24.実績を評価してもらいたいですね

 ほんのわずかのきりを抜けるように、眼前が開けた。


 二振りの湾曲刀わんきょくとうと大小の双太刀もろだちで、はやく、重く、閃光を打ち合うニジュカとベルグが見えた。


 距離は十数歩もない。レナートは、今度はニジュカの、背中に回り込んだ。


 ベルグは視線を動かさず、ニジュカと斬撃を交わしながら、レナートを認識した。認識しても、ニジュカを超えて、一足飛びにレナートを攻撃はできない。


 レナートにしても、すさまじい動きをするニジュカを抜けて、一瞬の弾道を通す射撃技術はない。その必要がない。


「弾道を見切るなら……弾道そのものが牽制けんせいになる! あんたには……っ!」


 レナートは、魔法拳銃剣アルタ・フチレスパーダを握る右手をまっすぐに突き出し、左手で右手を包んで、それを引く方向に力を込めた。銃身が安定して、引き金にかかる右手の指が隠れる。


 つかも知れない。その状態を見せながら、レナートは数歩をめた。先刻のベルグの太刀たち、右片手打ち込みの間合まあいの、わずかに外だ。


 ニジュカとベルグの剣戟けんげきが、乱れた。


 かんさっしたのか、ニジュカが両手の湾曲刀わんきょくとうを大きく広げるように振るい、位置取りを変えさせない。ベルグは、レナートの技量不足を推測すいそくできても、斬撃の応酬おうしゅうの中で瞬間的に存在しては消える射線、消えては通る弾道の殺気を、無視できない。動きに、太刀筋たちすじかたよりが出る。


 ニジュカがベルグを押し始めた。


 そう感じた直後に、ベルグが、裂帛れっぱく気勢きせいを発した。左手の小太刀こだちを打ち込みざま、戻さず手を離す。ニジュカの体勢が少し流れて、ベルグの右手の太刀たち横薙よこなぎを、さばき切れずに受ける。


 その右手の太刀たちに左手も合わせて、大きな体躯たいくの重心をすべて乗せるように、振り抜いた。ニジュカも大柄で、たくましい筋肉質だが、ほとんど真横にはじき飛んだ。


 レナートとベルグに、空間が通った。


 レナートは片膝立ちで、魔法拳銃剣アルタ・フチレスパーダを構えていた。移動はできないが、弾道をくぐられることもない。


 ベルグはニジュカを飛ばした横薙よこなぎで、すでに半歩、あしを出していた。太刀たち諸手もろて横薙よこなぎから沈めた下段の地擦ぢずりで、斜め斬り上げに踏み込んでくる。


 外しようのない至近距離で、一発だけをち込む。


「それだけだ……っ!」


 弾道と斬撃、二つの死線が交錯こうさくする。


 レナートは、引き金をしぼった。そこに、ふらりと無造作に、影が割って入った。


 白い上下を着た、長身痩躯ちょうしんそうくの影だ。引き金をしぼる指の動きを、あきれるほど遅く感じる、音もない、薄暗い刹那せつなの中で、白金色はくきんしょくの長めの髪に、深いあおの目の、貴公子然きこうしぜんとした美男が微笑ほほえんだ。


「無茶をしますね。まったく」 


 ザハールのくちびるが、そう動いた。そしてレナートの、魔法拳銃剣アルタ・フチレスパーダを構えていた両手を、軽く後ろへ押しやった。


 レナートはザハールの魔法アルテが、ザハールの生体時間を加速したことで相対性そうたいせいに発生する圧縮時間を、意識だけで感応していた。


 押しやられた身体が、後方へ転倒を始める。弾道が大きく上へ外れるのを確認して、ザハールがベルグに向き合い、ふところから小剣を抜いた。


 ベルグの斬撃は、まだ途中の空間にある。ザハールの小剣が、圧縮時間の中で鋭い軌跡きせきえがく。


 小剣がベルグの首に到達する瞬間、だがベルグの眼光は、刃を見据えていた。


 かみなりのような閃光が、圧縮時間を切り裂いた。


 音も色もある通常の感覚時間に、レナートは背中から転がって、上空に発砲はっぽうしていた。その勢いで後頭部まで打ちつつ、とにかく歯を食いしばって、視線を戻す。


 すぐとなりに、ザハールが飛び退がっていた。左手で押さえた右の手指が、やや赤くけていた。


「なるほど……電流の迎撃ですか。さすがに私も、光に近い伝達速度は、手に負えませんね」


 ザハールの声は、素直に感心しているようだった。


 すでに太刀たち脇構わきがまえにしているベルグの足元に、炭化した小剣が落ちた。ベルグの首には、浅い傷があるだけだった。


「使用の機合きあいが、早かったようだ。次はもう少し引きつけよう」


「次もあるのですか?」


 ザハールの左手に、紫色むらさきいろ瘴気しょうきがゆれる。ベルグの太刀先たちさきが、ゆっくりと上がっていく。


「おい、若いの! 悪い! まだ生きてるかっ?」


 横の茂みから、ニジュカが飛び出してきた。それと同時に、レナートが転がりながら発砲はっぽうしていた音響弾おんきょうだんが、今さら、空高くで炸裂さくれつした。


 あちこちに気がれた、わずかな間に、ベルグが退いていた。あの筋骨きんこつたくましい体躯たいくで、音もなく、密林の中へ消えていた。


 ザハールが、肩をすくめた。


「生きていたのも驚きですが、魔法士アルティスタの協力まで得ているとは……やれやれ、高くつきそうな失態です。まあ、ルカのせい、ということにしておきましょう」


 苦笑するザハールを呆然ぼうぜんと見て、ようやくレナートは、転がったまま大きく息を吐き出した。立ち上がろうにも、すぐには身体に力が入らなかった。


 ザハールとレナートを交互にながめたニジュカが、鼻を鳴らした。


「とりあえず、あんたは、どこの誰だ? うちの若いのが、助けられたっぽいが……」


「ロセリア連邦陸軍れんぽうりくぐん特殊情報部とくしゅじょうほうぶコミンテルンの、ザハール=ジェミヤノヴィチ=ズダカーエフです。初めまして、ですね。あなたのことも、できれば、おうかがいさせてください」


「聞いた限りじゃ、敵同士みたいなんだけどなあ」


「そこは、まず、実績を評価してもらいたいですね。私はあなたのすき補助ほじょして、レナートくんの危機を救いましたよ」


 しゃあしゃあと言うザハールに、今度はニジュカが、苦笑して肩をすくめた。


「東フラガナ人民共和国、ニジュカ=シンガだ。ヴェルナスタ共和国とは同盟ってことで、エングロッザ王国の王女さまから要請ようせいを受けて、支援活動をしてる」


「では、私たちと同じですね。ロセリア連邦はエングロッザ王国の国王から依頼されて、やはり支援活動をしています」


「つまり、ちょっかい出し合って内乱になってる、ってことだな」


「誤解があります」


 ザハールが、レナートに手を差しのべた。

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