48.どんなことをしても守るよ

 アーリーヤが見つめている海は南側で、その先は、南方極点なんぽうきょくてんがある凍結大陸とうけつたいりくだった。


 ヴェルナスタ共和国は、フラガナ大陸の西岸に沿って北上し、オルレア大陸の西岸から内海に入った先にある。ここから見れば、北の大断崖だいだんがい大密林だいみつりん、アーリーヤの故郷のエングロッザ王国の、そのまた向こうだ。


 だが、アーリーヤの言っているのは、もっと情緒的じょうちょてきなことだろう。レナートとリヴィオが、顔を見合わせて、苦笑した。


 二人ともヴェルナスタ共和国、特務局<赤い頭テスタロッサ>の、赤い縁取ふちどりの紺色官服こんいろかんふくに戻っている。レナートの銀髪と、リヴィオの亜麻色あまいろの髪が、そろって潮風しおかぜになぶられた。


「なあ、レナート。それで結局、ロセリアやアルメキアとは、どうなったんだ? アーリーヤは大丈夫なのか?」


「まあ、多分ね」


 レナートは、また曖昧あいまい肯定こうていした。


「ザハールは抜け目がないよ。メルセデスさんだって鋭いし、もう気がついてるんじゃないかな。自分たちの都合で、勝手に動いてくれるさ。アーリーヤは……しばらくは、安心だよ」


 創造そうぞう御子みこ宿やどす<創世の聖剣ウィルギニタス>、魔法アルテ原型器げんけいきから結晶単子けっしょうたんしを生成する情報は、エングロッザ王国からロセリア連邦へ流出した。


 流出した事実、流出した先がはっきりしているなら、手がかりもなしに失敗したら死んで終わりの人体実験をするより、流出した情報を追う方が確実だ。後は、アーリーヤという個人を、創造そうぞう御子みこである秘密から、どれだけ隔絶かくぜつさせられるか、だ。


大見得おおみえを切っちゃったからね。どんなことをしても守るよ。だからこれは、悪いけど、<赤い頭テスタロッサ>にも渡さない。必要な時が来たら、ぼくが使わせてもらう」


 レナートがふところから、魔法アルテ結晶単子けっしょうたんしを取り出した。


 小さな鉄錆色てつさびいろの、丸薬がんやくのような物体だ。きっと遠い昔の、創造そうぞう御子みこの命から生成されて、今またヒューネリクの命とおもいさえ吸い取って、超常ちょうじょう魔法アルテを静かにたくわえている。


 アーリーヤは秘法の天星てんせいを、ずっと五つと言っていた。時期か、状況か、運のどれかが悪かった創造そうぞう御子みこは、伝承でんしょうの儀式で結晶単子けっしょうたんしにされて、昔から流出しているということだ。


 もしかしたらエングロッザ王国の他にも、魔法アルテ原型器げんけいきをこの世に引っぱり出す、はた迷惑な創造神そうぞうしんっぽい血筋が、残っているかも知れない。魔法士アルティスタは、固有名詞が違うだけで、世界中にいるのだろう。


 アーリーヤの命は、アーリーヤのものだ。その意思は変わっていない。


 剣には剣の力が、必要になる時が、いつか来る。レナートは、重さを握りしめた。


「良いんじゃねえの? <赤い頭テスタロッサ>はいつだって人手不足だし、魔法士アルティスタなら給金きゅうきんだって、かなりもらえるしさ! 嫌な顔しそうなのは、息子が命がけの仕事させられる、主宰ドージェくらいか」


「願ったりかなったりだね」


 リヴィオの軽い調子に、いまだに反抗期な主宰ドージェの息子も、悪い顔をする。笑い合って、身体を伸ばして、ふと、リヴィオだけが深刻な表情になった。


「あ。ちょっと待てよ。おまえ、もうアーリーヤがいるじゃねえか」


「簡単な文脈で、すごいことを言うね。ええと……そうだけど」


魔法士アルティスタになったら、どうするんだよ? もし、おまえの魔法励起現象アルティファクタが、グリゼルダみたいな……ッツッッツッ!!!!」


 リヴィオが突然、頭を抱えてぶっ倒れる。甲板に強打した頭蓋ずがいを、文字通り尻にいて、神話の幻想みたいな金髪碧眼の美女が現れる。


「私みたいな、なんでしょう」


「ちょ……待っ……ッ! まじ……ッ!! あた……割れ……ッッ!!!」


 まともな声も出せないリヴィオの頭を、グリゼルダが、量感りょうかんのある腰の曲線で圧迫あっぱくする。ました顔で、鼻息が嬉しそうだ。


「うん。そういうのを見てると、心配にはなるよね」


 グリゼルダにぎろりとにらまれて、レナートが肩をすくめた。


 ちょうどアーリーヤが、いつの間にか舳先へさきの方に行っていて、はしゃいだ声でレナートを呼んだ。レナートは、見方によってはむつまじく見えないこともないリヴィオとグリゼルダを、放置した。


 声の呼ぶ方へ歩く。舳先へさきの向く、西の大海たいかいの明るいあおを背負って、アーリーヤが両腕を広げていた。


「レナートさま! ほら、あそこに……すっごく大きな魚が見えましたの! なんか、噴水ふんすいみたいな、ほら! レナートさま、ほら!」


「ああ、あれはくじらかな。港から見られるなんて、珍しいね」


美味おいしいんですのっ?」


美味おいしいよ」


 料理を知っているだけで、食べたことはないけれど、野鼠のねずみよりは美味おいしいだろう。レナートはアーリーヤの満面の期待に、水を差さなかった。


 アーリーヤは、また少し背が高くなっていた。追い越されてはいない、と思う。


 快活かいかつな大きく丸い目に、鼻筋が通り、血色の良いくちびるがふっくらしている。黒檀こくたんの肌に、あざやかな色彩の一枚織いちまいおりを重ねた民族衣装をまとって、胸も腰もやわらかく張っていた。手足もすらりと伸びて、丁寧ていねいくしを入れた金茶色の巻き毛が、膝裏ひざうらまで長く、豊かに輝いていた。


 とても綺麗きれいだ。だが、実年齢の十五歳からは、七、八歳は成長して見える。


 レナートの推定は外れなかった。<創世の聖剣ウィルギニタス>からの生命せいめい消耗しょうもうは、発動させた力を思えば、充分に制限できた。


 それでも、これ以上は、使わせたくない。


 命は、生きるためのものだ。幸せに生きて欲しい、それはレナートのおもいでもあった。


 どんなことをしても守る、なんて決意の形は、ヒューネリクに似ていて愉快じゃないが、まあ、アーリーヤの兄をあまり邪険には考えないでおく。


 リヴィオが言った通りだ。


 アーリーヤがいる。守るものは、もう決まっている。


 そのためなら、魔法アルテも、魔法士アルティスタの自分も、自分の魔法励起現象アルティファクタも、使いこなして見せる。


 レナートはアーリーヤの手を握って、はしゃいでいたアーリーヤがレナートを見つめ返してくるより早く、腕の中に抱きしめた。



〜 始まりの大地と終末の都市 Initium Terra et Finis Urbs 完 〜

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始まりの大地と終末の都市 Initium Terra et Finis Urbs 司之々 @shi-nono

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