫なのか?」
「まあ、見てろって」
そんな中、一舞が刀を構え直す。それに気づいた二人は、間合いに注意した。
「ポアロくん、死んでしまうとは情けないですね」
歩和郎に殴打され、地面に伏せている歩亜郎を見て、一舞が呟く。
「彼を殺すのは、私の役目なのに。余計なことを」
刀を構えた一舞が、的当たちへ向かって飛び掛かってくる。
「そいつが死んだように見えるなら、眼鏡っ娘になることをおすすめするぜ」
その瞬間であった。
歩亜郎の肉体から虹色の火柱が出現し、天高く伸びていく。
「想像完了、拡大解釈――理解したのだ。僕の答えを、僕だけの聖解を」
直後、歩亜郎の周囲に真っ赤な火柱が多数出現して、辺りを埋め尽くしていく。
「何が、起きているというのですか」
「いい質問だな、一舞。こいつはな、かつての自分――過去の答えから目を背けるために、全てを演じて生きてきたんだ。演じすぎて、本来の答えがわからなくなる程に」
「何を言って」
「あーあ! もう、知ったこっちゃないのだ! 正義? 悪? 知らない、見えない、聞こえない! 僕は、九十九歩亜郎なのだ! 誰も僕を理解できない! 理解させない!」
歩亜郎が瞳に炎を宿しながら、語気を荒げ、右手で頭を抱えながら、喚き散らす。
「雪上一舞!」
「え? 私?」
「好きだ! 好きなのだ! 超、好き! 抱きしめて撫でまわして、滅茶苦茶にしたい!」
「え? え?」
「僕はお前と恋がしたいのだ! 魔女だか殺神姫だか知ったこっちゃない! 僕は雪上一舞、お前に恋をしたい! だから、その許可をくれ! ください! お願いしますから!」
「あなた、今自分が何を言っているかわかって」
「知らない!」
「え?」
「もう誰も僕を止められない! 僕の想像は無制限で、究極なのだ! 誰も知らない独特を味わうが良い! デリィィィィィイシャァァァァァァアスッ!」
「変態なのです!」
自己を解き放ち、想いを撒き散らしていく歩亜郎を見て、的当は笑うしかない。
「こうなったときの歩亜郎は、強いな」
「ふぃー、最高にデリシャスだぜ。まさか、こんな簡単に上手くいくとは」
「歩和郎、どんな手を使った?」
「アイ・システムの裏コマンド、『クレイジー・フォーユー』だぜ。これを発動させることで、歩亜郎は一時的にゴーダ・アイ・システムが導いた聖解の欠片を得ることができる」
「クレイジー・フォーユー?」
「クレイジー・アンリミテッド――アルティメット・アンノウン・ユニーク。つまり」
「あいつの想像は、もう誰にも止められない!」
「美味しい展開になってきたぜ!」
「私にとっては不都合ですよ! 本当に、余計なことを!」
「てめえだって、歩亜郎のことが好きなくせによ。本当は可愛がりたくて、ウズウズしているくせによ。てめえも素直になればいいのに」
「見透かしたようなことを! 私は!」
「ほぉら、愛しのポアロくんが待っているぜ?」
「黙ってください!」
「おっと」
歩和郎はハロウィンカボチャによる攻撃を避け、自らの肉体をウイルス状に分解する。
「歩和郎」
「(ようやく自分だけの聖解に辿り着いたみたいだな、歩亜郎。やるじゃねえか)」
「頼む、協力してくれ。僕は一舞を――救いたい!」
「(一応確認するが、どうしてだ? あいつは想造犯罪者だぞ。悪いヤツだぜ?)」
「知ったこっちゃないのだ。僕はあいつのことが好きで、好きな女の子に罪を被ってほしくない。あいつの都合なんて、知ったこっちゃないのだ!」
「(てめえ、状況が状況なら最低な男だぞ? いいのか?)」
「僕はただ、殺神姫が救われる世界があっても良いと思っただけなのだ! 悪いヤツを悪いヤツと決めつけて、距離を置くことなら、誰にだってできることだ! だけど、悪を救うことは僕にしか――悪よりも悪い悪にしか、できないのだ! だから!」
「(つまり?)」
「これが、僕の――【
「(青春してるじゃねえか! 最高にデリシャスだぜ!)」
「歩和郎!」
「(オーケー、オーケー。答えが一致したな? オレも一無の姉が、悪人になる展開はデリシャスではねえと思うし、いっちょ、やってやるか!)」
「ああ!」
「(【
「【
今、ここに悪を焼き付くす混沌が爆誕する。その宣言が、周囲に響き渡った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます