31.なんとなくわかったよ

 レナートを見据みすえるヒューネリクの、翡翠色ひすいいろの瞳に、何条もの光の線が明滅した。無機質な深淵しんえんを思わせる光だ。


「それに、エングロッザの創造神話の迷惑なところでさ。国王の結婚相手は、同じ王族の中から決められるんだ。ぼくの場合はアーリーヤだった。ひどいと思わない? いや、アーリーヤがどうってわけじゃなくて、兄妹だよ?」


 自身の魔法励起現象アルティファクタと同じ、人の形の面貌めんぼうがおどけている。そんな状態に見えるヒューネリクから、レナートは精一杯の虚勢きょせいで、視線を外さなかった。


「へえ……それも初耳だね」


「レ、レナートさま! あの、ええと……こ、こういうことをお話する場合では、ないかも知れませんが! わたくしとしましては、レナートさまとの出逢であいを、運命の……」


「うん。本当にそんな場合じゃないよ。後にして」


 急に、いつもの調子で会話を散らかしたアーリーヤを、とりあえず置く。アーリーヤが、もちみたいにむくれた。


「お兄さまも、レナートさまも、わたくしの扱いが雑ですの……」


「ごめんね、アーリーヤ。とにかくさ、レナートくんにも妹がいるって想像してもらって、その妹を自分の犠牲にするのって、やりにくいよね? お父さんなら、喧嘩けんかが盛り上がって、殺してやろう、なんてのもある感じじゃない? 比較的に、さ」


「……っ!」


「あー、まあ、途中のごちゃごちゃは置いといてさ。王さまが魔法アルテで、おっさんたちをやり込めてるっぽいのは、なんとなくわかったよ」


 立ち上がりかけたレナートの、服のすそを、リヴィオがつかんでいた。グリゼルダが背中にって、すぐにでも魔法励起現象アルティファクタを展開できるよう、碧眼へきがんに光を宿す。


 そのまま、リヴィオはゆっくりと、ザハール、ルカに顔を向けた。


「で、ここからどうすんだ? なんか近代化も充分してるみたいだし、おっさんたちも俺たちも用なしで解散、めでたしめでたしってこと?」


「リヴィオくん、だよね。痛いところを突いてくるなあ。今まで通り引きこもるなら、それでも良いんだけど、国際社会に出て行くなら体制や法律をちゃんとしなくちゃいけなくて。ロセリアや東フラガナの支援は、やっぱり欲しいんだ。街をいじってるのは、ぼくの趣味みたいなものだよ」


 ヒューネリクの瞳が、光の線を消した。


「水も食べ物も充分で、地下の熱や燃料から電気を作って、電気で動く機械と魔法アルテ召使めしつかいがなんでもやってくれる、人が自由に楽しむだけで生きられる楽園都市……神話っぽいよね?」


 面貌めんぼうの影たちが、ぎこちなく一礼する。作品を自慢する子供のように、ヒューネリクが胸を張った。


「共産主義で国を作り直すなら、王族も普通の人に格下げ、ぼくが最後の王さまなんだ。エングロッザの王族は、創造神の末裔まつえいって触れ込みだからさ。御先祖さまみんなうそつきって言われないように、神話の最後に戻ってくる創造神っぽいことをやってみたんだよ」


「女の子を一人減らして厄介やっかいな世界にしてくれた、あの神さまか……」


「それを言われると恥ずかしいなあ。本当、ごめんね」


 リヴィオの身もふたもない言いぐさに、ヒューネリクが今度は、ばつが悪そうに頭をかく。苦笑しながら、豆類まめるい香辛料こうしんりょうで煮込まれた骨つき羊肉を一つ、つまみ上げた。


「おわびってわけじゃないけど、せっかく招待したんだし、みんな、好きなだけ楽園を楽しんで欲しいな。ぼくの魔法励起現象アルティファクタは街中にいて、誰にでもこき使えるし、料理もお酒も無料でくばってる。街の人たち、毎日がお祭りみたいに喜んでくれてるよ」


 豊かな食料、手間暇てまひまを代理してくれる存在、それらを誇示こじするように羊肉の骨をゆらす。また光の線を走らせた翡翠ひすいの瞳が、レナートを見て、アーリーヤを見た。


「だからヴェルナスタに帰る時は、邪魔なアーリーヤを連れて行ってよ。ぼくは、アーリーヤも君たちも……できれば、殺したくないんだ。おとなしく言うことを、聞いて欲しいな」


 ヒューネリクが、笑みを浮かべた。


 レナートも、ましてアーリーヤも、無言だった。伝播でんぱんする無言の中で一人だけ、ルカが鼻を鳴らして、また不平不満を飲み込むように、水牛と野菜の蜂蜜酒煮込はちみつしゅにこみの深皿をあおった。



********************



 ヒューネリクが居所きょしょを移しているので、今は実質的に、この塔が王宮になっている。レナートたちは晩餐会ばんさんかいの後、上層階の、王都ジンバフィルの光と淡水湖を大きな硝子窓がらすまどから見下ろす、瀟洒しょうしゃな客室に通された。


 面貌めんぼうの影たちも見張るようではなく、一人一人を個室に案内して、すぐにいなくなる。ある意味でエングロッザ王国、ロセリア連邦、ヴェルナスタ共和国、東フラガナ人民共和国、四ヶ国の戦略方針会議となった場で共有された情報に、それぞれがそれぞれに、呆然ぼうぜん憮然ぶぜんをない混ぜにしていた。


 大密林だいみつりんの夜に、ぽつんと浮かんだ幻想郷げんそうきょうの明かりは、どこかはかな泡沫うたかたのようだった。


 翌朝、リヴィオの客室に行こうとして開けた扉の外に、相変わらずすずしい顔のザハールが立っていて、レナートは渋面じゅうめんになった。


「昨日の今日で始末しようって流れじゃ、なかったと思うけど」


「もちろんです。朝食と、昼食と、夕食のお誘いですよ」


「横着だね」


「アーリーヤ王女と、他の方々も、ルカが迎えに行っています。一日ゆっくりと、楽園都市を紹介しますよ」


接待係せったいがかりに使われているんだ? ヒューネリクも大概たいがいだな」


「誤解があります。これは真実の友人として、多忙を極める彼を、少しでもお手伝いして差し上げたいという誠意です」


「伝われば良いね。その誠意とやらが、さ」


 レナートは渋面じゅうめんのまま、ザハールの横を通り抜けた。


 塔内の階層移動は、箱型の自動昇降機じどうしょうこうきがあった。客室は回廊状かいろうじょうにつながっていて、外から見た塔の外径を元に推測すると、塔の中心部分に自動昇降機じどうしょうこうきの他にも多くの機械設備があるようだ。気がついてみれば、空気に雑多なにおいがなく、温湿度おんしつどもフラガナ大陸の真ん中とは思えないほど清涼せいりょうだった。


 ザハールが言った通り、塔の地上階、正面入り口の大広間に、ルカ、リヴィオ、ニジュカ、アーリーヤが待っていた。


 男連中は、そろいもそろって昨日までと同じ格好をしていたが、アーリーヤだけは最初に出会った時のような、あざやかな色彩の一枚織いちまいおりを重ねた民族衣装をまとって、長い金茶色の巻き毛も丁寧ていねいくしを入れていた。


 レナートもアーリーヤも、上手うまく目を合わせられなかった。なんとなく気まずく黙りながら、奇妙な六人の寄せ集めで、王都ジンバフィルの市街へ連れ立った。

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