28.相応の動きに出るよ

 ザハールはすずしい顔のままだ。レナートが声のとげを、視線にも込める。


「ヴェルナスタ共和国は、アーリーヤ王女の亡命を受け入れている。彼女の身になにかあれば、本国も、同盟の東フラガナ人民共和国も、相応そうおうの動きに出るよ」


「おっと。上手うまいこと余所よそを利用するなあ。おまえ、性質たちの良くない大人になるぜ」


 三人で車座くるまざになっていた残りのニジュカが、空気を読まずに笑った。


 茶褐色ちゃかっしょくの髪が、短い芝生しばふのようにはねている。アーリーヤやヴェルナスタ組とおそろいの、やはり濃緑色のうりょくしょく旅装りょそうからあちこちはみ出た黒い肌が、柔軟そうな筋肉で盛り上がっていた。


「……められていますね?」


「もちろん、めてるぞ」


 レナートは、なかなかの努力をして、気を取り直した。


「あんたたちロセリア連邦のねらいは、予想ができてる。エングロッザ王国の秘宝の天星てんせい魔法アルテ結晶端子けっしょうたんしの横取りだろう」


「より本質的には、エングロッザ王国に伝承される、結晶単子けっしょうたんしを生み出す方法の獲得かくとくですよ」


 ザハールが変わらずすずしい顔で、レナートがせた部分を、丁寧ていねいに明かす。


「伝承されている、ともくされる、が正しいですね。あまり情報精度が高いとは思っていません。まあ、結晶単子けっしょうたんしが拾えるならちょっかい出してみよう、程度です」


「<創世の聖剣ウィルギニタス>も創造そうぞう御子みこも、ザハール、あんたが口走った単語だよ。だいぶ、確信を持って追いかけてるね。軍事大国ロセリアが、たかが五個の結晶単子けっしょうたんしを拾いにフラガナ大陸まで足を伸ばすだなんて、せこいうそつくじゃないか」


「おっしゃる通りです。我がロセリア連邦、特殊情報部コミンテルンは豊富な魔法士アルティスタようしており、たかが五個の増える増えないは、さして重要ではありません」


 悪びれないザハールに、レナートも、むしろ冷静になってきた。好悪こうおは完全に別として、思考方法と探り合いの呼吸が、似ているのだ。


 ザハールが、芝居しばいがかった調子で両手を広げた。


「ですから、アーリーヤ王女を使って生み出される、たかが一個の結晶単子けっしょうたんしも、それ自体はさして重要ではありません。生成する方法、情報の独占こそが目的で、そこに交渉の余地があるのです」


「ヒューネリク国王は、フェルネラント皇国こうこくの工作員を使って、アーリーヤを逃がした。あんたたちの言うことをに受けるほど、お人好しじゃないみたいだね」


 鼻を鳴らして、レナートが笑う。


「だから、この招待は辻褄つじつまが合わない。ヒューネリク国王は、悪党のあんたたちにもう殺されてるか、脅迫きょうはくされて言いなりか……でなければ、悪党のあんたたちも振り回す悪党以上か、どっちかな」


「同じ理解に到達する瞬間は、とても喜ばしいものですね! まさに後者です。その辺の解読と、相互理解のはしになってくれることを、あなた方に期待してお迎えに上がった、と、こういうわけですよ」


「前者を否定する、なんの根拠こんきょもなしに言われてもね」


 お互いに視線で牽制けんせいしながら、会話を打ち切った。


 ザハールは言葉を並べて、自分たちの立場を説明した。正直に、でないのは当然だが、うそなら意味のあるうそか、隠すところを隠しているか、だ。


 少なくとも受け取った情報に、それらを考える程度の価値はある。レナートは一息ついて、忘れていた方向を見た。


「ついて来てますか、ニジュカさん?」


「任せとけ」


 ニジュカが親指を立てる。レナートも、まあ、れてきた。



********************



 しばらく無言で、大密林だいみつりんの上を飛行した。


 鉄杭てつくいの大蛇の落とす影が、長く伸びて消えかかる頃合いだった。向かう先の強い光に、まずリヴィオが気がついた。


「グリゼルダ……なにかな、あれ……?」


 リヴィオの脳で、魔法アルテ結晶端子けっしょうたんしから増殖、拡散同化した素子そしとでも言うべきグリゼルダの本質が、視覚信号と、魔法アルテ共振きょうしんを解析する。魔法士アルティスタと相方向の交感こうかんを、感覚神経でかいする魔法励起現象アルティファクタとしてのグリゼルダが、表情をけわしくした。


「光そのものは電気による明かりですが、発電や誘導の機構に、魔法アルテを使用しているようですね……背景にある山麓さんろくの地下、手前の淡水湖の中、城郭都市じょうかくとしの至るところに、膨大ぼうだい魔法アルテが感じられます」


 大蛇の頭の最前にいるルカ、背中合わせのチェチーリヤも、同じ表情になる。


「また派手になってるな」


「御主人さま……私は、あれ……嫌いです……」


 大密林だいみつりん樹冠じゅかんから屹立きつりつして見える、フラガナ大陸中央山脈のふもとに、石造りの城郭都市じょうかくとしが輝いていた。


 いや、古びた石造りの街から幾重いくえもの高層建築物がそびえ立ち、城郭都市じょうかくとしそのものが小山こやまのようになっていた。


 宵闇よいやみり始めた薄暗がりの下、すべての建築物が電気の明かりを煌々こうこうと発して、巨大な淡水湖に映り込んで、一足早い星空のようだった。


 その、星空の幻想郷げんそうきょうに近づいて行く鉄杭てつくいの大蛇の頭部に、レナートとニジュカ、アーリーヤまでが、驚愕きょうがくの顔をそろえた。


「すごいな……鉄骨や鉄筋、混練石灰こんねりせっかいの複合建築に、舗装路ほそうろだ……! 立体配置の水道管に導電線、動いているのは、もしかして路面電車……? 列強諸国の政務首都せいむしゅとだって、ここまで近代化してないよ……!」


「驚いたなあ。俺たちの国もがんばってるけど、段違いだ……こんな大密林だいみつりんの奥地で、どうやってんだ?」


「さ、さあ……わたくしにも、なにがなにやら、皆目かいもく……?」


「ヒューネリク国王です。彼は自身の知識と力で、この地に、列強諸国のどこにも劣らない科学機構と豊富な資源活用による、楽園都市を創造そうぞうしようとしています」


 ザハールは一人だけ、砂鉄の翼の根元で座ったままだった。


「言い忘れていましたが、ヒューネリク国王は現在、五つの天星てんせいをすべて吸収し、魔法士アルティスタ超越ちょうえつした、なかなか想像のつかない存在となっています」


「……言い忘れるようなことかな、それ?」


「私たちの間抜まぬけさを告白するのも同然なので、できるだけ隠しておきたいという心理が働きました」


 レナートの非難がましい声に、ザハールが、このに及んだすずしい顔で、しゃあしゃあと答えた。

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