#34 私もあなたと同じ気持ちですから

「(自分のお墓に参るというのは、奇妙で、複雑で、不思議な気分ね)」


 歩亜郎と一舞は、甦地螺野そちらの霊園という墓地に来ていた。今回起きた一連の事件を、一先ず解決した彼らは雪上家の人間が眠る墓を訪れることにしたのだ。


「付き添ってくれて、ありがとうございます。ポアロくん」

「礼は不要なのだ。当然のことだ」

「それだけではありません。私と一無のこと、本当にありがとうございます」

「あまり礼を言うな。その、なんだ。照れるだろう」

「(ひゅうっ! 遂にデレたか、歩亜郎! 最高にデリシャスだな!)」

「うるさいな」


 今日の午前中のことである。


 歩亜郎たちは四季市市長、深池真夏に呼び出された。


 彼らは相応の罰を受けるつもりであったが――


『一舞ちゃんたちは事件の凶悪犯ってことになっているけど、ある意味ガイアコレクションの被害者でもあるし。まあ、君の管理下にいるなら、問題は無いはずだ』


 市長権限でお咎めなしのような状態になった二人は、不思議な気持ちで市長室を去った。


 警察でもない市長が市民の処分を操作できた時点で、やはりこの街はどこかおかしい。


 しかし、こんな街でも、歩亜郎と一舞が出会った街だ。


「サンタクロースは、ポアロくんだったのですね」

「やはりお前は視力検査に行くべきなのだ」

「いーえ、間違っていません。サンタクロースは子どもたちにとって希望の象徴。私はあなたに希望を感じました。ね? 間違っていません」

「だから! あまりそういうことを言うな! 照れるのだ……」

「(お姉ちゃん、こんな男のどこが――まあ、いいか。お姉ちゃんが幸せなら)」

「一無。そんなことを言うなら、あなただって男を見る目が無いのです」

「(ポワロくんはそいつのように面倒な捻くれ方しないもの)」

「(捻くれに関しては、てめえも負けていないだろ、一無)」

「(むうぅ、ポワロくんの馬鹿! もう知らない!)」


 二人で、四人分の会話を楽しむ。一見すると、奇妙な光景ではあるが、これからこの光景は彼らにとって当たり前になってくるだろう。彼らの想いが、途切れない限り。


「私はポアロくんのことが心配です」

「急にどうした」

「ポアロくんは、悪よりも悪い悪を目指して、その後はどうするつもりですか」

「そ、それは――まあ、その」

「やはり考えていなかったのですね」

「考えてはいるのだ! ただ、答えが定まらないというか……」

「それでは、一緒に考えていきましょうか。この先、ずっと」

「まあ、僕はお前の監視役になったわけだから、お前が嫌でもずっと一緒――」


 歩亜郎の手を、一舞が優しく握る。


 彼に不快の二文字は無く、不思議と一舞を受け入れられたようで、特に嫌がる様子はない。ようやく歩亜郎は、一舞に心を開けたのかもしれない。


 一舞と生きていく。これが彼の、紛れもない最終怪答ファイナルアンサーなのだ。


「あの、ポアロくん」

「な、何だ? お前に、そう名前を連呼されると、なんだか頭がフワフワするから――」

「大好き」

「ほえ?」

「さて、行きましょうかポアロくん」

「ま、待て! 今、何と言った!」

「考えてみてください」


 一舞が手を離し、駆け出す。


「早くしないと、私、クリスマス料理全部食べちゃいますよ!」


 彼女の心に、もう暗闇の邪悪は、存在しない。優しき光に包まれている。


 眩しくて、眩しくて――歩亜郎は目を閉じようとするが、その気持ちをすぐに振り払う。


 彼女から目を離さない。そう決めたから。


「大好き、ね」

「(好意は素直に受け取るべきだ。そして、それを返せる人間に、てめえもなれたら――)」

「もう、なっているのだ。お前の言う、返せる人間とやらに。自信満々に、な」

「(なら、さっさと伝えてやれ。世界で一番、心優しき殺神姫に)」

「ああ、もちろんだ」


 歩亜郎が地面を駆け、今度は彼から一舞の手を掴み、歩き出す。


「ポアロくん?」

「一舞」

「あ! やっと名前で呼んでくれましたね? ずっと待っていたんですよ」

「(君って、本当にヘタレなところが多いね)」

「一舞、シンプルに言いたいことがある」

「ん? 何ですか」

「(え? え? 何この空気? どういうことかしら)」

「(はい、はい。てめえは静かにしていろよ、一無)」


 心の住人たちの声がうるさいが、歩亜郎は呼吸を整え、そして――


「あ、そういえば今日、私と一無の誕生日なのです」

「最高にデリシャスなことだが、僕が言いたいことは――」

「ケーキを買いに行きましょう! クリスマス用と、誕生日ケーキ、両方を!」

「月が綺麗で――ああ! そうだな! ケーキだけに、景気よく食べるのだ! そうしよう! 今すぐそうしよう! ああ、そうしよう!」

「(なあ、てめえの姉貴って)」

「(ある意味、似た者同士かもね。お姉ちゃんたち)」


 空を見上げる。


 気が付けば、雪が降り始めている。そんな上空を見て、一舞は――優しい笑みを浮かべた。


「ポアロくん、月はまだ出ていないですし、雪も降っていますよ」

「聞こえていたのか! とんだフェイントなのだ!」

「伝わっていますから、ね? 私もあなたと同じ気持ちですから」

「あ、あわわわわわわわわっ!」


 これは――どこかの世界の、いつかの時代の出来事。


 彼らはどこかの学園の、ある部活動組織に所属するメンバーである。問題解決部を名乗るこの組織では、街や学園で生活を送る人々の、小さなものから大きなものまでありとあらゆる問題を解決する活動を行っている。部長である大和的当を筆頭に、構成されているこの組織を、四季市の住民たちは《アンサーズ》と呼んでいた。


「だ、大丈夫ですかポアロくん! いくら雪が積もり始めているからって、そんな風に地面を転がっては! ポアロくん! しっかりしてください! 顔面が崩壊しています! 照れ過ぎです! こちらまで恥ずかしくなるじゃないですか! ポアロくん!」


 世界は答えでできている。しかし、正解は存在しない。


 だから、探偵が殺神姫に恋をすることがあっても、良いのだろう。


 それが彼ら彼女らにとっての、聖解だというのなら。


「ポアロくん! しっかりしてくださいってば!」

「うへっへーへっ!」


 想像せよ、聖解の創造を。ああ、クリスマスは――救われた。

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