21.極端かなあ

 音響弾おんきょうだんは殺傷力、と言うより決定力に不足していたが、打撃力の観点では、多分、リヴィオ本人が考えていたよりも効果が大きかった。


 炸裂の時間も規模も一定ではなく、たまに不発して鉛風船なまりふうせんが放り込まれる。品質の不安定さが、結果的に、対応する側の混乱を引き起こしていた。


「お、おのれッ! 卑怯ひきょう……っ?」


 質量の小さい弾頭が膨張ぼうちょうするのだから、鉛風船なまりふうせん速度減殺そくどげんさいは早い。


 目の前で嘲笑あざわらうように失速する鉛風船なまりふうせんを手づかみにして、至高の聖女銃士隊セント・バージニア・ハイランダーズの、今度は赤髪の美男子がわめきかけて、直後に直近で炸裂した音響弾おんきょうだんに空気の壁で横殴りされる。


「リヴィオ、これ、ぼくが下手へたくそだから良いけど……命中した体内で炸裂したら、ちょっと非道ひどいよね……っ!」


 小銃と拳銃を撃ち合っている状況で、まだ卑怯ひきょうなんて単語が出てくる至高の聖女銃士隊セント・バージニア・ハイランダーズも図々しいが、レナートも自分で自分が馬鹿馬鹿しい。致命傷に微温ぬるいも非道ひどいもないだろう。


「おお、なんだかすごいなあ」


「レナートさま、すこぶる良いお仕事ですわ!」


 ニジュカとアーリーヤが、両耳に指をつっこみながら、茂みの間を近寄ってくる。


 飛んでくる小銃弾は、めっぽう減っている。他人からすれば、まあ、レナート一人で敵の大集団を釘づけにしているように見えるだろう。


「ニジュカさん、アーリーヤ、今のうちに……」


 言っても聞こえないよな、と思いながら、レナートはせめて口の動きで指示を伝えようとした。


 その肩を、近寄りざまに、ニジュカがり倒した。


 腕に、二振りの湾曲刀わんきょくとうを抜いている。仰向あおむけに倒れたレナートの頭上、いや眼上で、鋼鉄と鋼鉄がぶつかり合った。


 火花と打撃音が散って、二撃、三撃と、鋼鉄のかたまり旋回せんかいする。獣のように樹上から襲来した、至高の聖女銃士隊セント・バージニア・ハイランダーズとは別の敵だ。


 レナートは咄嗟とっさに、片肘かたひじ片膝かたひざで姿勢を返して、呆然ぼうぜんと立ったままのアーリーヤに飛びかかった。拳銃の銃剣じゅうけんが危なかったので、開いた両腕で、地面に押し倒す格好になる。構っていられなかった。


 ニジュカが、笑うように歯をむきながら、湾曲刀わんきょくとう縦横じゅうおうに振るっていた。二振りを重ねて、あるいは交差こうささせて、猛然とつたを、枝葉えだはを、樹木さえはらう鋼鉄の打撃を受け流し、いなす。


 敵の男は、長大な鋼鉄の棒を使っていた。


 黒髪を頭頂部でわえた、砂色の軍服の、筋骨たくましい偉丈夫いじょうふだ。両腰に時代錯誤じだいさくごな刀剣をいて、たけを越える鋼鉄の長棍ちょうこんを、風切かざきむちのようにあやつっていた。


「やっぱり、あんたで合ってたんだな! ベルグの旦那だんなぁッ!」


奇遇きぐうだ、ニジュカ=シンガ」


奇遇きぐうはねえだろ! フラガナまで出向いておいて、薄情だぜ!」


「妻にも言われる」


 淡々と言葉を返しながら、ベルグの長棍ちょうこんは回転のすさまじさを増した。


「交流がおろそかにならないよう、努力しよう」


「してくれよ! たった今ッ!」


遺憾いかんだが、任務を優先する」


「そんなんだから、言われんだよッ!」


 ニジュカの湾曲刀わんきょくとうが、わずかに軌道をらしてさばいたベルグの長棍ちょうこんを、樹木に叩きつけた。一振りをそのままみきに食い込ませて、長棍ちょうこんの先端をいつける。


 もう一振りを背中に回して、身体を沈めて、ニジュカが長棍ちょうこんの影を伝うように、地を翻転ほんてんしてベルグの足元に間合いをめた。脛斬すねぎりを半瞬の差でかわして、ベルグが長棍ちょうこんを手放し、飛び退すさった。


 ようやく二人が、少し離れて見合うまで、レナートは呼吸を忘れていた。助勢どころではない。アーリーヤを抱いて伏せているのが、精一杯だった。


 そのアーリーヤも、さすがに絶句して、二人の死闘に目を見開いていた。レナートに少し遅れて、大きく息を吸い込んだ。


「ベ……ベルグさまっ! あの、御無沙汰ごぶさたにございます! アーリーヤですのっ!」


 これまでの状況で、沙汰さたの有る無しもないものだが、律儀りちぎ定型句ていけいくにベルグがまゆ微動びどうさせた。


「アーリーヤ王女、なぜここに」


「話せば、その、長いことながら……」


「ヴェルナスタ特務局とくむきょく赤い頭テスタロッサ>、レナート=フォスカリです」


 アーリーヤの長い話とやらをさえぎって、レナートが立ち上がる。


「アーリーヤ王女は現在、ヴェルナスタ共和国が亡命を受け入れています。この場は……」


「文脈が不明瞭ふめいりょうだ」


 ベルグが、視線をレナートに移した。


「現在地はエングロッザ王国領だ。どんな国家機関であれ、相互条約で定めた公館または租借領土そしゃくりょうどの外で、治外法権は適用されない」


「それは、まあ、そうなんですが……」


「自分の任務の第一段階は、エングロッザ王国から最低一人、王族の国外退去を支援することだった」


「は、はい。その節は、わたくしとしましても、大変お世話に……」


 レナートの隣に立ち上がったアーリーヤを、ベルグは、今度は見もしなかった。


「どうやら、達成できていないようだ」


「はぁっ? いえ、その! レナートさまもニジュカさまも、今はわたくしのお願いで、帯同たいどういただいている次第でございまして……っ!」


「任務に、アーリーヤ王女の意向は含まれていない」


「ちょ……っ?」


 ベルグが腰から、右手に太刀たちを、左手に小太刀こだちを抜いた。


 無造作だがすきがなく、見えていても反応できない、不自然に自然な動作だった。


「東フラガナ人民共和国ニジュカ=シンガ、ヴェルナスタ共和国レナート=フォスカリ、任務の障害しょうがいと認識する」


「あのっ! わたくしの話を、もう少し柔軟に……っ!」


「国外退去支援のため、アーリーヤ王女を奪還させてもらう。遺憾いかんだが、交流は別の機会としよう」


「わ……わからずやですわっっ!!」


 アーリーヤの絶叫に、ニジュカの咆哮ほうこうとベルグの無言の気迫きはく湾曲刀わんきょくとう太刀小太刀たちこだちんだ刃鳴はなりが重なった。


 いつの間にか、ニジュカは抜け目なく湾曲刀わんきょくとうの一振りを回収していた。支えをなくした長棍ちょうこんが、樹木のみきから解放されて、地に落ちた。それより早く、以前にも倍する刀身と刀身の旋風せんぷうが、密林の空間をり裂いた。


 レナートはまた、アーリーヤを抱きかかえて、飛び離れる羽目はめになっていた。


「国際交流って、難しいね……!」


「ものすごい文脈の飛躍ひやくですわ……っ! 異国の殿方は、ふ、普通に、こういうものなんですの……っ?」


「あれはちょっと、極端かなあ」


 レナートは投げやりに言って、アーリーヤと二人、茂みのかげに転がり込んだ。

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