22.余計なこと言わないの

 圧縮空気の噴射ふんしゃで空中姿勢を制御しながら、リヴィオは鋼鉄の双肩双腕そうけんそうわんの、右拳みぎこぶしを突き出した。勢いのまま、密林の一点、誘うような魔法アルテの波動がまたたいた一点へ突進する。


 その一点から鋼鉄の右拳みぎこぶしへ、ちかり、と細い光がつながった。直後、密林の樹々きぎいて、巨大な雷光がはしった。


 右拳みぎこぶしの装甲が赤熱、溶融ようゆうする。目もくらむ閃光と熱波の中、リヴィオとグリゼルダが同時に叫びを上げて、右腕をさらに突き出した。グリゼルダの碧眼へきがん光輪こうりんを放ち、鋼鉄の溶融片ようゆうへんいかずちを散らしながら、奔流ほんりゅうを押し進む。


 ついに雷光をさばききって、真円にげ開いた密林の一点へ、リヴィオとグリゼルダが着地した。


 着地と同時に、地面から鉱物粒子こうぶつりゅうしを巻き上げ、鋼鉄の右腕を再構築する。少し離れた位置の、魔法士アルティスタから視線は外さない。


「なんだよ……? 場違いな姉ちゃんだなあ」


「メルセデス=ラ・レイナよ。初めまして、ミスタ・オチビ。元気なのは可愛いけど、ちょっと趣味じゃないわね」


 リヴィオの言葉の通り、密林には場違いな格好の、場違いな美女だった。


 すその広がったまっ赤な長衣ちょういから、豊かな胸の谷間となだらかな肩、つややかな腕と膝下ひざしたの、白い肌が露出している。その長衣ちょういも布が薄いのか、胸や腰の曲線に張りつくようだ。


 足元だけは無骨ぶこつ軍靴ぐんかいて、波うつ豪奢ごうしゃな金髪に、繊細せんさいな指を遊ばせている。


 となりで、黒革色くろかわいろの乗馬服に狩猟帽しゅりょうぼうをかぶって、長い赤毛を一本の三つ編みにまとめた少年の姿の魔法励起現象アルティファクタが、リヴィオに流し目を向けて、悪戯いたずらっぽくにやけた。


「悪いな。おじょうは、見た目ほどに、口の方は上品じゃないんだ。気にしないでくれよ、親友」


「オズ、余計なこと言わないの」


「オズロデットだ、おじょう


 二人の調子に、グリゼルダが口をひん曲げる。


「なれなれしい連中ですね。リヴィオ、まともに相手をしてはいけませんよ」


「そう言うなよ。あんたとおじょうも、ちょっと似てるじゃないか。ってことは、おじょうもけっこういんだろ、親友?」


「だから、なおさら不愉快なのです」


「あ、痛たたた! 耳! 耳、引っぱらないで! 俺なにも考えてないよ! ホント、余計なこと言うなよ、おまえ!」


 リヴィオとグリゼルダの調子に、今度はオズロデットが肩をすくめた。少し八つ当たり気味に、リヴィオがオズロデットとメルセデスを、順ににらむ。


「あんたら、アルメキアとフェルネラントの寄り合いなんだろ……? なにがしたくて、フラガナなんかをうろついてるんだよ?」


「あら。お客さんのお客さんだったのね」


 リヴィオの口にした、フェルネラントの国名で、メルセデスがくちびる微笑びしょうを浮かべた。


「でも、それだけじゃあ、目的まで教える義理はないと思うわ」


「こっちもヴェルナスタと、エングロッザ、東フラガナの寄せ集めなんだよ。一応、聞くけど、話し合いができたりしないかな?」


「ロセリア相手の大同盟ね。魅力的なお話だけど……」


 メルセデスの微笑ほほえみが、質を変える。


他国よそ魔法士アルティスタを信用するのは、難しいわ。あなたたちが、実はロセリアの仲間っていう可能性も、考えなくちゃいけないと思わない?」


「こっちの一人、いや、二人か? そっちのベルグって人と、知り合いらしいんだけど」


「その割には、向こうも派手に騒いでるみたいだわ」


「だよなあ」


 リヴィオがなげいて、納得する。


「とりあえず、この場は、殴り合うしかないってことか」


「それでこそあなたです、リヴィオ」


「俺の認識って」


 背中にうグリゼルダの、満足そうな鼻息に、リヴィオが苦笑しながら右半身を引いた。


 鋼鉄の双肩双腕そうけんそうわんの、左腕をたてのように前に構えて、右腕のこぶしを脇に、握りしめる。背面装甲を斜めに展開して、偏向角へんこうかくを視線に重ねる。踏みしめた大地に、光の波紋が広がった。


 わずかに早く、オズロデットが左脚をり上げていた。


 十数歩の間合いを、ちかり、と細い稲妻いなずまが走る。その先走りを辿たどって、オズロデットのりの軌道から放たれるように、初弾にも増した巨大な雷撃が空間をつらぬいた。


 鋼鉄の左腕が、雷撃を受け切れず、くずれて飛散する。


 グリゼルダの白い衣装が輝き広がって、かろうじてリヴィオを守っていた。


「くそ……っ! こいつは……っ!」


地電流ちでんりゅうですね」


 リヴィオもグリゼルダも、歯噛はがみする。


 地電流ちでんりゅうは、地殻内部ちかくないぶに発生する膨大ぼうだいな電力であり、形質を変えた大地の熱量のうずだ。


 メルセデスの魔法アルテは、それを誘導ゆうどうたばね合わせて放出している。電気の性質をびる以上、同じ大地から鋼鉄を収束させているリヴィオの魔法アルテには、目を閉じてはなっても光速度こうそくどに近いはやさで必中する。


「俺たち、相性は良いみたいだなあ、親友!」


 オズロデットがえる。右脚の回しり、左脚の後ろ回しりで、舞踏ぶとうのように回転する。


 ちかり、ちかりと続いたまたたきに、二条の雷撃が横一線にほとばしる。


 左腕の再構築が間に合わない。飛び退きざま、かざした右腕も二条の雷撃で破砕される。地に足が着くより早く、リヴィオは身体をかがめて、伏せるように転がった。


巨神像きょしんぞうを構築します。大質量で、押し通りますよ」


「わかった!」


 咄嗟とっさに両手両足で、四方に岩壁を突出させる。


 大規模な魔法アルテを展開する、時間を稼ぐためだ。そのまま地に着いている両手両足で、光の波紋を大地に広げる。幾重いくえもの魔法アルテの輝きから鉱物粒子こうぶつりゅうしが巻き上がり、螺旋らせんとなって外装装甲に収束を始める。


 刹那せつな稲妻いなずまとは違うかすかな光が、岩壁の隙間すきまから見えた。


 メルセデスが銀の理容鋏りようばさみで、豪奢ごうしゃな金髪をほんの少し、切り取っていた。物憂ものうげな微笑ほほえみで、それを舞い散らせる。星が空を埋めるように、小さな小さな白金はくきんの光が、リヴィオとグリゼルダを包む空間にただよって天球てんきゅうとなる。


「まず……っ!」


「良いかんだ、親友っ!」


 リヴィオの目を見て笑うように、オズロデットが口角こうかくを上げた。


 右脚を踏み出して地をり、ちかちかと稲妻いなずまを引いて、前方横宙返ぜんぽうよこちゅうがえりに飛んだ。左脚が背面から、大きく孤月こげつを描く。細い先走りの光が、一条の流星となって白金はくきん天球てんきゅうに散った。


 散る。はしる。拡散する無数の光線が星をつなぐ。


 瞬転しゅんてん、それまでを圧倒する雷撃の轟音ごうおんが、天球てんきゅう灼熱しゃくねつかごに閉じてり響いた。

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