13.ひどい落ちがついたなあ

 創造神そうぞうしんは、星とと空と海、そして大地と草木を造った。


 始まりの大地となったフラガナにりた創造神そうぞうしんは、次に生き物を造った。


 の光と生命が満ちた世界に、創造神そうぞうしんは最後に、十人の男と十人の女を造った。


 創造神そうぞうしんは人をみちびき、人は大地と草木と生き物の恵みに感謝をささげた。


 十人の男と十人の女は皆、創造神そうぞうしんうやまい、愛したが、中でも最後に造られた娘は、もっとも深く創造神そうぞうしんを愛した。


 創造神そうぞうしんもまた娘を深く愛するようになり、みずからの力の半分を娘に与え、神の一柱いっちゅうにして、共にろうとした。


 娘は、この上ない喜びを感じながらも、神と人の秩序が乱れることを恐れて、創造神そうぞうしんと共にした一夜を限りに、命をった。


 娘の亡骸なきがらから生まれた創造神そうぞうしん御子みこは、小さな手に天の星をにぎっていた。


「愛する神よ。あなたにあやまちを犯させた私の罪、あなたが与えてくれた私だけへの愛を、私は人として生まれるたびに、天の星に変えてこの世界にささげましょう。そして幾星霜いくせいそうて、罪も愛もすべてこの身から消え去った時、今度こそ、正しく人としての愛をあなたにささげましょう」


「愛する娘よ。ならば私も、幾星霜いくせいそう贖罪しょくざいともにしよう。死せる人の身になりて、王としてこの世界のために尽くそう。そしてそなたが、正しく人としての愛を私にささげる時、私も神として再臨さいりんし、今度こそ、正しく神としての愛をこの世界のすべてに与えよう」


 こうしてエングロッザ王国が成立し、代々の王は創造神そうぞうしんの生まれ変わりとして、国と人のために力を尽くした。


 そして王族の血統の中に、ごくまれに天の星を持つ御子みこが生まれ、創造神そうぞうしんの力を秘宝としてこの世界に残すようになった。


 創造神そうぞうしんと娘は、人の生死のの中で眠る。いつか秘宝の天星てんせいが地にちて、創造神そうぞうしんがこの世界に再臨さいりんする、その時まで。



********************



 アーリーヤが、上気じょうきしたほおで話をしめくくった。


「素敵な愛の物語ですわ……!」


「そうかな? いや、そうかも知れないけど……なんだか、創造神そうぞうしんも余計なことをしたもんだね」


「ちなみに娘がくなられて、殿方が十人、婦女子が九人となってしまわれたために、世の殿方は婦女子を取り合って争うようになったということですの」


「ひどい落ちがついたなあ」


「命をつ前に、済ませることはしっかり済ませるあたり、その娘もたくましいですね」


 レナート、リヴィオ、グリゼルダが、それぞれの表情を見合わせた。


「とにかく……じゃあ、その創造そうぞう御子みこが持って生まれる、秘宝の天星てんせいってやつが結晶単子けっしょうたんしなのか。ザハールの野郎が言ってたみたいだけど、アーリーヤが創造そうぞう御子みこなら、アーリーヤが生まれた時にも一個、増えてるってことだよな?」


 リヴィオが大雑把おおざっぱにまとめると、アーリーヤは、外見的にはだいぶ不釣ふついになる子供っぽい仕草しぐさで、小首をかしげた。


「いえ。そのようなお話は、お父さまもお兄さまも、まったく……秘宝は五つと、古そうな御本ごほんにも書いてあって、変わっておりませんわ。わたくしにも、そのような不思議な力があるなんて、ついぞ聞いたこともなく……」


 困惑顔こんわくがおで、それでも自分の胸を確かめるようにさわってから、ちらりとレナートに横目を流す。


「ですが、これはこれで、とても満足しておりますの。やっと、現実が理想に追いつきましたわ!」


「のんきだなあ。そんな調子で年齢としを取りすぎたら、どうする気だよ」


 アーリーヤと同じ程度には、のんきな調子で、リヴィオが苦笑した。レナートとグリゼルダは、笑わなかった。


「グリゼルダ……ぼくは、魔法士アルティスタになったわけじゃない。あの時の力は、アーリーヤのものだ」


「そうですね。アーリーヤ王女が宿やどしている創造そうぞう御子みこの力、魔法アルテ原型器げんけいきとやらの力と……魔法アルテの影響を宿やどしながら魔法士アルティスタではない、魔法アルテ受容器じゅようきとでも言えるあなたの状態が、ちょうど符号ふごうしたのでしょうか」


「ん? どういうこと?」


「リヴィオ。創造そうぞう御子みこ魔法士アルティスタのように、機能的きのうてき魔法アルテを使えるとしたら、奇妙きみょうなのです。どんなに古い記録であれ、魔法士アルティスタのような特殊な異能人の存在と、結びつかないはずがありません。ましてフラガナの神話のように、結晶単子けっしょうたんしを持って生まれるのなら、関連性は明らかです。後代こうだい魔法士アルティスタが探求するほどの謎は、残りません」


 グリゼルダの碧眼へきがんが、アーリーヤとレナートを、順に見る。


「それそのものでは使えないはずの魔法アルテたましいの力を、無理に引き出した。結果としてたましいと、相応そうおう実存じつぞんが消費された。恐らくリヴィオ、あなたが看破かんぱした通りなのです」


「お、俺は別に、なにも……」


「時間というのは、物質の運動や変化、熱崩壊ねつほうかい過程かていを、人が理解しやすいように変換した概念がいねんです。川のように、なにかが流れているわけではありません。アーリーヤ王女に、本来あったはずの、変化の過程かていが消失した……若年じゃくねんゆえに成長と見えますが、概念がいねんを変換し直せば、つまりは時間、寿命の消費です」


 グリゼルダの静かな声に、リヴィオが絶句した。アーリーヤは、わかっていない笑顔で、また小首をかしげた。


 レナートが、みしめた歯のあいだからしぼり出すように、言葉をつないだ。


結晶単子けっしょうたんしは……多分、前後が逆なんだ。創造そうぞう御子みこだってことがわかったら……<創世の聖剣ウィルギニタス>だか、原型器げんけいきだか知らないけれど、そんな力を持っているってわかったら……消費する前に、使いやすい状態に変えるんだ」


「まあ、儀式なり特別な手順なりで、できるだけ若いうちに殺すのでしょうね」


 グリゼルダが嘆息たんそくする。


 過去の魔法士アルティスタが探求して、いまだ明確な答えのない魔法アルテと世界の仕組みに、一応の仮説が成立した。それは当事者全員の、重苦しい沈黙をともなっていた。

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