10.これからのことを話し合おうよ

 ヒューネリクが、改めてザハール、ルカ、チェチーリヤを順に見て、ほくそ笑んだ。


「アーリーヤは、うまく逃げられたみたいだね。いろいろ手は貸したけど、それにしたって君たちを出し抜くなんて、あのフェルネラントの男、有能だなあ」


「私は言葉遊びが好きですよ、ヒューネリク。彼女は現在、信頼できる友人に預けて、安全な場所に保護しています。その一件も含めて、あなたに確認したいことが多く、こうして戻ってきたというわけです」


「作業を急いで良かったよ。ぎりぎりだった」


 ヒューネリクとザハールが、お互い、からかうような視線を交わす。


「可愛い妹に、広い世界を知って欲しくてね。ちょうど邪魔だったことだし、おとりにさせてもらったんだ。あの子は素直で優しいから、父を殺して王位も秘宝も簒奪さんだつするなんて、きっと賛成してもらえないと思って、さ」


「それは、まあ……そうでしょうね」


創造そうぞう御子みこは、ぼくじゃなくてアーリーヤだ。君たちが魔法励起現象アルティファクタを出ししみしなければ、もっと早く判別できたのに、今から思えば失敗したね。まあ、エングロッザ王国では国王を創造神そうぞうしんの生まれ変わり、世継よつぎの王子を創造そうぞう御子みこって言うから、ぼくでも間違いじゃないけれど……魔法士アルティスタの使う定義からは、外れてるね」


 ヒューネリクの背後、巨塔の内部に満ちる電気の光からにじんで、長身の仄白ほのじろい影が現れた。輪郭りんかくかおもない、うろのような影だ。名状めいじょうがたい光のような闇、闇のような光だった。


 ヒューネリクのひとみにまた、何条もの光の線が明滅した。


魔法アルテはすごいね。ぼくたちの神話では創造神そうぞうしんだけど、この……なんだろう、たましいの集合みたいな……記憶情報まで、こんな風に集積されているんだね……へえ、地面って、丸いんだ……?」


魔法アルテは千差万別です。あなたは秘宝の天星てんせい、五つの魔法アルテ結晶単子けっしょうたんしをすべて取り込んで、神の知識と創造そうぞうの力に接続した、というわけですか」


「いやあ、なんの説明もない見渡す限りの書物庫に放り込まれた、みたいな感じかな。見よう見まねで、こんな物を作ってみたけど、我ながら、ちょっと上手うまくないなあ」


 ゆらいだ仄白ほのじろい影に、おおいかぶさるようにして、砂鉄の翼が巨塔の天蓋てんがいけずり散らした。チェチーリヤの紅眼から陽炎かげろうが昇り、夜空の星明かりが、すべて砂鉄に走る青白い火花へ置き換わった。


「同感だな、いかれた王さまもどき。こわすのを手伝ってやる」


「まだ話の途中ですよ、ルカ」


「もう終わってるだろうが。国を守って侵略者と戦争する、見上げた独裁者さまだ。革命で打倒して差し上げる、大義名分のお手本だ」


「ん? ああ、ごめん。それをやろうとしてたのは父だから、ぼくが、君たちの革命を横取りしちゃったことになるのかな?」


 ザハールとルカ、そしてチェチーリヤの気勢きせいに、ヒューネリクが頭をかいた。


「科学とか近代化とか、これだけ出遅れて、世界中から孤立してやっていけないことくらいわかるよ。君たちは個人的に好きだし、革命でも共産主義でも、いっそよろしくお願いしたいな。どうだろう? これからのことを話し合おうよ」


「今さらだ。それならなんで、俺たちに、こんなだまちみたいなことを仕掛けたんだ?」


「ぼくも一応、王族だからね。なんの武器もなしに話し合いをしてもらえるとは、思ってないよ。国と国なら、それが常識だろう?」


 ヒューネリクの言葉が終わる前に、背後の仄白ほのじろい影が二つになっていた。ヒューネリクの倍ほどの長身で、同じく輪郭りんかくかおもない、うろのような影が二つだ。


「五つも取り込んだから、だろうね。混ざり合ってて、意思も名前も、姿もない。でも多分、いろいろなことができるよ。ぼくたちが戦うのは、きっと、お互いに利益がないと思うんだ」


 ヒューネリクが、また穏やかに笑った。


 ルカが無言で上げようとした左腕を、ザハールが押さえた。


「話し合いには双方の利益がある、ということですね」


「そう、それだよ! 君が好きだって言うから、がんばって言葉遊びをしたんだ。わかってくれて嬉しいな」


 次の瞬間、もう仄白ほのじろい影は、二つとも消えていた。


「ぼくは父ほど真面目な国王じゃない。他人にも国民にも、あんまり興味はないけれど……革命って言うのは、王族貴族を皆殺しにするんだろう? さすがにそこは、少し穏便おんびんに考えて欲しいなあ。後の政治とか主義主張は、好きにしてくれて構わないからさ」


「無責任なもんだな、王さまもどき」


「自分が死んだ先のことまで、責任は持てないよ」


 ルカの刺すような視線に、ヒューネリクがひらひらとてのひらを振る。


「想像がつくだろうけれど、ぼくのこの状態は、やっぱり無理があるみたいだ。三年か、長くても五年かな。話し合いがまとまるなら、君たちの前でおとなしく死んで、五つの天星てんせいも国も全部あげるよ。もちろん、待たせてる間は国賓待遇こくひんたいぐうだ。悪い条件じゃないと思うんだけど」


「アーリーヤ王女の処遇しょぐうについては、なにかありますか?」


「……あの子が素直に、君たちの役に立つとは思えないな。放っておいてあげてよ」


 ザハールを見るヒューネリクの目が、わずかに細くなった。それを確認して、ザハールが少し大仰おおぎょうに、肩をすくめて見せた。


「難しいですね」


「困ったな。正直に言うけれど、こっちに交渉材料は、ほとんどないよ?」


「私も正直に言って、先ほどの言葉遊びを撤回てっかいします。すみません。アーリーヤ王女は現在、ヴェルナスタ共和国に亡命を果たし、特務局<赤い頭テスタロッサ>の魔法士アルティスタを協力者としています」


「……んん?」


 ヒューネリクが、の抜けた声を出す。


 ルカがため息をついて、右腕を軽く振った。チェチーリヤが不満そうにまゆを下げたが、おとなしく鉄杭てつくいの大蛇と共に消えた。


 今や天蓋てんがいを消失して、巨塔の屋上となった三人の立つ床に、星明かりが戻ってきた。


「そう言えば、伝言を頼まれてたな。ええと……必ず、こんな怪しげな異人どもから、お兄さまをお救い申し上げます、だったな。あの根性娘こんじょうむすめ、本気だぞ」


遠間とおまの盗み聞きですが、国土割譲こくどかつじょうを条件に、武力介入も要請ようせいしていましたね。以後のヴェルナスタがわの動きを見るに、交渉が成立したようです」


「あれ……? どうして、そうなった……?」


 ルカとザハールが顔を見合わせる。ヒューネリクが、呆然とまばたきをした。


「そりゃ、そそっかしいところのあった子だけど……そんなとんとん拍子びょうしの急展開は、予測できなかったなあ。ええと、どうしよう?」


「聞きたいのはこっちだ!」


「他の条件は承知しました。こちらも交渉成立ですので、改めて、これからの対策方針を話し合いましょう」


 ザハールが微笑ほほえんで、ルカの肩を叩いた。


「とりあえず、牛肉の葡萄酒煮込ぶどうしゅにこみと、砂糖と乳脂にゅうしでこてこてに甘い珈琲カフェを、こちらの国賓こくひん御所望ごしょもうです」


「余計なこと言うな! 絶対、無理に寄せた、怪しい代物しろものが出てくるだけだろうが! 俺はロセリアに帰って、ロセリアの料理が食いたいんだよ! 三年だか五年だか知らないが、長期滞在まで勝手に承知しやがって、どうしてくれるんだよ、この野郎!」


「ああ、うん……数日、待ってくれるかな。創造神そうぞうしんの集積情報から、それらしい作り方を、探してみるから」


 ヒューネリクが、まだ少し呆然と、半笑いになる。ザハールがました顔で、ルカの続く怒声どせいを受け流した。


 エングロッザ王国の王都ジンバフィルは、湾曲わんきょくした巨大な淡水湖に突き出した高原の、城郭都市じょうかくとしだ。その北辺、山脈に連なるふもと屹立きつりつした巨大建造物のてっぺんに、果てしない密林の海から昇る朝の陽光が、どこか遠慮がちに差し込んできていた。

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