#43 物みたいに言うな

 次の日、砂雄は読神神社へ向かった。今度こそ彼女と再会するためだ。


「いい加減、諦めたらどうでござるか」


 再びデカメロンからの襲撃を受け、傷だらけになる砂雄。


「毎回、毎回、どうして君はここまで酷いことをするのさ!」

「これが任務だからでござる。そういうお前は毎回、毎回、どうしてこの神社にやってくる? ストーカーか何かでござるか?」

「ふーんだ! 君みたいなメロン頭の変質者に言われたくないね!」

「貴様……」


 デカメロンがクナイを顕現させ、構える。どうやら逆鱗げきりんに触れてしまったらしい。


「警告だけで済ませたかったが、こうなっては仕方がない。貴様には消えてもらう」


 ウイルスがクナイに集中する。想造力学の根源である、アナムネーシス・ウイルスだ。


 次の瞬間、デカメロンが砂雄に斬りかかった。


「メロン、ファイナ――」

「危な――」


 砂雄はそれを避けようとするが――避けられない。速さが違う。こちらが遅いのではなく、あちらが速すぎるのだ。


 せめて、もう一度だけ――しょこちゃんに会いたかったな――砂雄が思った時であった。


「え――」


 足下に穴が開く。当然、足場を失った砂雄は穴の中に落ちていく。


「うわああああああああぁぁぁぁぁぁ!」



     †



 気が付くと、砂雄はどこかの建物の中にいた。


「ここ、どこだろう……」


 しばらくこの建物を散策する砂雄。どうやら神社内にいるようだ。


「うん……?」


 神社なのに、何故か図書室があった。


「あ……」


 その中をそっと覗くと、そこには書子の姿があった。今は本を読んでいるらしい。


「あら、可愛い侵入者さんね~」

「ひぇあっ!」


 突然後ろから声を掛けられ、振り返る砂雄。そこには巫女服を着た女性が立っていた。


「だ、だ、誰さ!」

「それはこっちが言いたいわ~」

「ぼ、僕は兎耳砂雄だよ!」

「正直に名前を教えてくれるの~? 素直な子ね~」


 女性が砂雄の頭を撫でてくる。


「あぅ……」


「私は読神都処としょ。この神社の巫女を務めているの~」


 都処は砂雄の頭から手を離すと、にっこり笑った。


「あなたね。メロン君が言っていた侵入者は~」

「僕はしょこちゃんに会いに来ただけだよ!」

「勝手に人の家に入るのは、犯罪なのよ~」

「あ、そっか……」

「まあ、いいわ。あの子に何か用~?」

「僕はしょこちゃんと話をしたい!」

「【禁書庫アーカイブ】に可愛い名前を付けてくれてありがとう~」

「誤魔化さないでよ! いろいろ誤魔化す大人は悪い人だって、母さん言ってた!」

「あらあら……」


 都処は困った顔をすると、砂雄に言った。


「ごめんなさいね、【禁書庫アーカイブ】を外に出すわけにはいかないのよ~」

「どういうことさ!」

「あの子はあなたと同じような人間じゃないの~」

「だから、どういうことさ!」

「あの子と私の娘が完全に同調すると、世界のバランスが崩れてしまうかもしれない。それだけじゃない、あの子が授けてくれる知識は人間の手には負えない――」

「ど、ど、どういうことさ?」

「わかりやすく言うと、あの子は図書館なの。図書館の禁書庫なのよ」

「ますます意味がわからないよ!」

「だからね――」


 都処が話を続けようとした時、図書室の扉が開いた。


「私は、ただの人間じゃない。身体に本棚を埋め込まれた禁書庫なのよ」


 扉が開き、書子が出てくる。


「え――」


 砂雄は彼女と会えた嬉しさよりも、彼女が言った言葉の方に衝撃を受け、混乱する。


「あなたは、聖解って知っている?」

「し、知らないよ」

「聖解は人類の理を遥かに凌駕する。悪用されないためにも、厳重な管理が必要。だから読神の【司書姫ライブラリアン】には専属の【禁書庫アーカイブ】が必要不可欠なの」

「しょこちゃんはそんな危なそうなものを持っていて平気なの?」

「平気よ」

「嘘だ! そんなものを押し付けられて、神社から出られないなんておかしいよ!」

「それは仕方ないよ~。【禁書庫アーカイブ】の存在は秘密にしなければならないからね~」

「都処さんは黙っていてよ!」

「はあい。最近の男の子は元気ねえ~」

「しょこちゃん!」

「何よ」

「四季市は広いよ! 日本はそれよりも広くて、世界はもっと広い!」

「それより広いのは?」

「え? う、宇宙とか……? とにかく外は広いからさ、一緒に見に行こうよ!」

「私は全部知っているから。本に書いてあるから」


 そんなことを言う彼女に砂雄は負けないように言葉をつむぐ。


「君はカブトムシを知っているかい?」

「え?」

「カブトムシを知っているかと聞いているのさ!」

「当然知っているわ。カブトムシ……昆虫の一種で甲虫目こうちゅうもくカブトムシ亜目あもく――」

「へえ、そうなんだ――って、そうじゃなくて!」

「だから、何よ」

「じゃあカブトムシのニオイは知っている?」

「ニオイ? 知るわけが――」

「ほら、君にだって知らないことがあるでしょ?」

「あ――」

「君は気にならないの? カブトムシはどんなニオイがするのか、ノコギリクワガタに挟まれたら本当に痛いのか、君は気にならないのかい!」


 彼女が初めて砂雄と会った時――砂雄と話した時、笑ってくれた――それは彼にとっては何気ない話だったのかもしれない。しかし、彼女にとっては初めて触れる外の世界の話であったのだ。


 彼女にはもっと笑って欲しい。世界を知るのではなく、世界を見てもらいたい――砂雄は続ける。


「ヘラクレスオオカブトとヘラクレスリッキーブルー、ヘラクレスオキシデンタリスの感触の違いを君は知らないはずだ!」

「知るわけがないでしょう」

「僕だって知らないよ! だから世界は面白いんじゃないか!」


 砂雄は手を伸ばす。彼女に向かって手を伸ばす。


「世界は知るものではなく、見るものだよ!」


 だが――その手を、その腕を掴んだのは彼女の手ではなかった。


「やっと捕まえたでござる」


 デカメロンが、追いかけてきたのだ。砂雄の腕を掴んだのは彼だ。


「二度と彼女に近づけないように、痛めつけてやる」


「君も君だよ! たぶん都処さんの命令だと思うけど、しょこちゃんの気持ちを考えていないのはおかしい!」

「彼女は【禁書庫アーカイブ】。扱いを間違えれば災いが起こる」

「しょこちゃんを――」


 再び足下に穴が開く。


「な――」

「しょこちゃんを、物みたいに言うな!」

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