23.使ってくださいませ

 空間そのものが白化はっかして、帯電した。


 電離でんりした空気の火花が、散って咲いた。


 ようやく視界の可視光が、本来の色調を回復した時、雷撃の収束点に残っていたのは、けて表面が硝子質がらすしつになった、大きな岩塊がんかいだけだった。


「おっと。やりすぎちまったか?」


 オズロデットが、黒革色くろかわいろ狩猟帽しゅりょうぼうを胸にあてて、祈るようなふりをする。隣でメルセデスが、豪奢ごうしゃな金髪を、少し指にからめた。


「調子に乗らないのよ、オズ」


「おじょうはいい女ぶってても、気が小さいからな。そういうところも、上手うまく使えば可愛かわいげに……」


 オズロデットの軽口を、岩塊がんかいのひび割れる音が、止めさせた。


 岩塊がんかいが二度、三度とひび割れて、内側にへこんだ。次々とへこんで、内側に向かって、つぶれるように自己圧壊じこあっかいした。


 割れて、つぶれて、その度に硝子質がらすしつの表面が透明度を上げて、金剛石こんごうせきのような半透明の鉱物結晶こうぶつけっしょうに変わっていった。


 オズロデットが無言でメルセデスの前に立ち、右脚を振り抜いた。一条の瞬雷しゅんらいが、人体の倍程度に集束して輝き始めた鉱物結晶こうぶつけっしょうを、つらぬいた。


 つらぬいたはずのいかずちが、鉱物結晶こうぶつけっしょうの中で反射し、無数の軌道で回転する光輪こうりんになった。光輪こうりんが赤熱をびて、鉱物結晶こうぶつけっしょうが新しい形を成した。


 全身が切り出したような鋭角を持ち、半透明の装甲が、緋色ひいろに近いあか光輪こうりんにゆらめいている。


 両肩後方に翼のような四本の連鎖結節れんさけっせつを、右腕には馬上槍ばじょうそうのような長大な尖突せんとつを、そして頭部には房飾ふさかざりのような二本の積層衝角せきそうしょうかくを伸ばした、赫光しゃっこうの騎士像となっていた。


「確かに……相性、良いみたいだな。魔法アルテかなめは想像力、か。ルカもおまえも、ホント、余計なことを言いすぎだぜ」


 縮退しゅくたいする魔法アルテの中心で、リヴィオとグリゼルダが一つに重なって、騎士像の目でオズロデットとメルセデスを見る。


 オズロデットが、引きつった笑顔を浮かべた。


「ちょっと落ち着こうぜ、親友……」


「ツレねえな、親友ッ!」


 リヴィオが咆哮ほうこうを返した。


 背面と両肩後方の翼状連鎖結節よくじょうれんさけっせつを展開、圧縮焦熱気流あっしゅくしょうねつきりゅうを解放、赫光しゃっこうの騎士像が、右腕の槍状尖突やりじょうせんとつを構えて飛翔した。


 オズロデットが、咄嗟とっさに振り上げた左脚を追って、雷撃が垂直に昇る。灼熱しゃくねつの槍と雷撃の壁が衝突して、何度目かの巨大な閃光と轟音ごうおんが、密林の一角を切りひらいた。



********************



 リヴィオが飛んで行った先で、落雷のような音が連続する。転がり込んだ茂みのかげで、レナートは少し時間をかけながら、回転弾倉の弾丸を再装填さいそうてんした。


 呼吸を深くして、整える。横から、アーリーヤが左腕に触れた。


「レナートさま。難しいことはわかりませんが……わたくしが一緒なら、レナートさまも、魔法アルテを使えるのでございましょう?」


「使えないよ」


 にべもなく、レナートが言い捨てた。


「君の命は全部、アーリーヤ、君のものだ。ぼくはそんなもの、らないよ」


「で、ですが……っ!」


 アーリーヤが、目を伏せた。


「申しわけありません……わたくしの考えが至らなかったばかりに、こんなところで、争いごとに……せ、責任を、感じておりますの」


「見当違いだよ。前にも言ったけど、ぼくもリヴィオも、ニジュカさんだって、自分の都合と考えで動いてる。アーリーヤの責任なんて、これっぽっちもないさ」


 再装填さいそうてんを終えた二丁の魔法拳銃剣アルタ・フチレスパーダを、軽く打ち合わせる。そしてアーリーヤの手を、振り払った。


「邪魔だから、ここに隠れてなよ!」


「レナートさま……っ!」


 レナートが、茂みを飛び出した。


 少し離れた位置で、剣戟けんげき旋風せんぷうが、密林をりにしていた。ベルグの大小の双太刀もろだちは、つた枝葉えだはも樹木のみきも、一顧いっこだにすることなくち落とした。やいばが軌跡をえがくところ、ことごとくが鋭利な切断面をさらした。


 ニジュカも、まともに受け止めたりはしない。二振りの湾曲刀わんきょくとうで、さばき、そらして、低い姿勢でかいくぐる。かいくぐりざま、絶妙な均衡きんこうで応戦する。しなやかな身体と柔軟な動きが、驚くような体勢と距離から、変則的な斬撃を伸びはなつ。


 割って入ることなど、レナートは、最初から考えていなかった。


 ニジュカだけに見える位置で、音響弾おんきょうだんつ。両手の魔法拳銃剣アルタ・フチレスパーダで一発ずつ、狙いなんてない。炸裂音でベルグにすきを作る、それだけだ。


 ベルグが一瞬、レナートを見た。いや、おそらく、弾道を見切った。音響弾おんきょうだんが炸裂するより早く、その弾道を抜けて、右手の太刀たちの間合いにレナートをとらえた。


 凄まじいみ込みと太刀筋たちすじだった。


 レナートが、かろうじて両腕の銃剣で受けられたのは、レナートの技量ではない。瞬時に追いすがったニジュカの、遠間とおまの斬撃が、ベルグにとどいた。それを左手の小太刀こだちで受けた分、み込みと太刀筋たちすじの速さが、わずかに不足した。


 ようやく音響弾おんきょうだんが炸裂した時、レナートは受けた太刀筋たちすじの重さで、大きく後ろに弾き飛ばされた。転がりながら、しびれた両腕で、また音響弾おんきょうだんつ。今度はすぐ目の前の地面に、だ。


 音響弾おんきょうだんがつぶれて、地中で炸裂する。土砂が、煙幕のように舞い上がった。


 土煙つちけむりの向こうで剣戟けんげきが再開したのを、打ち合うやいばの音と火花で感じ取って、レナートが立ち上がるより先に舌打ちする。


「ああ、もう! まともに邪魔もできないなんて、傷つくな……っ!」


 ニジュカとベルグがほぼ互角に戦っていても、時間がてば、痛めつけただけの至高の聖女銃士隊セント・バージニア・ハイランダーズが復活する。音響弾おんきょうだんも、仕掛けがわかれば対処される。軍人なのだから、それぐらいの根性はあるだろう。


 リヴィオと相手の魔法士アルティスタも、どうなっているかわからない。落雷のような音は、気がつけば止まっていた。


 状況は、はっきりと悪い。レナートが戦力になっていない。


「レナートさまっ!」


 今、一番、聞きたくない声を聞いて、レナートが顔をゆがめた。


「隠れてなよって、言っただろ!」


「そんな状況でないことくらい、わたくしにもわかりますわ!」


 アーリーヤが、土煙つちけむりき込みながら、レナートを見つけた。


 レナートの心の奥に、痛みがうずいた。


 アーリーヤの金茶色の巻き毛と、大きくて丸い目、物怖ものおじしない快活さは、妹のプリシッラに似ていた。成人女性の優美な身体つきと足までとどく髪の長さは、母親のオフィーリアに似ていた。


 どちらの命も、もう、どこにもない。記憶も情報も、命ではない。


 だから、苛立いらだたしかった。


「レナートさま……皆さまが、御自分の都合に命をかけていらっしゃるなら、わたくしだって同じです。一人だけ仲間はずれは、あんまりですの」


 アーリーヤが、またレナートの左腕に触れた。少しためらってから、アーリーヤは、今度は両手で、強くつかんだ。


「わたくしの命を、魔法アルテを、使ってくださいませ」


御免ごめんだね。勝っても負けてもすり減るなら、けにすらなってない。ただの使いぞんだよ」


 レナートが自嘲じちょうした。


「ベルグは、君を奪還だっかんすると言った。ザハールもルカも、真意はともかく、君を殺そうとはしなかった。お兄さんだって、その二人から君を逃したんだろう? 今、ぼくの知る限りで、君の命の危険はぼくだけだ……っ!」


 レナートは右手の魔法拳銃剣アルタ・フチレスパーダを捨てて、左腕をつかむアーリーヤの手を、強引にがした。


 残った一丁の魔法拳銃剣アルタ・フチレスパーダを、両手でしっかりと握りしめる。外しようのない至近距離で、一発だけをつ。それしかなかった。


「仕方ないさ。自分のために、誰かの命を使いつぶすなんて……もう、まっぴらなんだよ!」


 誰に向かって叫んでいるのか、レナートにはわからなかった。誰の声も、もう聞いていなかった。


 土煙つちけむりが晴れる。その向こうの戦いへ、レナートは駆け出した。

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