27.困っておりますの

 夕陽ゆうひに照らされる大密林だいみつりんの上空を、砂鉄の翼を広げて、鉄杭てつくいの大蛇が飛行する。針路は、夕陽ゆうひを左斜め前に見る北西だ。


 大蛇の頭部に、ルカとチェチーリヤ、リヴィオとグリゼルダ、アーリーヤが座っていた。ルカだけが前方を向いて、背中合わせのチェチーリヤから、他の面々は車座くるまざだ。


 そして砂鉄の翼がゆるやかに羽ばたく根元辺りで、レナート、ザハール、ニジュカが、やはり車座くるまざになっていた。


 離れているレナートの、難しい顔をちらりと見て、アーリーヤが嘆息たんそくした。


率直そっちょくに申し上げまして、困っておりますの」


 濃緑色のうりょくしょく旅装りょそうの、背中が丸くなる。一本に太く束ねた、長い金茶色の巻き毛を、両手でもてあそぶ。つやのある黒い肌の、二十歳ほどに見える美貌びぼうが、子供のようにねてくちびるをとがらせた。


 同じ濃緑色のうりょくしょく旅装りょそうで、隣に座るリヴィオが、のんきな顔で亜麻色あまいろの髪をかき混ぜた。


「一発、ひっぱたいたじゃんか。喧嘩けんかなんて、あれで終わりじゃねえの?」


「わたくしもそんな感じなのですが、レナートさまの雰囲気が、どうにも……」


「あいつ、面倒くさいところあるからなあ。放っといても、大丈夫だと思うけど」


 リヴィオの迂闊うかつな言葉に、リヴィオの肩にのしかかっている魔法励起現象アルティファクタのグリゼルダが、まゆを吊り上げた。


「リヴィオ。こと男女の間で、それはいけません。私なら許しませんよ」


 途端とたん、脳内の、腹腔痛覚神経ふくこうつうかくしんけいの受信部をしぼられて、リヴィオが転げ回った。


「あいたたたたっ! やめて! お腹やめて! どうしろって言うのさ?」


「愛は無限ですが、無償ではないと教えたでしょう。泉に水をそそぐのです。愛を語り、相手をたたえるのです。他にありません」


 金髪と純白の衣装を、神話の幻想みたいにまとわせた豊満な胸で、そっくり返る。ふん、と荒い鼻息に、リヴィオとアーリーヤが似たような困惑顔こんわくがおになる。


「今、それやるの……? 唐突とうとつすぎるよ。話がつながらないって」


「上級者向けですわ……」


 もののついでの八つ当たりで、リヴィオが視線を、ルカに流した。


「なあ、おっさん。大人だろ? なんか役に立つこと言えない?」


「おっさんじゃない!」


 将校服の肩をいからせて、ルカが大人げなく反撥はんぱつする。その舌の根も乾かないまま、世話焼きな思案顔しあんがおになった。


「でも、そうだな。俺だったら……」


「御主人さまは完璧です……喧嘩けんかとか、私が許すとか許さないとか、考える必要がありません……」


 背中合わせに座った、ルカの魔法励起現象アルティファクタのチェチーリヤが、すかさず割り込んでくる。困ったような、泣き出しそうな表情をしているが、口のはしだけで引きつるように笑っていた。


「ええ……それは、もう……問題はすべて、御主人さま以外の有象無象うぞうむぞうにありますので……それは、それは、許す必要がありません……」


「さらに上級者向けですわ……なんの参考にもなりませんの」


「俺もおっさんも、魔法士アルティスタだからなあ」


 性懲しょうこりもないリヴィオの迂闊うかつさに、またグリゼルダが、ぎろりとにらむ。


「どういう意味です?」


「いや! ほら! 喧嘩けんかにもならないってこと! ごめんなさい、お腹、お腹痛いっ!」


「……おまえらと一緒にされるのも、嫌な感じだな」


「え、えらそうに、なんだよ! それなら、なんか役に立つこと言えってば! おっさんなんだから、魔法士アルティスタになる前、人間の恋人と喧嘩けんかしたり仲直りしたりあるんだろっ?」


「馬鹿! おまえ、そういうことを……っ! …………ッ!」


「御主人さま……ああ、私の……私だけの、御主人さま……」


 爛々らんらん底光そこびかりする紅眼こうがんと、嗜虐しぎゃくたのしむ女神のような睥睨へいげいに、気のかない男二人が腹を押さえて悶絶もんぜつする。鉄杭てつくいの大蛇の飛行が、少し乱れた。


 それこそどこ吹く風で、グリゼルダとチェチーリヤが、アーリーヤに詰め寄った。


「まあ、あなたの実年齢を考えれば、口先舌先くちさきしたさきで手玉に取るのは難しいかも知れませんね。ではいっそ、身体は成長しているのですから、男の性欲につけ込んでみてはいかがです? なしくずしに済ませてしまえば、レナートも、しのごの言ってる場合ではなくなるでしょう」


「しょ、将来的に、やぶさかではありませんが……もう少し、なんと言いますか、段階的な手段が欲しいですわ」


「では……おもいを、ただ示しましょう……。言葉にするのが難しいなら……片時も離れず、無言で、見つめ続けるのです……。あなたが私のすべてだと、命だと、あなたのすべても私なのだと……わかってもらえるまで、ずっと……」


 ひたすら難易度が上がり続ける戦術指導に、アーリーヤも追い込まれて、だんだん認識を上書きされる顔になった。


 リヴィオとルカは、まだ解放されていなかった。



********************



 前方を軽く見やって、ザハールが肩をすくめた。貴公子きこうしのような顔が、悪戯いたずらっぽく笑う。


「向こうは、仲良くしているようですね。レナートくんも、そうに持つこともないでしょうに」


「誤解があるね。これが正しい距離感だよ。アーリーヤは護衛対象で、ぼくは特務機関員だ」


 レナートは、投げやりに憤慨ふんがいした。銀髪が風に暴れて、顔が隠れているのが幸いだった。


 リヴィオたちと同じ濃緑色のうりょくしょく旅装りょそうだが、両腰の装具そうぐに、魔法アルテ音響弾おんきょうだん装填そうてんした銃剣つき回転式拳銃、魔法拳銃剣アルタ・フチレスパーダを吊っている。その重さが、自分の意固地いこじさのように思えて、不愉快だった。


 ザハールが、また笑う。


「アーリーヤ王女は、本当にお綺麗きれいになりましたね」


「それで済ませるかな」


 レナートの声が、とげにまみれた。


 レナートがアーリーヤに出会い、ザハールに襲撃された時、アーリーヤの容姿はおさなかった。後で本人に聞いた十五歳という年齢に、相応そうおうだった。


 レナートとリヴィオは十七歳だ。今のアーリーヤは、二十歳ほどの成人女性に変化して、下手へたをすれば二人より身長も高いくらいだった。


 ザハールとの戦闘で、アーリーヤに潜在せんざいしていた魔法アルテ原型器げんけいき、<創世の聖剣ウィルギニタス>とやらの力を、レナートがでたらめに引き出した。それがアーリーヤに存在したはずの変化の過程、生命時間せいめいじかんを消費した。


 アーリーヤは、生きられたはずの約五年を喪失そうしつした、ということらしかった。

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