#45 あなたの書庫になる
その日の夜。砂雄は昼間から使えるようになった謎の能力を使い、家を抜け出した。そして、読神神社へ向かう。
「誰もいない。本当に警備が薄いや」
砂雄は謎の能力を使い、書子がいる図書室へ入った。
「しょこちゃん!」
「え――?」
驚く彼女。無理もない。突然、砂雄が現れたら驚くだろうし、困るだろう。
「ここから出よう!」
「突然、何を言っているの?」
「君に外の世界を見てほしいんだ。本では見ることのできない神社の外を、見てほしいんだ」
「私は見たくないわ」
「じゃあ僕のこと、どこまで知っているのさ」
「またそういう話? あなたは兎耳砂雄よ」
「好きな人は?」
「え――」
「僕の好きな人は誰か、気にならない?」
目を丸くする、書子。
「気に、なる……」
「教えるよ! 外に出たら僕の好きな人、教える! だから!」
砂雄は先程よりも大きく手を開き、彼女に伸ばした。
「僕に、ついてきて!」
「うん」
再び空間に穴を開ける。そしてその穴を
「綺麗……」
夜空に浮かぶ月を見て、彼女が呟く。
「もしかして、月を見たことがないの?」
「知ってはいたけど、見たことはなかった。夜、部屋の中から出ることは禁じられていたから」
「そっか。でも綺麗なのは、月だけじゃないよ! 星だって綺麗だよ!」
「ふふ、そうね」
しばらく歩いて、公園に辿り着く。
「ここからなら月や星がよく見えるよ!」
夏の星座について得意げに話す砂雄。当然、彼女は本で知っていると思うが、この感動を伝えずにはいられなかった。
「そうね。ところで――」
彼女が砂雄の目をじっと見つめる。
「あなたの好きな人って、誰なの?」
「え? 誰って、しょこちゃんに決まって――」
完全に油断していた。あまりにも得意げに星座の話をしていたから、何も考えず、素直に答えてしまった――しかし、砂雄に後悔は無かった。
「あ……」
彼女は何のことかわからないような顔をしていた。
「私、誰かに好きだって言われたことがないの」
「う、うん」
「そういう気持ち、知らないの」
「うん……」
「だから――教えてくれる?」
「うん……え?」
彼女が小指を差し出してくる。
「約束、しましょう?」
「うん!」
「私はこれからあなたの書庫になる。何もない、ただの書庫」
「うん」
「あなたの気持ちで、埋めてくれる?」
「うん! 僕、約束するよ!」
†
「結局、あの後パトロール中の警察官に見つかって、神社に連れ戻されたんだよね」
「そうね」
読神神社にある乃鈴の部屋で休憩しながら、昔話をしていた砂雄たちは、当時の出来事を昨日のように思い出していた。あれは、暑い夏の日の出来事であった。
しかし、今は寒い冬。あれから何度季節が廻っただろう。自分は彼女にふさわしい男に近づけているだろうか――砂雄の脳裏にそんな考えが浮かび、すぐに消えた。
隣にいる書子は、笑顔だ。この笑顔が何よりの証拠である。
「あの頃の書子さんも可愛かったなぁ」
「砂雄お兄ちゃんたち、ラブラブなの!」
「でしょ、でしょ! 乃鈴ちゃんもそう思うでしょ?」
「馬鹿なことを言っていないで、年越し行事の準備を進めましょう。巫女さんたちは体調が悪いようだから、私たちはもちろん手伝うとして――もう少し人員がほしい」
書子はあの後――砂雄とデカメロンが二人で都処を説得したことにより、神社の外へ出られるようになり、学校にも通えるようになった。
当時、子どもであった砂雄にはよくわからなかったが――今ならわかること。書子の身体には、乃鈴の
それを理解できるようになってから、砂雄はデカメロンの故郷である忍者の里に滞在して、己を鍛えるための修行をしていたのだ。辛く厳しい修行ではあったが、彼は一人ではなかった。何故なら、その修行には書子も同行していたからである。
都処曰く、逆転の発想であり、書子と乃鈴の二人が揃わないようにすれば、力を悪用されることもないので、書子が砂雄とともに四季市から離れることを許可したようだ。幸いにもデカメロンが所属している忍者の里は読神神社と親交が深い場所であったため、安心して二人を送り出した。今からおよそ三年前の出来事である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます