#37 それはバイト違いだ

「アルバイトをしようと思うのだ」


 珍しく歩亜郎が、メメント森廃教会のメンバーを自室へ招集した。彼が自室へ他人を招き入れるなんて珍しい、何か悪いモノでも食べたのではないか、心配した的当たちは各々の作業を止め、招集に従った。しかし、そんな心配を他所に、歩亜郎は開口一番、そんなことを口走った。その言葉を聞いた的当たちは、まるでギャグ漫画のワンシーンのように転げ落ちてしまいそうになったが、そんなことをするメリットが無かったため、堪えた。


「ほらね、大した理由なんか無かったじゃない」

「でも、一番心配していたのは葉子ちゃんですよね」

「うるさい、キート」

「ポアロくんがアルバイト、ですか」

「何のバイトをするつもりだ、歩亜郎?」


 的当の問いかけに、歩亜郎はいつもの猫背を直して、背筋を伸ばした。そして、胸を張り、堂々とその答えを皆の前で宣言した。


「これなのだ!」

「ええっと――『年末セール! あんな家電や、最新式パソコン、テレビ、洗濯機などなど! この機会を逃がすな! 今、新製品を買うとお好きなバイトのユーエスビーメモリをプレゼント! 買わなきゃ損! ソンソンソソン!』。歩亜郎、これのどこがアルバイトなんだ? ケイズデンキ我瀬奈屋店の年末セールのチラシだろ、これ」

「だって、百二十八ギガバイトって――」

「はあっ! お前は! お前というヤツは!」


 どうやら、歩亜郎はとんでもない勘違いをしているようだ。馬鹿らしく思ったのだろう、葉子と鬼衣人は既に部屋から立ち去っていた。一舞は笑みを崩さないまま、固まっている。


「ギガっていうくらいだし、きっとたくさんお金くれるのだ」

「それはバイト違いだ! お前は情報技術の基礎を学び直せ!」

「まあ、冗談はさておき」

「冗談だったのかよ! お前の真実と虚構の境界線はどこにあるんだ!」

「そういうわけで、良いバイト求人が見つからない。探すのを手伝ってくれ」

「最初から! そう! 言えよ!」


 頭を抱えて、床の上を転げまわる的当。そんな彼を放置して一舞は、笑みを崩さないで固まったままである。流石に歩亜郎も気になったのだろう。恐る恐る一舞へ声を掛けた。


「雪上一舞、お前はどう思う。何か良い求人はないか――」

「ポアロくん、あなた――ふざけるのも大概にしてください」

「ひぇっ」


 一舞はご立腹であった。彼女から溢れ出る静かな怒りの感情に気圧された歩亜郎は、その場で大きく飛び跳ねた後、正座で床に着地した。膝が、痛い――彼はそんなことを考えた。


「廃教会の皆さんだって、忙しいのです。今は年末で、それぞれ今年中に終わらせたいことだってあるはずなのです。そんな中、あなたの招集に応じたのに、冗談? そういうことを、するのですね、ポアロくんは」

「や、やだなぁ! そんなに怒ったら眉間に皺が寄っちゃうのだ」

「はぁっ? どこがですか。別に、私は怒っていませんし」

「お、おい。二人ともヒートアップしすぎじゃないか? その辺りで――」

「的当は黙っているのだ」

「そうです。大体、今まであなたがポアロくんを甘やかしてきたから」


 このような状況になってしまった以上、的当にはどうすることもできない。


 それを悟った彼は、深呼吸をすると、言い争う彼らの横を通り過ぎて部屋を後にした。


「さてと、真矢に会いに行くとしますか」


 明探偵と殺神姫の喧嘩の仲裁なんか、できるか――的当は内心、諦めの感情を抱いて、すぐに気持ちを切り替えた。そして、そのまま市内の病院へ向かった。


 数分後。廃教会の方角から黒煙が上がった。言うまでもなく、それは歩亜郎と一舞による戦闘。要するに、想造力学の実験により、廃教会の壁が一部損壊した際の爆発によるものであった。この後、二人は振子にこっぴどく叱られるたが、それはまた別のお話。

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