#29 もう亡くなったわ
「憑き物が落ちたようだな」
「そうかも、しれませんね」
歩亜郎が放った
その熱線を浴びた一舞が目を覚ますと、上から歩亜郎が顔を覗き込んでいた。
「僕の熱線が殺意の源、コロシー・アイ・システムの中枢を焼き払った。余程のことがない限り、もうこのシステムは使えないし、使うこともないだろう」
「一無は? 妹はどうなったのですか!」
「ああ、あいつなら――」
歩亜郎の視線を、一舞が追いかける。その視線の先では、ウイルスを集合させ肉体を顕現した歩和郎に対して、嬉々として纏わりつく一人の少女の姿があった。
「えへへ! ポワロくん、ポワロくん!」
「おい、歩亜郎! こいつをどうにかしやがれ!」
「本当は、嬉しいのだろう?」
「そうだけどよ! なんか、調子が狂うっての!」
銀色の短髪を白い三角巾で覆っている少女は――一無であった。
「あ! お姉ちゃん! 昨日はよくも私を追放したな! その前にポワロくんが私にハッキングを仕掛けていたから――その情報を使ったバックアップがあったから戻ってこられたけど、下手をすれば私たち共倒れになって――」
「一無! ごめんなさい!」
一舞が駆け出し、一無の身体を抱きしめる。一無は、少々照れくさそうだ。
「いいよ、別に。また会えたわけだし」
「うん! うん!」
「苦しいよ、お姉ちゃん――えへへ」
そんな彼女たちに、歩亜郎が近づいていく。
「一無が世界に存在できているということは、お前の想像が強く、そう願っているということだ。お前は心のどこかでは一無のことを考えていた。だから追放した後でも、彼女は戻ってこられた。つまり雪上一舞、お前は――誰よりも家族のことを想っていたわけなのだ」
「ポアロくん」
「あのときも、そうだったのだ。火災の後、転院先の病院で会ったとき、お前の口から発せられていた言葉は、あんな殺意に塗れたモノではなく、ただ純粋に家族に対する複雑な感情によるものであった。しかしだな」
歩亜郎が珍しく口角を上げたような顔をする。彼も彼なりに落ち着いたのだろう。
「複雑という言葉で表現できるくらい、感情は単純なのだ。お前は、家族に会いたかっただけ。その一心で、行動していただけ。ただ、その手段を間違えただけなのだ」
「私を、どうするつもりですか?」
「お前のようなヤツを悪と呼びつけて、一方的に追い払う趣味はない」
「歩亜郎。難しいこと言わないでさ、さっきみたいに素直に言ったらどうだ?」
「的当……」
「詳しいことはわからんけどよ。お前、結局雪上と昔出会っていたんだろ? 雪上は誰よりも家族を想っていて、お前はその雪上を誰よりも想っていた。だけど真矢の件で、お前は自分を押し殺して生きてきた。お前もある意味で殺意を抱いていたわけだ。だから、劇場の力で、記憶喪失の演出を自らに施していた。違うか?」
「違くない」
「ましてや、お前。雪上の家族を奪った火災の原因だもんな」
「そういうことに、なっているのだ」
「なあ、歩亜郎。お前、雪上に謝っちまえよ」
的当の言葉に、歩亜郎は動揺を隠せない。やはり彼には見透かされているというのか。歩亜郎は内心、頭を抱える。
「お前が悪よりも悪い悪になりたいのって、正義と悪から逃避したいからだろ? どちらかにカテゴライズされることを恐れている。お前は怖いだけだ。でも、今のお前なら大丈夫だ。【殺神姫】という悪に片足突っ込んだヤツを救うことができたお前なら、だからさ」
「ああ」
「安心しろ。世界中の全員がお前の敵になるわけじゃない。俺は味方だし、アンサーズだって――謝っちまえ、歩亜郎。お前が自分の罪を認めているのなら、そうした方がお前自身、生きやすくなれると俺は思うから」
「すまなかった! 雪上一舞!」
「早っ! え? え? 謝るの早すぎるだろ! もう少し、溜めを作ってだな」
的当の驚愕を他所に、歩亜郎は一舞に頭を下げる。早く謝罪を実行できた理由は、やはり歩亜郎自身が一舞に対して、常に償いの気持ちを抱いていたからなのかもしれない。
「ガイアコレクションが主導していたとはいえ、あの火災の原因は僕にある! お前の家族や、大勢の人々を焼き殺したのは、間違いなく僕だ!」
「ポアロくん、私は」
「この謝罪でお前がスッキリするとは思っていないし、僕自身も許されようとは思っていない! ただ、やっちまったことに関する罪の意識を抱いているという事実を、お前に知っておいてほしいのだ! そうすることでしか、僕は」
地面へ向けられていた歩亜郎の頭を、何かが包み込む。ハット帽を落としそうになりながら、彼がその正体を探って――探る必要がないくらい、わかりやすいことだと気づく。
これは一舞の腕だ。彼女が歩亜郎を抱きしめているのだ。
「悪いことをしたという点では、私もあなたも同じです。その罪は背負っていかなければなりません」
「雪上一舞」
「でもね、ポアロくん。あなたも私も――もう一人ぼっちではない、そのことがわかったわけですし、ここはひとつ、この街に賭けてみませんか? 私たちが好きなこの街を」
「ああ」
歩亜郎と一舞、本当は誰よりも優しい人間なのかもしれない。
ただ、その優しさの使い方を、目的を、方向を間違えた。それでは、間違いは悪なのか。
誰かが道を踏み外したとき、必要なのは糾弾ではなく道を引き返す手助けだ。かつて風紀委員であった歩亜郎が、的当を救ってくれたように――今度は的当が救う番だ。
彼は歩亜郎たちに歩み寄ると、言葉を紡いだ。
「お前たちは、同じ景色を見たかっただけだ。同じ世界に立って、皆と同じ景色を見たかっただけ。でも、そのやり方がわからずに暴走していただけの寂しがりやだったわけだ」
「そうかも、しれないのだ」
「これからすぐに、お前たちが同じ景色を見ることはできないだろ。だけど、その手伝いなら俺はいつでも協力する。遠慮なく言ってくれ――というか」
的当が一舞に手を差し出す。握手を求めているのだろう。
「雪上、お前――アンサーズに入らないか?」
「良いのですか?」
「もちろんだ。お前や一無が見ている視点が問題解決の役に立つかもしれない。今入れば、キャンペーンで歩亜郎とイチャイチャし放題だ」
「それは、ちょっと……」
「ええ! ガビーン、なのだ!」
「そりゃ、ポアロくんのことは大切ですけど――好きというわけでは」
「え?」
「え?」
一瞬、歩亜郎と一舞が顔を見合わせる。何かお互い、勘違いしているような――
「どうだ、雪上?」
「あ、はい! ぜひ、お願いします!」
的当の手を握り、握手に応じる一舞。こうして、問題解決部に新たなる仲間が加わった。
「へえ、面白いことするね。お姉ちゃんを――私たちを引き込むなんて」
「的当は、ああいうおかしなヤツだぜ。ま、不思議とオレも嫌いにはなれないが」
「ポワロくんといられるなら、いいや」
「そういえばてめえ。オレを殺すとかいう目的はどうなったんだ?」
「ああ、そのこと」
歩亜郎たちから少し離れたところで、歩和郎と二人で空を見上げる一無。彼女は以前のような不自然な笑顔ではなく、彼女自身の笑みを取り戻し――
「そんな気持ち、もう亡くなったわ」
「そうかよ」
隣の幼馴染に、そう語りかけるのであった。
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