【お餅、モチモチ、モチベーション】

#36 チャンスを、チャンスをください

「保護者、僕は信じているぞ」


 クリスマスが終わった十二月二十八日の昼。歩亜郎は、教会内を改装したリビングでテレビを見ている振子に駆け寄ると、突然そんなことを言い始めた。当然、振子は困惑する。


「ええっと? 何を信じているんだ? 我が息子よ」

「もうすぐ新年だから、来年もお年玉を――」

「歩亜郎。そのことなんだが、お前にやれるお年玉は――ない」

「ええ! 九万円もくれるのか?」

「ナインじゃない。無いんだ。お前は英語のリスニングをもう少し勉強しなさい」

「何故なのだ! 何故、お年玉がない!」

「簡単なことだ。あげたくても、お金に余裕がないんだ」


 振子はインフィニティーを淹れながら、歩亜郎にとって由々しき事態である今の状況について、ゆっくりと語り始めた。近くにいた葉子は「どうせ大した理由ではないだろう」と思い、早々に耳を傾けることをやめ、コンビニへ駄菓子を買いに向かった。


「よく胸に手を当てて考えてみろ? お年玉がない原因は、お前自身にもある」

「はっ! まさか!」

「そう。アンサーズが破壊した街の設備の修繕費で、アタシの財布は空っぽだ」

「で、では! 葉子たちのお年玉もないのか?」

「ん? ああ、それはあるさ」

「え? お年玉ないの、僕だけ?」

「お前、というよりも歩和郎がよく食べるからな。食費が掛かる、掛かる」

「一舞だって、よく食べるではないか!」


 先日のクリスマス直前に、この廃教会に住むことになった一舞。彼女も歩亜郎と同じく、もう一つの魂の影響で、エネルギー消費が激しく、食事も他者の二倍摂る必要がある。


「先日、ここに来たばかりの一舞にお年玉をやらないのは、可哀想だろ? な?」

「チャンスを、チャンスをください!」

「チャンスとは与えられるものではなく、取りに行くものだ――だが、何もないのはお前も可哀想だから、元日にはお餅をあげよう」

「餅なんかいらないのだ! あれ、喉に詰まりそうになるのだ!」

「知らないのか、歩亜郎。昔、お年玉はお餅だったんだぞ?」

「そ、そうなのか?」

「諸説あります、ってヤツだ」

「曖昧な雑学を語りやがって!」

「まあ、本当にお年玉が欲しいのなら、お前が自分で考えて、自分で行動できる何かを探すことだな。そうすれば、アタシの財布の奥底から、何か湧き出てくるかもしれない」

「モチベーションを上げろ、ということか?」

「餅だけに、な?」

「ふふふっ!」

「はははっ!」


 リビングに、親子の笑い声が響き渡る。直後、買い物から帰ってきた的当は、その光景を見て、どうしようもない困惑の感情を抱きながら、足早に自室へ去っていくのであった。

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