42.やりようがあるだろう?

 石鉄巨人せきてつきょじんが、地響きを上げて歩き始めた。山麓さんろくそのものが、街に降りたようだ。いよいよ終末神話じみてくる。


魔法アルテなら、あっちの図体でも、やりようがあるだろう? 世界大戦で使った大砲や戦車があればともかく、さすがに俺の手持ちじゃ、難しそうだ」


「こっちが難しくないみたいに言うなって。大人おとなのくせに、どうしてそう、無責任に気楽なんだよ」


大人おとな愚痴ぐちを言っても、始まらないからな。おまえこそ、れない頭、使おうとするなって」


 ニジュカが笑いながら、湾曲刀わんきょくとうで、至近に突き出された鉤爪かぎづめを受け止める。リヴィオも苦笑して、鋼鉄の腕で横払いに、せまって来ていた面貌めんぼうの影たちをはじき飛ばす。


 リヴィオとニジュカが、同時に追撃の腕を振り上げる。


 瞬間、二つの鋼鉄の棒のような物が、弾丸となって飛来ひらいした。リヴィオとニジュカの、あいだの空間をって、その先の面貌めんぼうの影たちを粉砕する。


 間髪かんぱつも入れず、それこそ弾丸のように颶風ぐふうびて駆け抜けた偉丈夫いじょうふが、面貌めんぼう群影ぐんえいのまっただ中で太刀と小太刀を抜き放った。


 リヴィオが、呆然とする間もなかった。


 すぐに獣がこたえるような叫びをあげて、ニジュカが追った。両手に湾曲刀わんきょくとうを抜いて、太刀小太刀たちこだち間合まあいを並べて、すさまじい二輪ふたわ羽車はぐるまとなる。


奇遇きぐうだなあ、ベルグの旦那だんなぁッ!」


「ああ。ニジュカ=シンガ」


 荒れ狂う優美な刃紋はもんが、曲がりの内側に刃があるなたのような刀身が、いつからか、ちかり、ちかりと、電火でんか刃走はばしりをびていた。四つの斬撃ざんげきが、またたく光を八重二十重やえはたえと空間に置き去りにして、鉤爪かぎづめをくぐり、霧風きりかぜを裂いて、し寄せる面貌めんぼうの影たちを攪拌かくはんした。


 リヴィオが、ようやく鋼鉄の肩越しに、後ろを一瞥いちべつする。


「遅いぜ、親友」


「そう言うな、親友」


 オズロデットが狩猟帽しゅりょうぼうのひさしを、指ではじいた。気安きやすい笑顔の後ろに、赤い長衣ちょういをなびかせて、メルセデスが立っている。歌劇かげきの舞台俳優が照光しょうこうを集めるように、銀の理容鋏りようばさみで切り取った豪奢ごうしゃな金髪の一片ひとひらを、右手で頭上にささいた。


「立てよ聞かずや、角笛つのぶえ


 メルセデスが一節、歌い上げる。


 唯一神教ゆいいつしんきょう讃美歌さんびかだ。呼応こおうしてメルセデスの、さらに後ろ、市街の通りの全幅に横列した至高の聖女銃士隊セント・バージニア・ハイランダーズが、小銃をまっすぐにかかげた。


「いざや御旗みはたをひるがえし、君のにつく、この身なれば!」


 中世騎士団服ちゅうせいきしだんふくに似た空色そらいろの衣装の美男子たちが、整然と進み出ながら、唱和しょうわする。天をいた銃剣の刃に、メルセデスのいた光の糸が触れる。


「なにをか恐れん。勇み進めよ」


 オズロデットが讃美歌さんびかの最後の一節に、靴先くつさきかかと打音だおんで、いんを重ねる。真横まで行進した至高の聖女銃士隊セント・バージニア・ハイランダーズの銃剣、十八本のすべてが、轟音と共に地から天へ、雷光らいこうの長槍を伸ばした。


 メルセデスが頭上に置いていた右手を、振り下ろす。


対広域戦闘たいこういきせんとう! 雷光槍列陣らいこうそうれつじん縦深突破じゅうしんとっぱ!」


我らが貴婦人ノストラ・セニョーラ天使たちの女王の名の下にラ・レイナ・デ・ロスアンジェルス!」


 雷光らいこうの長槍が、一糸乱いっしみだれず天から地へ、列陣をいて突撃する。ベルグとニジュカが攪拌かくはんした面貌めんぼう群影ぐんえいへ、深々と浸透しんとうし、蹂躙じゅうりんした。


 歌劇かげきの一幕に巻き込まれたようなリヴィオとグリゼルダが、歩み寄ってくるメルセデスとオズロデットに、胡乱うろんな目を向ける。


「フラガナも大概たいがいだけど、アルメキアの大人おとなも、性質たちが良くなさそうだなあ」


「考えたら負けですよ、多分」


 国際交流どころか、人生の真髄しんずいのようなグリゼルダのぼやきを、リヴィオは素直に受け入れた。なんとか気を取り直す。


「ええと……ここ、あてにさせてもらえるかな?」


「もちろんよ」


 メルセデスが首肯しゅこうして、くちびるに一本指をあてる。


「恩じゃないし、貸し借りでもないけど……それくらいは、身体で返すつもりで来たわ。ミスタ・オチビ、ミズ・オニヨメ」


「敬称をつければ良い、というものではありませんよ。リヴィオ、借りを返すのはこちらです。殺しましょう」


「ちょっと、グリゼルダ、落ち着いて」


「まあ、そう怒らないでやってくれよ! おじょうはこれで、照れ隠しのつもりなんだからさ」


「オズ、余計なことを言わないの」


「オズロデットだ、おじょう


 決まり文句のようなやり取りをして、メルセデスが肩をすくめた。


「南が本体、こっちは分体よ。相手の魔法アルテは、結晶単子けっしょうたんしで何個分かしら?」


天星てんせいは五個。全部、王さまが取り込んだって、おっさんたちが言ってたな」


「じゃあ、こっちで魔法士アルティスタの三人分を使いつぶすのが、私たちのお仕事ね。消耗戦しょうもうせんだけど、ちまちまやってたら、飲み込まれるわ」


「ああ。わかってる……っ!」


 メルセデスとリヴィオが、軽く、こぶしこぶしを打ち合わせた。 


 メルセデスの軍靴ぐんかから太もも、赤い長衣ちょういの腰から胸、露出した肩から指先へ、細い地電流ちでんりゅう薔薇ばらつるのようにつたい、ほとばしる。オズロデットは両手を後ろに組んで、新興しんこうのアルメキアらしい、保守的ではない舞踏ぶとうを踏んだ。


 リヴィオとグリゼルダも、両足を踏みしめた。


 大地に光の波紋はもんが走って、幾重いくえにも輝いた。光の波紋はもんから鉱物粒子こうぶつりゅうしが巻き上がり、うずとなって収束する。鋼鉄の双肩双腕そうけんそうわんが構築されて、さらに外装装甲がいそうそうこうを重ねていく。


 胸郭きょうかく形成けいせいされ、鉄片てっぺん積層せきそうした腹部ふくぶ、剣のような鋼板こうばんが並ぶ腰部ようぶ曲面装甲きょくめんそうこうを重ね合わせた脚部きゃくぶが、次々と構成されていく。


 甲冑かっちゅうのような頭部には、頭頂とうちょう衝角しょうかくが高く立ち昇った。


 背面と、両脚の後面こうめんすべての装甲が展開して、圧縮焦熱気流あっしゅくしょうねつきりゅう噴射ふんしゃする。大質量を、大推力だいすいりょくで、吹っ飛ばす。機械仕掛けの装甲巨人、鋼鉄の巨神像きょしんぞうが、山麓さんろくから降りた灰白色かいはくしょく石鉄巨人せきてつきょじんに向かって跳躍ちょうやくする。


 直後、稲妻いなづま荊棘けいきょくが、エングロッザ王国の王都ジンバフィルの外縁軌道がいえんきどうと、市街をあみの目に包んではしった。


 電火でんか刃走はばしりをびた二輪ふたわ羽車はぐるま斬撃ざんげき雷光らいこう槍列陣そうれつじん縦深突破じゅうしんとっぱ、そして、からまり突き刺す稲妻いなづまとげが、無限の霧風きりかぜ面貌めんぼう群影ぐんえいを、異界の侵食を、防いで支え、押し戻した。

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