30.どこがわかり難いんだ?

 ルカが、恐らく不平不満と一緒に、きものせもちを飲み込んだ、それが合図のようになった。


 ヒューネリクとザハール、レナートたちも、めいめいに取り皿へ料理をる。遠くの物は面貌めんぼうの影たちが、甲斐甲斐かいがいしく給仕した。一応、さじのような食器もあった。


 特に魔法士アルティスタは、魔法アルテで消耗した熱量を補充するために、なりふり構ってはいられない。半分以上はで、リヴィオが一通りをつまんで、香草茶こうそうちゃ硝子杯がらすはいごとレナートと入れ替える。グリゼルダは、なにも言わなかった。


 大皿料理だし、気にしすぎだと、レナートは内心で肩をすくめた。ニジュカは元より、リヴィオを上回る勢いで大食たいしょくしている。


 アーリーヤだけが、香草茶こうそうちゃ硝子杯がらすはいを両手で持ったまま、思いつめたような顔を上げた。


「あのっ! お兄さま……っ!」


 左隣の、ヒューネリクを見る。ヒューネリクに微笑ほほえみ返されて、アーリーヤの視線が、少し泳いだ。


「申しわけありません……なにがなんだか、わかりませんの……。お兄さまは……」


「大丈夫、順を追って話すよ。そのために、こうしてみんな、そろってもらったんだから。ああ、食べながらでかまわないからね」


 ヒューネリクが自分の言葉を実践して、葉物野菜はものやさいで包んだ燻製鶏肉くんせいとりにくを、くしからかじる。逆の手には、もう二枚貝の酒精蒸しゅせいむしを持っていた。


「ぼくは、まあ……よっぽど嫌われない限り次の国王になる立場だったんだけどね。国王になってからどうするか、って話になると、とにかく父上と意見が合わなくてさ。だいぶ前から、こっそり外国の情報や書物を調べてたんだけど……いやあ、科学とか、たくさんの国同士の世界大戦とか、びっくりすることばかりだったよ」


 食べるに、説明をつなげる。フラガナの作法さほうは、国王も大らかで、次々と手づかみで料理をたいらげていく。


大密林だいみつりんの中は、外から忘れられて、千年以上も昔に取り残された原始人の世界さ。創造神の神話とか、自然精霊の儀式とか、槍と弓矢の軍事力とか。白色人種が言う、未開の暗黒大陸そのものだよね。どうにも頭を抱えていたら、ザハールとルカの方から、会いに来てくれてさ」


 至極しごく、友好的なヒューネリクの紹介に、ルカが食べかけの山羊肉やぎにく壷焼つぼやきを放り出した。


「おまえのことなんか知るか! 俺たちは、白色人種の侵略者だ! 革命で頭をつぶして、共産主義で洗脳して、同志とか連合とか適当に植民地の看板を変えて、資源と労働力を搾取さくしゅしてふんぞり返るために来たんだよっ!」


「ルカ。ヴェルナスタと東フラガナの手前、ちゃんと本国の公式設定に沿った物言ものいいをしてください」


 ザハールがわに頬肉ほほにくをつつきながら、律儀りちぎたしなめる。リヴィオとレナートが、酒精蒸しゅせいむしの甲殻類こうかくるいと格闘しつつ、げんなりとした。


「いや、もう、面倒くさいからそれで良いけどさ……なあ?」


「わかりやすいね。全体としては、どんどんわかりにくくなってるけれど」


「そうか? 俺たち東フラガナだって、植民地から、独力で国造くにづくりできたわけじゃない。世界大戦のどさくさにまぎれて、ロセリアの支援を受けたから、共産主義国なのさ」


 ニジュカが割り込んで、落花生らっかせい根菜こんさいの汁物を飲み干した。


「利用したり、されたりの、場数を踏んでる。だから呼ばれもしないお節介せっかいで、先輩風を吹かしに来たのさ。どこがわかりにくいんだ?」


 アーリーヤ、レナートとリヴィオ、ザハールとルカ、ついでにグリゼルダまでが、視線をヒューネリクに刺した。一呼吸を遅れて、ニジュカも乗る。


 ヒューネリクはちょうど、淡水魚の山椒揚さんしょうあげを口に入れたところだった。


「あ、ぼくか。良い感じに戻ってきたね」


 咀嚼そしゃくで抜けたを、平然と取りつくろう。


「ぼくとしては、エングロッザ王国の近代化をしたいんだよ。せっかく世界大戦が終わっていても、今のまま国際社会に顔を出したら、珍しい動物みたいなものだしさ。ただ、ルカが言った通り、手ぶらでお金ください知識ください技術くださいじゃ、そりゃ好き勝手されるよね?」


「重ねて言いますが、設定は違います」


 真面目まじめなザハールを、他の全員が無視した。


「父上は天星てんせいの力で、侵略者と戦う気でいたんだけど、勝って平和になって、また密林に引きこもる、ってのも将来さきがないじゃない? だからぼくが、こうして交渉の後ろ盾に活用しながら、国際協力関係を建設しているって、そういうわけなんだよ」


 ヒューネリクが、得意げに両手を広げた。一人一人を、順に見る。


「父上を殺して、王位を簒奪さんだつして、秘宝を独り占めした。逆らってきたから、叔父上おじうえも殺した。こうなるだろうと思ってたから、アーリーヤが邪魔で、追い出したんだよ。さすがにぼくも、素直で元気なアーリーヤを、納得させる自信がなくてさ」


 最後に目を合わせられたアーリーヤが、あんまりと言えばあんまりなヒューネリクの説明に、呆然とする。香草茶こうそうちゃ硝子杯がらすはいは、中身が一口も減ることなしに、胸の前で両手に持たれたままだった。


「……お兄さま……その……」


 しぼり出すような言葉に、不機嫌を隠さない声がかぶさった。


「ものすごい文脈の飛躍ひやくだね。エングロッザ王国の人って、こういうものなのかな?」


 アーリーヤとヒューネリクが、レナートを見た。レナートはアーリーヤの代わりに、から硝子杯がらすはいをヒューネリクに突きつけた。


「父親と意見が合わなかったって? 少なくともこの晩餐会ばんさんかいの印象じゃ、まともに話をしているとも思えないな。アーリーヤだって……なんにも聞いていないじゃないか。それで、仕方がないから殺した? 邪魔で追い出した? 綺麗事きれいごとを言うわけじゃないけど、目標で途中経過を正当化するにも、限度があるよ」


「じゃあ、こういうのはどうかな? ぼく的には崇高すうこうで正しい目標のために、必要なら誰でも殺せるけど、男よりは女の方が、歳上としうえよりは歳下とししたの方が、やっぱり気が重くてね。父上や叔父上おじうえを殺すのは気が楽で、可愛い妹のアーリーヤは気が進まなかったんだ。もちろん、比較的に、だよ」


 ヒューネリクが初めて、からかうように目を細めた。

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