20.母さんかよ

 港町インパネイラを出発して五日後、平野部から東回りの登攀路とうはんろを使い、レナートたち四人は大断崖だいだんがいを超えた。


 上部は、フラガナ大陸の中央部に広がる、広大な台地だ。古代に隆起りゅうきした岩盤がんばんを、肥沃ひよく土壌どじょうと地下水系がめて、昼なお暗い大密林だいみつりんが空をつかむ勢いでしげっている。


 その大密林だいみつりんにも、まれに切れ間がのぞく。水場だったり、草原だったりで、今の場合は、少し盛り上がった丘陵きゅうりょうっぽい岩場だ。


 レナートたち四人が隠れた密林の一部から、遠目に見える岩場の上に、異常な集団が立っていた。


「こそこそとつけ回してきたのは、気がついている! 我らは偉大なるアルメキア共和国、陸軍特務部隊、至高の聖女銃士隊セント・バージニア・ハイランダーズなり! 禽獣きんじゅうにあらず、人身じんしんの礼節を知るのであれば、名乗り出よ!」


 レナートは、少し考えた。


 多分に外見からの先入観だったが、異常な、という評価は、どうやら適切だったようだ。


 堂々と立ち並んだ十人以上の男たちは、皆、若々しく立派な体格をしていたが、遠慮して言えば華やかで、正直に言えば馬鹿げていた。


 丁寧ていねいに整えた長髪と、端正たんせいな顔立ちぞろいで、中世騎士団服ちゅうせいきしだんふくに似た空色の衣装が陽光ようこうに輝いている。中でも一際ひときわに目を引く、前時代的な金の肩章けんしょう飾緒しょくしょをぶら下げた茶髪の男が、これまた豪華なかざりのある小銃を名誉めいよの剣よろしく振りかざしていた。


「ええと……なんだよ? いきなり、アルメキアって? ベルグってやつ、フェルネラントの軍人じゃなかったのかよ?」


「いやあ、俺にも、さっぱり……あいつ、引っ越したのか?」


 リヴィオの困惑こんわくに、ニジュカもけた声をもらす。


「なんだか、祝祭しゅくさい楽団がくだんみたいな方々かたがたですわね。レナートさまなら、ああいう洒落しゃれた衣装も、お似合いになりそうですの」


勘弁かんべんしてよ」


 をかけてのんきなアーリーヤに、レナートが肩をすくめた。


「とりあえず、完全に裏目に出たみたいだね……話も通じなさそうだし、この場をどうやって……」


猶予ゆうよは与えたぞ! もう名乗る必要はない! 総員、構え!」


「ちょっ……短いぞ、猶予ゆうよ!」


「無礼のやからには情け無用! 撃てぇっ!」


 リヴィオの抗議をものともせず、至高の聖女銃士隊セント・バージニア・ハイランダーズとやらが、それなりに整然と銃列じゅうれついて、斉射せいしゃした。


 密林の樹木は太く、つたもからみ合い、茂みも密生している。かげで身を低くすれば、距離もあり、騒々しい以外は枝葉えだはが時々落ちてくる程度のものだ。


「さすが、正義と腕力と開拓者精神かいたくしゃせいしんの国だなあ。個人的には、ちょいとからかってやりたい気もするが」


「弾薬の無駄使いですよ」


 ニジュカの悪戯いたずらに、レナートが釘を刺す。


「向こうが騒いでいる内に、さっさと迂回うかいしましょう。今までの進み方からして、一度追い抜けば、後は先行できます。王都ジンバフィルでも騒いでくれれば、こちらの行動の目くらましになるかも知れません」


「おまえ、若いのに頭が回るなあ。性質たちの悪い大人おとなになるぜ」


「冗談の産物にならないで済みますね」


「もちろんめてるぞ」


 弾薬の無駄使いを続けるアルメキア軍人たちを尻目しりめに、無駄口をたたきながら、レナートは何気なにげなく横を見た。行動の同意を確認するためだったが、一呼吸をはさんで、右腰の回転式拳銃かいてんしきけんじゅうを抜いた。六連発の弾倉だんそうが降り出し式で、銃身の下に小銃用の銃剣が着装されている。


 リヴィオの隣に、グリゼルダが現れていた。


 長い金髪と碧眼へきがん、神話の女神のような白い衣装をまとった美女が、リヴィオと同じ一点を無言で見据みすえている。至高の聖女銃士隊セント・バージニア・ハイランダーズが並んだ岩場の、向かって右側後方だ。


「悪い、レナート。ちょっと行ってくる」


「夕飯までには戻りなよ」


「母さんかよ」


 リヴィオが苦笑する。


 そして密林の大地を踏みしめて、咆哮ほうこうを上げた。リヴィオの背中にグリゼルダが寄り添い、手に手を重ねる。リヴィオの両足から、みしめた大地に光の波紋が広がった。


 土壌どじょう岩盤がんばんが砕け散り、鉱物結晶こうぶつけっしょうのような無数の粒子りゅうしが舞い上がる。うずを巻き、凝集ぎょうしゅうして、巨大な鋼鉄色の双肩双腕そうけんそうわんを形成した。肩とひじ衝角しょうかくのような突起が伸びて、金属の翼に似た肩甲骨状けんこうこつじょうの部品で背部が連結し、前後に重なるリヴィオとグリゼルダを中心にした、機械の巨人の腕だ。


 肩甲骨状けんこうこつじょうの背部装甲が展開し、圧縮空気を噴射ふんしゃする。至高の聖女銃士隊セント・バージニア・ハイランダーズ銃列斉射じゅうれつせいしゃあっして、大砲弾のような轟音ごうおんと勢いで、リヴィオたちが飛び出した。


 もちろん、至高の聖女銃士隊セント・バージニア・ハイランダーズ唖然あぜんとした。弾薬の無駄使いが、一旦いったん、止まる。


「どうせ当てられません! 適当に注意を引くだけですから、アーリーヤと一緒に離れてください!」


 レナートはニジュカに叫んで、樹木のかげから半身を出し、狙いもそこそこに拳銃を撃った。


 ふざけた格好をしていても、相手は一応、軍人のはずだ。軍人が小銃で当てられない距離を、まして素人しろうとの拳銃だ。弾丸そのものより、銃声を聞かせることが主目的だった。


 ニジュカに小銃を使わせるより、せめて無駄が少ない。妥当だとうな判断だと、レナート自身は思っていた。出発前にリヴィオからもらった弾丸だったことを、すっかり忘れていた。


 撃ち出された弾丸は、それなりに、至高の聖女銃士隊セント・バージニア・ハイランダーズたちの岩場に向かって飛んだらしい。岩場で、一瞬前のリヴィオたちよりさらに大きい、とんでもない炸裂音がした。


 茶髪や金髪や赤髪の、中世の騎士みたいな美男子たちが、耳を押さえて転げ回る。レナートも唖然あぜんとしたが、その時は、もう二発目と三発目を撃ってしまっていた。


 立て続けに、岩場で音が炸裂する。榴弾りゅうだんではない。岩場は震動するだけだったし、美男子たちは音のたびに、顔を引きつらせて耳をふさいで身体をのけぞらせるだけで、残念ながら血しぶきや肉片は飛び散らなかった。


 なまりの弾丸が膨張ぼうちょう、気化炸裂した、音響弾おんきょうだんだ。


 なるほど、影も形もない、全方位に音速で到達する空気の波動なら、ザハールの生体加速の魔法アルテにも厄介やっかいな邪魔物になるだろう。リヴィオの直感的な発想に、レナートは危うく、素直に感心しかけた。


「いや、でもこれ、炸裂するまでの時間とか調整は……」


「お、おのれ! ひるむな! こんな虚仮脅こけおどしに……ッ!」


 撃つ方の疑問と、撃たれた方の気合いに、四発目の弾丸がこたえた。炸裂が不発して、人の頭ほどにぱんぱんにふくれたなまりの風船が、けっこうな弾速だんそくのまま茶髪男をぶん殴った。


「やっぱり適当なんだ……不良率も高いし! 頼むから、銃身の中で炸裂しないでよ……っ!」


 レナートは茂みから茂みに移動しつつ、五発目を撃つ前に、とりあえず、祈るように銃身をひたいにあててみた。


 その御利益ごりやくか、弾丸はまた絶妙に岩場近くで炸裂して、美男子たちを美男子にあるまじき形相ぎょうそうにさせて、まとめてぎ倒した。

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