29.だいぶ間違えているね

 鉄杭てつくいの大蛇は、フラガナ大陸中央山脈の山肌に連なる王都ジンバフィルの北辺、城郭都市じょうかくとしでもっとも高くそびえる巨大建造物の頂上に降り立った。


 みがかれた大理石のような外壁の、灰白色かいはくしょくの塔だ。下層階の底面は広大な長方形、中間部に空中庭園がはいされて、上層階がやや細くなっている。展望台が造形された頂上広場で、男が一人、手を振っていた。


 背が高く、黒い肌に精悍せいかんな顔立ちをして、短い金茶色の髪が王冠おうかんのようだ。右の上半身を露出した、鮮やかな色彩の民族衣装に、ゆったりとした外套がいとうを巻きつけている。


 その笑顔を見て、アーリーヤが駆け寄り、抱きついた。


「お兄さま……! 御無事で……っ!」


「おや。なんだか見違えたね、アーリーヤ」


 ザハールと似たり寄ったりの感嘆かんたんで済ませて、ヒューネリクが、外見年齢の近づいた妹の頭をなでた。


「御安心くださいまし……アーリーヤが、お救いに上がりましたの!」


「うん、だいぶ間違えているね。とりあえず、そちらのお客さまも一緒に、晩餐ばんさんにしようか。今日もいろいろな物を作って、空腹なんだ。魔法アルテ魔法アルテで、大変だよね」


 落ち着いて、そして奇妙に陽気なヒューネリクの調子に、レナートとリヴィオ、ニジュカが顔を見合わせる。グリゼルダは、警戒の表情をあらわにしていた。


 全員が頂上広場に降りて、鉄杭てつくいの大蛇とチェチーリヤが消えた。嫌味いやみのように、大量の砂鉄が展望台に散乱した。ルカとザハールは、そ知らぬふりだ。


 アーリーヤが、ヒューネリクの胸から、顔を上げた。


「あの、お兄さま……お父さまや、他の方々は……」


 戸惑とまどいと不審ふしんが、少しずつ混ざった声に、ヒューネリクが軽いため息をつく。


「父上と叔父上おじうえは殺したよ。悲しかったけど、わかってもらえなかったから、仕方ないよね」


「え……?」


「他のみんなは、家でおとなしくさせてる。邪魔して欲しくなかったから、これも仕方ないんだ。でないと共産主義革命きょうさんしゅぎかくめいで、皆殺しにされちゃうかも知れなくてさ」


 すらすらと出てくる言葉に、そ知らぬふりを失敗して、ルカがわめいた。


「おい! 俺たちを悪党みたいに言うな! 今の時点で、人を殺したのはおまえと、おまえの指図さしずだけだぞ!」


「もちろんだよ。だから叔父上おじうえも、ぼくが殺した数に入れてるじゃないか。責任者って、つらいよね」


「お察しします、ヒューネリク。それはそれとして、実は私たちも、いろいろあって空腹です。晩餐会ばんさんかいの料理は、いつも以上に、期待させてもらいますよ」


「ありがとう。がんばってくれてるザハールとルカのために、また新しいロセリア料理に挑戦したんだ。喜んでくれると嬉しいなあ」


「新しいもくそもあるか! おまえの出してきた物がロセリア料理だったことなんか、一度もねえっ!」


 頭越あたまごしの、気安く飛び交う会話に、アーリーヤの声だけでなく表情にも、戸惑とまどいと不審ふしんが広がった。


 レナートとニジュカ、リヴィオとグリゼルダが、もう一度、顔を見合わせた。



********************



 晩餐会ばんさんかいは、色硝子いろがらすの装飾と電気照明で輝く大広間の柄織がらお絨毯じゅうたんに座ったフラガナ式で、床面を埋めるような数の料理がきょうされた。


 ヴェルナスタ共和国の海外領土、フラガナ大陸の南端なんたんの港町、インパネイラの公館でも出された、落花生らっかせい根菜こんさいの汁物、いもいたもちを始めとして、淡水魚たんすいぎょ山椒揚さんしょうあげ、骨つき羊肉ひつじにく豆類まめるい香辛料煮込こうしんりょうにこみ、燻製鶏肉くんせいとりにく葉物野菜はものやさいで包んだくしに、てのひらほどもある大きな二枚貝や甲殻類こうかくるい酒精蒸しゅせいむし、くだいた岩塩と香草こうそうをまぶしたわにの姿焼きなど、いろどりも匂いも豊かだった。


 変わった物では、水牛すいぎゅうと野菜を蜂蜜酒はちみつしゅ煮込にこんだ深皿料理ふかざらりょうりや、山羊肉やぎにくを血と辛子からし乳脂にゅうしけ込んだ壺焼つぼやき、とりきもいてのせたもちなんかが、なぜかルカの前に集中的に並んでいた。


 給仕きゅうじをしているのは、人間ではなく、輪郭りんかくのないうろのような、黒から灰色に明滅めいめつする影たちだった。どれも小柄こがらで、かおだけに、女性のような陶器とうきの仮面をつけている。


 リヴィオの後ろでグリゼルダが、厳しい視線をくばっていた。五つの天星てんせいをすべて吸収したというヒューネリクの、魔法励起現象アルティファクタなのだろう。なんらかの材料をともなった、実体でもあるようだ。


 無言で、気味きみの良くない感じはあるが、王都の変貌へんぼうぶりからすれば今さら構ってもいられない。よく冷えた香草茶こうそうちゃを、硝子杯がらすはいにそそぐ影を横目に、レナートは開き直った。


 ヒューネリクが大広間の奥側、向かって右にザハール、ルカと並んで、リヴィオ、レナート、ニジュカの順、そしてアーリーヤがヒューネリクの左に戻って、大きく円になっている。レナートはヒューネリクと、ほとんど正面に向かい合っていた。


「それじゃあ、改めまして。ぼくがエングロッザ王国の現国王、ヒューネリクです。妹のアーリーヤがお世話になってしまって、お礼を言います。ありがとう! ザハールとルカからも、聞いているよ。君がヴェルナスタ共和国の……」


 挨拶あいさつもそこそこのヒューネリクに、レナートが居住いずまいを正す。


「ガレアッツオ=フォスカリ主宰ドージェ特使とくしで、レナート=フォスカリです。こちらはリヴィオ=ヴィオラート、特務局<赤い頭テスタロッサ>の魔法士アルティスタです。こちらが、東フラガナ人民共和国のニジュカ=シンガ……ええと……」


「肩書きはないぞ。あるかも知れないけど、覚えてないからな。まあ、お使いだ」


 ニジュカの言いように、ヒューネリクも愉快そうに笑った。


「光栄だなあ。東フラガナ人民共和国と言えば、世界大戦の最中に植民地から独立した、ぼくたち黒色人種の希望の星だよ!」


「こっちこそ、人類最古の王国に招かれて光栄だ。存続を知っていたら、もっと早く声をかけていたよ」


「いやあ、せいぜいこの淡水湖のまわりと、大密林だいみつりんの中に点在していた部族の、寄せ集めだよ。さすがの白色人種も、なかなか、ここまでは探検に来なかったね」


 探検に来た、さすがの白色人種のザハールが口をはさむ。


「この辺は高温多雨こうおんたうの気候ですが、気流が山脈部で急激に冷却されて、安定しません。大密林だいみつりん地磁気ちじきも乱れていて、航空機や測量機器の運用が難しいのですよ」


「それでおっさんたち、魔法士アルティスタがうろついてたわけか。御苦労なもんだなあ」


「まったくだ! さっさと仕事を片づけて、文明社会に帰りたいぜ!」


 リヴィオとルカが、奇妙に同調する。ヒューネリクがルカ、リヴィオ、そしてリヴィオの後ろのグリゼルダを、順に見た。グリゼルダににらみ返されて、おどけるように肩をすくめて、また視線をルカに戻す。


「こんなにお持て成ししてるのに、ルカは冷たいなあ。ぼくたち、友達だよね?」


「ちが……ッ」


「もちろんです、ヒューネリク。ロセリア連邦はエングロッザ王国の友邦ゆうほうとして、私たちはあなたの真実の友人として、これからも誠意と協力を惜しみませんよ」


 ルカの口にきものせもちを押し込んで、ザハールが滔々とうとうと、友好関係を強調した。

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