#38 だけど、私は怒るかもね
「なんと! 巫女さん部隊内でインフルエンザが流行したのか!」
ところ変わって読神神社。境内の掃除をしていたデカメロンは、巫女の一人からの報告を受け、頭を抱えていた。同日に的当も頭を抱えていたことはきっとこの先も知らない。
「このままでは年末年始の、神社の警備担当が足りない。どうすれば――」
「アタシの推薦で良ければ、丁度良い人材がいるわ」
神社へ遊びに来ていた葉子が、デカメロンに向かって申し訳なさそうに呟いた。
「何! それは本当か、葉子」
「警備担当という意味では、これ以上にない戦力だと思うけど」
「どこの誰だ? そんな人材なら、すぐにでも雇いたいものだが」
葉子がデカメロンの背後を指す。その指先を追いかけて、デカメロンが振り返ると、そこに立っていた人物は歩亜郎と一舞であった。二人とも憔悴しきった顔で、こちらへ歩いてくる。振子の説教が余程身体に響いたようだ。そんな彼らを見て、デカメロンは溜息を吐いた。
「なんと! 巫女さん部隊内でインフルエンザが流行したのか!」
「現実逃避で、時を戻そうとしないでくれる? ややこしくなるから」
「歩亜郎と雪上だぞ? あいつら自身が問題を起こしそうではないか!」
「二人とも、アルバイトを探しているみたいだし」
「別に、私は――ただ、ポアロくんのことが心配なだけです。彼に問題を起こされると、迷惑を被るのは、私たちですからね」
「先日のクリスマスに問題を起こしたヤツが何を言っている? どうした、キャベツに頭でもぶつけて記憶喪失にでもなったのか? ん? ん?」
「煽るな、馬鹿兄貴。また一舞さんが殺意に飲み込まれたら面倒よ」
「問題はないのだ。こいつは殺意以外の感情を抱くことができている。殺意一色に染まることはない。先日のような強烈な殺意を抱く理由はないし、コロシー・アイ・システムも現在は安定しているから、僕ごときの挑発に乗るような、そんなヤツでは」
「私は、別に怒りませんよ? 私は、ね」
瞬間。一舞の眼が虹色に輝いた後、魂が裏返る。彼女は後頭部のエクステを外した後、歩亜郎に向かって、
「だけど、私は怒るかもね」
「一無か――危ないことは止めた方が良いのだ。物騒なのだ」
歩亜郎がイリュージョン・ハットで刀を受け止める。ハット帽には傷一つ付いていない。
「私たち姉妹を敵に回したら後悔するのは君の方だよ、ポアロくん」
「そんな馬鹿なことを僕はしないし、お前たちもしないだろう」
「さあ、どうかしら? 乙女心は複雑よ――特に、お姉ちゃんは」
雪上一無。一舞の亡くなった妹。
彼女の魂は結局のところ、現世に留まり、一舞と交代しながら、日常を共有している。時々、幽体離脱して歩和郎と行動を共にしているようだが、一舞の肉体から距離を置くことはできないため、行動範囲は限られている。
そんな彼女が一舞と交代した理由は、単純に一舞に対する歩亜郎の態度が気に食わなかったからであり、何かしらの殺意に染まって、暴走しているわけではない。
他者から見ると仰天するかもしれないが、これは彼らなりのコミュニケーションなのだ。
「(てめえも面倒な女だろうが。姉妹揃って、情緒不安定かよ。デリシャスじゃねえな)」
歩亜郎の内部から、別の声が漏れ出している。声の主は歩和郎だ。一無が顕現したことに反応して、出てきたのだろう。
「ひどいよ、ポワロくん――愛しちゃうぞ」
「(へいへい。歩亜郎、姉の方の機嫌取りは任せたぜ)」
彼は歩亜郎に一声掛けると、内界の中へ戻っていった。
「悪かったのだ、雪上一舞」
「先日みたいに名前で呼んでくれないと、許してあげません」
「困ったのだ」
「復唱してください。『一舞、僕が悪かった』」
「一舞、僕が悪かったのだ」
「その語尾が気になりますが、まあ、良いでしょう」
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