#28 とっくに出会っていたのですね
この女の子は誰だったかな――ふと歩亜郎は眠る間に見た夢、その内容を思い出す。
雪の降る外を見ながら、彼女はベッドに横たわっている。口が動いて、言葉を紡いで、呟きを漏らす。自らの胸を押さえながら。明確な殺意を、漏らしている。
この女の子は――雪上、一舞だ。
彼女はとても無欲であった。あれがしたい、これがしたい――そういった感情とは、無縁の少女であったのだ。それを歩亜郎は、よく覚えていた。記憶を喪失したという演出をいくらしたところで、誤魔化すことができない十年前の記憶。それをよく覚えていたのだ。
『私が殺した――私が殺した――パパもママも――一無のことも――』
雪上一舞の命、その
しかし、ガイアコレクションの計画――魂のインストールによって、本来一人であった
一無の生み出す殺意――それを受け止める器の一舞。そして一舞は、そんな一無の魂を想像することで、一無がこの世に存在するための力を発生させていた。
「コロシー・アイ・システム。あらゆる想像を亡きモノにし、神をも殺すことを可能とする。つまり、対ゴーダ・アイ・システム――【
正直言って、こんなモノ誰が考えたというのだろう。
「皆、踊らされているだけなのだ。あの男、暮井黄金に」
想造力学の開拓者、暮井黄金。彼の消息は現在不明だ。生きているかもしれないし、死んでいるかもしれない。誰も彼を知らないし、誰も彼を理解できていない。
そんな男が残した想造力学の理論や、
「人間なんて、そんなモノなのかもしれない」
この世界、この時代。人々は思考という行動に恐怖を感じているのかもしれない。答えを得ること、それを恐れているのかもしれない。
アナムネーシス・ウイルスは、そんな我々への警告なのか?
「知ったこっちゃ――ないのだ」
少なくとも、目の前にいる少女は泣いている。
ならば、九十九歩亜郎が導く答えは一つ。
「正義? 悪? そんなことを他者へ押し付けるような人間に、僕はなるつもりない」
彼女に、手を伸ばす。手を――差し出していく。
「正義も悪も上回る、とんでもない悪いヤツに僕がなってやるのだ」
せめて彼女には、笑ってほしい。歩亜郎は心の底からそう思う。
好きな女の子は、笑顔の方がもっと素敵である。それが彼の、歩亜郎の答えであった。
「雪上一舞! 本当は誰かに救ってほしかった、そうだろう!」
「勝手なことを言わないでほしいものです。私は! 一人でも、戦える! そうやって、ずっと――生きてきた!」
一舞がミスト・コメットの穂先を歩亜郎へ向ける。
「来るぜ! 歩亜郎!」
「理解したのだ!」
歩亜郎は左腕を目の前へ突き出す。掌に歩和郎の想像が宿っていく。
「【
ミスト・コメットから流星群が発生し、歩亜郎へ向かって降り注ぐ。それを歩亜郎は左腕で受け止めた。歩和郎が
「ならば! 鴎霧隠れ――
「僕たちが一人で戦っていると? お前はそう思っているのか?」
「俺もいるんだな、これが!」
アブソリュート・シューターを構えた的当が、歩亜郎の後方から銃弾を連射している。
「狡い手を使いますね!」
「違うね! これは俺と歩亜郎たちによる連携、要するに大親友コンビネーションだ!」
「うっわ、ダサいのだ」
「うるせえ! お前もついでに撃ち抜くぞ!」
的当がウイルスエネルギーを溜め込んでいく。そして、それを一気に放出した。
「【
「おっと、危ないのだ」
的当が放った光線を、歩亜郎が避ける。そして、それは一舞へ向かって飛んでいく。
「【
しかし彼女は、その光線を自身の
「今度は! あなたたちにいなくなってもらいます!」
一舞がミスト・コメットから仕込み刀を抜き取った。
「厄介な
「良い質問なのだ。歩和郎!」
「想像の咀嚼は完了だ! さっきやったみたいに、やっちまいな!」
歩和郎から、ある人物の
「技は盗むモノなのだ!」
歩亜郎の瞳が赤く輝く。彼もまた
「だから! あなたの
「それは、誤解ってヤツなのだ!」
「何を言って」
「【
「使えるはずが」
「そのセオリーは、時をも殺す!」
目の前から歩亜郎の姿が消え、すぐに一舞の背後へ出現する。
「どうなって」
「もういっちょだぜ!」
「今度は! 右?」
「違うね。左なのだ」
「なら、次は」
「上かな? 下かな? 残念ながら、目の前なのだ!」
消えては現れる歩亜郎。その度に一舞を翻弄しながら、ワイズマンとフールによる打撃と斬撃を交互に浴びせていく。
しかし一舞は攻撃による損傷よりも、抱いた疑問が気になっていた。
「まさか! いや、でも、そんなこと! 妹の、一無の
「盗ませてもらった。だから、使える! 模写に過ぎないが!」
「そんな応用が! できるというのですか!」
歩亜郎の
他者の答えを自分なりに解釈することで、模写した
「妹の答えを、妹を弄ぶな!」
「その妹である一無を拒絶したのは、お前自身なのだ!」
「違う! 私はただ、一無に」
もう一度、会いたかっただけなのに――
一舞の、声なき声が歩亜郎には届いていた。だからこそ、こんな争いはもう止めるべきであることも、歩亜郎は理解していた。
これで、終わらせる。彼女の殺意を、拒絶を――苦しみも悲しみも、終わらせる。
「雪上一舞! お前はここでシャットダウンなのだ!」
終わらせて、もう一度始めるのだ。本当の物語を――彼女ら姉妹が、笑いあえるような。
「歩和郎! 【フール】を借りるぞ!」
「合点承知だっての!」
右手のワイズマン、左手のフール、その柄の先端同士を連結する歩亜郎。
「【
薙刀のような虫眼鏡型
「爆ぜろ、我が魂! 炎のように、舞い踊れ! 劇場を激情で、演出してみせろ!」
薙刀両端の虫眼鏡、そのレンズに炎解属性のアナムネーシス・ウイルスが集中し、その力を増幅していく。まるでレンズの向こう側に、何らかの恒星が見えるような錯覚を、一舞は感じた。あの恒星は、まさか――いや、そんな。彼女は慄く。
「お前の殺意を、焼き尽くす! 【
歩亜郎が地面を蹴り、上空へ飛翔する。虫眼鏡のレンズは、明らかに一舞を向いている。
ああ、あの恒星は――あの恒星の名は!
「フォーマルゥゥゥ、ハウトオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
レンズから熱線が二本、放たれる。それは、空中で舞踊りながら、融合を果たし一本の巨大な熱線へ変貌を遂げた。そして、徐々に加速しながら一舞へ接近していく。
「これで」
ああ、これで――これで良かったのかもしれない。
心の中で、一舞は不思議と納得した。殺意が焼き溶けていく感覚が彼女を襲う最中、昔のことを思い出した一舞。そういえば、歩亜郎はこういう少年であった。その事実を思い出す。
「ああ、そうか」
サンタクロースは、希望の象徴は、その正体はきっと、彼のような――
「私、とっくに出会っていたのですね。九十九歩亜郎という、私にとってのサンタクロースに。彼との出会いそのものが、私の聖解で――」
その直後であった。
熱線が一舞を直撃して、彼女の姿は見えなくなった。
「ありがとう」
永遠のような、一瞬であった。
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