14.ちょっかい出させてもらいます

 ヴェルナスタ共和国は、北方で東西に大きく横たわるオルレア大陸の、西内海にしないかいにある海洋交易国家だ。


 国の本土は、ラグーナと呼ばれる大陸沿岸に佇立ちょりつした水上都市で、政務首都せいむしゅととして国と同じヴェルナスタの名をかんしている。そして内海をぐるりと囲んで、各地の港町を海上交易拠点かいじょうこうえききょてんに領有していた。


 櫂船かいせん帆船はんせん蒸気船じょうきせんなど、新旧、大小、国営も私営も様々な交易船団をようして、近世のはるか以前から広大な海上貿易圏を運営する、経済大国だ。


 そしてその物資流通網は、内海からも飛び出して、遠く西に大海を超えたアルティカ大陸、南に大きくのびるフラガナ大陸の海岸線にも、同じくいしのように港町を領有した。


 もちろん、各地の内陸国家としては、港町の領有権を取り上げて貿易を直轄管理した方が、利益も税収も大幅に上がる。短期の計算ではそうなっても、長期の運営となると、そう単純にはいかなかった。


 すでに完成の域にある海上貿易圏を、連綿れんめんと積み上げた知見ちけん熟練じゅくれんの技術で運営するヴェルナスタ共和国を競合相手にして、より低価で、大量に、安定して、品種も多く流通させることは難しい。


 またヴェルナスタ側も、法外ほうがいな高値で売りつけるでもなく、公正な商取引を契約し、港町を良く治めて、お互いの損益分岐点そんえきぶんきてんをしっかりと見きわめた。


 結局、内陸国家としても、ヴェルナスタ共和国に港町を預けて、関係を維持いじした方が良いとなる。


 フラガナ大陸のほぼ南端、港町インパネイラも、その一つだ。


 文化も風習もフラガナ流、街並みもフラガナ流で、住民もフラガナ大陸の黒色人種だが、執政と法務はヴェルナスタ共和国の方式だ。ヴァルナスタの公館が役所であり、本国から派遣はけんされた駐在官ちゅうざいかんが働いている。


 そこの一室で、ガレアッツオが重々しく、目の前の男をにらみつけた。


「数年に一度だ。その程度の海外領土視察に、こう問題が重なると、海の加護に個人的な不安を感じるな」


「ヴェルナスタ共和国の主宰ドージェは、毎年の国事で、海との結婚を宣誓せんせいしてるって聞いてます。海に嫉妬しっとで責められるほど、陸の御家庭が円満とかじゃないですか?」


 それなりにまっすぐ立ちながら、男が軽口を叩く。


 窓辺からのの光で金色をびる、茶褐色ちゃかっしょくの髪が、短い芝生しばふのようにはねている。二十代後半ほどの、背が高い黒色人種の男だ。しなやかに引きしまった筋肉が、薄茶色うすちゃいろの野戦服を盛り上げている。


 ガレアッツオが、あごに手を当てて、真面目まじめに考える顔をした。


「妻と娘は、前回の海外領土視察で、海難事故かいなんじこっている。結婚相手としては、一つにまとまっているはずだが……責められる覚えと言えば、残った息子との関係が、少しこじれているくらいか」


「は……?」


「だが、まあ、反抗期の年頃だ。大らかな気持ちで、見守って欲しいものだな」


 苦笑するガレアッツオに、男が、ようやく気まずそうに頭をかいた。それでも、大して恐縮きょうしゅくするでもなく、同じような苦笑を返す。


 そして、かかとを鳴らして敬礼した。


「なんか、失礼しました! それはさておき、東フラガナ人民共和国、陸軍所属、ニジュカ=シンガです。フラガナ大陸のことは、俺たち黒色人種でまとめるのがすじだと思いますので、エングロッザ王国のごたごた、ちょっかい出させてもらいます。これ、うちの代表からの親書しんしょです」


 ニジュカが右手で敬礼しながら、器用にと言うか、不真面目ふまじめにと言うか、左手で胸元から、くしゃくしゃになった封筒を取り出した。


 ガレアッツオはため息をついて、封筒を受け取った。



********************



 六年前の夏、レナートは妹のプリシッラ、母親のオフィーリアと一緒に、今と同じガレアッツオの海外領土視察に帯同たいどうした。


 オフィーリアは三十二歳、レナートと同じ銀髪ぎんぱつを腰まで伸ばした、笑顔の綺麗きれいな女性だった。八歳のプリシッラは、ガレアッツオの褐色かっしょくが少し混じった黄金色こがねいろの髪を肩で切りそろえた、大きなひとみが愛らしい少女だった。


 蒸気式旅客船じょうきしきりょきゃくせん、二隻の船団で港町を周遊しゅうゆうした帰りの航路こうろで、嵐に遭遇そうぐうした。


 船員たちが必死になって船を支えたが、いよいよ、ガレアッツオたちの乗船していた船に限界がきた。もう一隻に乗り移るしかないが、かたむく船内と荒れ狂う海で、それも至難のわざだった。


 レナートは倒壊とうかいした壁に頭を打たれて、この辺りの記憶は断片的だった。


 オフィーリアとプリシッラは、なにかの下敷きになったようだ。ガレアッツオが、レナートだけを抱いて運んだ。悲鳴と破壊音が連鎖れんさする船内を、赤く染まる視界で見ながら、レナートは意識をくした。


 ヴェルネスタの病院でレナートが、一人きりで目覚めた時、ガレアッツオはもう主宰ドージェの仕事に戻っていた。


 海難事故かいなんじこ後処理あとしょり、オフィーリアとプリシッラを含めてくなった船員たちの国葬こくそう、家族への補償ほしょう、船の耐用年数の見直しと船体の脆弱性ぜいじゃくせいの調査、改善、多くの実務を指示した。


 海も嵐も、自然そのものだ。主観的しゅかんてきな不幸、不運かも知れないが、うらんでも仕方のない存在だ。ましてあの時、自分以外の誰かが最善を尽くさなかったと逆恨さかうらみできるほど、レナートも思慮しりょに欠けてはいなかった。


 それでも、毅然きぜんとして公務をこなすガレアッツオにだけは、理不尽な怒りを持った。同情して欲しかった。裏切られたと感じて、仕方のない、で済ませられなかった感情を、すべて向けた。


 ヴェルナスタ共和国に革命とやらの騒ぎを起こそうとしていたザハールに、そんな情けない状態を利用されたのが、一年前だ。


 下手へたに喜ばれるのもしゃくなので、ちゃんと覚えていることを言う気はないが、姓名せいめいザハール=ジェミヤノヴィチ=ズダカーエフの魔法アルテは、身体内部で作用する。魔法アルテを凝集させたザハール自身の血液を媒介ばいかいに、擬似的ぎじてき魔法士アルティスタになったレナートは、ヴェルナスタ共和国の重要な国事である<海との結婚ノッツェ・デラ・マーレ>でガレアッツオを襲撃した。


 その時、立ちふさがってくれたのがリヴィオだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る