15.冗談にもならないな

 リヴィオの魔法アルテが一人と一人をつないで、レナートに、ガレアッツオの記憶を見せた。


 母親のオフィーリアは、くずれる船の中で死にひんした妹のプリシッラに寄りい、ガレアッツオを叱咤しったして、レナートを連れ出させた。


 自分達は海になる。悲しむ必要はない。ヴェルナスタ共和国が海と共にる限り、自分達も二人と共にる。それが最後の意思だった。


「子供から見ても、浮世離うきよばなれしたお嬢さま気質きしつだと思ってたけど……ぎわまでそんな綺麗事きれいごとを言われたら、お手上げだよ」


 レナートは、部屋で一人、苦笑した。


 ガレアッツオも、レナートと同じだった。家族をくした悲しさから目を背けるように、主宰ドージェの責務に自分を縛りつけていた。そうしなければ立っていられなかったと、レナートに告白した。


 生き残った男二人の方が、よっぽど湿しめっぽかったのだ。母と妹が海と一緒になって見守ってくれていたのなら、ずいぶん恥ずかしいところをさらしたものだった。


 窓から夕陽ゆうひが差し込んでいる。あの後、リヴィオもアーリーヤも言葉が少なかった。ガレアッツオも戻らず、なんとなく、みんな一人になった。


 今頃、レナートのように、考えを整理しようとしているだろう。それも、長くはかからないはずだった。


 深刻ぶってあれこれ空想しても、結局は仮説だ。確定情報がない。


 アーリーヤは一度、もう明言している。わかってても、わかってなくても、やることは変わらない、国と家族を取り戻す。この行動指針は、現状、かなり正解に近いだろう。


 アーリーヤの父王ちちおう兄王子あにおうじなら、もう少しましな情報を持っている可能性が高い。そしてロセリア連邦陸軍、特殊情報部コミンテルンの二人、ザハールとルカは、エングロッザ王国に現存している五つの天星てんせい魔法アルテ結晶単子けっしょうたんし奪取だっしゅするのが目的と考えて、大きく間違っていないはずだ。


 もし、五つの天星てんせいがすべて奪われ、ロセリア連邦の魔法士アルティスタが増強されて、これまで大きな謎だった結晶単子けっしょうたんしの生産方法まで獲得かくとくされたら、アーリーヤだけを亡命者として保護しても、ほんの一時しのぎにしかならない。


 執拗しつように狙われ続けるだろうし、その未来では、魔法アルテの世界大戦とでも言うべき暗闘あんとうに、ロセリア連邦の一人勝ちが確定している。


 今ここで、戦うしかない。


 そこまで考えて、レナートはまた、苦笑した。水上都市ヴェルナスタでは、十七歳のただの学生だったはずが、いつからこんなことになったのか。


運命を変える女難ファム・ファタル、か。冗談にもならないな」


 出会った直後のアーリーヤは、ちょっと振り回されるような感じが、妹のプリシッラに似ていた。今の姿は、母親のオフィーリアに少し近づいている。笑うしかなかった。


 レナートは、手元の拳銃に目を落とした。


 六連発の弾倉だんそうが降り出し式の、無骨ぶこつな回転式拳銃だ。軍用の自動式拳銃とくらべれば装弾数は少ないが、構造が単純で整備がしやすく、本体も弾丸も使用に無理がく。今は、本当に無理をかせて、銃身の下に小銃用の銃剣を取りつけていた。


 余計な重さを追加したことで、抜きにくく、構えづらく、射線を安定させることも難しくなっている。使い所の違う道具を、わざわざ組み合わせるくらいなら、個別に持った方が機能的だ。


 それでも、まあ、レナートは銃も剣も素人しろうとだ。どうせ数をつしかない下手へたなら、でたらめな魔法アルテを相手に、せめて使い所のつなぎを減らしたかった。


 公館の備品管理室で、同じ改造拳銃を二つ、そろえてもらった。両腰にり下げれば、それこそ冗談のような、アルティカ大陸の開拓時代かいたくじだいの、保安官か無法者だ。


「仕方ないさ。誰かの命を使いつぶすなんて……もう、まっぴらだ」


 ひとごとにしてしまってから、レナートは自分に苛立いらだった。


 母親と妹の命を使いつぶして、自分と父親が生きのびたとは、思いたくない。後悔の肩代かたがわりを、アーリーヤでしようとも思っていない。そのはずだ。


 舌打ちをこらえ切れなくなる直前、部屋の扉が開かれた。扉を叩くそぶりもない無遠慮は、見なくてもわかる。


「そろそろ、頭の中が面倒くさくなってる頃かと思ってさ」


「そっちは、考えるのも面倒になったって感じだね」


 リヴィオが肩をすくめて、手に持っていた小箱を、レナートに渡した。


「その銃の弾丸たま。グリゼルダと相談してさ、ちょっと魔法アルテを仕掛けてみた」


「え……? ごめん、正直、暴発がすごく怖いんだけど」


「大丈夫だって! いや、多分!」


 心もとない太鼓判たいこばんで、リヴィオが笑う。


「なんか、悪かったな。魔法士アルティスタのごたごたに、巻き込んだみたいになっちゃってさ」


「そんな見方があるんだ? ぼくの主観しゅかんだと、最初から今までずっと、ぼくがリヴィオをごたごたに巻き込んでるがわだよ」


「そうか? でも、主宰ドージェの海外領土視察の護衛も、元は俺一人の仕事だったはずだし……おまえと親父さんを仲直りさせる、良い機会に思ったんだけどなあ」


「そういう腹づもりは、本人を前にして言わないよ、普通」


 レナートも、リヴィオの真似まねをして、肩をすくめた。


 この友人は、わかりやすい。そのくせ、他人の複雑なところをわかっていないまま、まん中を突いてくる。レナートは受け取った小箱から銃弾を取り出して、弾倉だんそうに一つずつ、装填そうてんした。


「まあ、気にしないでよ。ぼくはぼくで、やりたいようにやってきたし、これから先もやるつもりなんだし、さ」


「それな。おまえも<赤い頭テスタロッサ>のやり方に、馴染なじんできたよなあ」


「勝手に特務局とくむきょくをまとめちゃって良いの? 他の人は、もうちょっと、周りのことを考えてる気がするけど」


 茶化しながら、照れ隠しを混ぜた視線をわし合う。


 リヴィオの言った通り、面倒くさくなっていた頭の中が、単純に整理できた。わかることは少なく、やるべきことは困難でも、選択肢は多くない。片足を突っ込んだからには、両足とも突っ込んで進むか、ひっくり返るか、どちらかしかないのだ。


 レナートは、言葉にしなくても、リヴィオに感謝した。二つの拳銃に合わせて十二発、魔法アルテの銃弾を装填そうてんし終わっていた。

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