6.美味しいもの食べたいな

 リヴィオの魔法アルテの、鉱物粒子こうぶつりゅうしの輝きとも違う。


 黄金の粒子りゅうしが、水晶の欠片かけらが、さざなみのように広がっていた。


 アーリーヤの魔法アルテか、とも思ったが、レナートは直感的に右手を伸ばした。軽い。止まったような圧縮時間の中で、ザハールの魔法アルテに重なって、同じ速さで右手が動いた。


 伸ばした右手が触れて、さざなみが収束する。なにかがアーリーヤの身体から、レナートの身体を伝わって、空間を歪めながら形を成した。


 黄金の粒子りゅうし紗幕しゃまくのようにかがやかせる、錫杖しゃくじょうにも似た、細く長い水晶の大剣だった。


 羽根飾りを広げたようなつばを中心に、も、刀身と同じ両刃を持っている。つかむのではなく、伸ばしたレナートの右手の指の、わずかな動きで、空中で旋回せんかいした。


 ザハールの小剣が砕け散った。


 その破片よりさらに速く、ザハールが新しい小剣を、ふところから抜いていた。水晶の大剣をかわしてレナートに斬りかかる。ザハールの身体と小剣が、むらさき瘴気しょうきをうっすらまとい、なおも速度が増した。


 レナートは目で追うこともできなかった。ほんの少し、右手の指を動かせた。つばの羽根飾りで飛翔する鳥のように、水晶の大剣がザハールを捕らえた。


 また砕かれた小剣が、直前の小剣と、二本分の破片に空中で混ざり合った。


 圧縮時間が、感覚が解放された。音と明るさが戻って、ザハールが大きく飛び退いていた。片膝をついて、ほおに一すじ、血が流れていた。


「私の魔法アルテに……割り込んだ……?」


 ザハールが驚きに、目を見開いていた。


 同じ顔を、レナートもしていた。伸ばした右手の先、黄金の粒子りゅうしまとった水晶の大剣が、輝きながら浮かんでいた。


「いえ……私の魔法アルテ呼応こおうして、同質の能力を引き出した、ということですか……まさか、本当に……」


 ザハールは、ひとごとのようにつぶやいた。笑っていた。


 レナートはなにか言い返そうとして、口を引き結んだ。今さら、身体の中をごっそり持っていかれたように力が抜けて、少しでも動けば倒れそうだった。


 水晶の大剣は、まだ消えていない。ザハールに気取けどられないよう、情けないが、守ると言ったアーリーヤに逆にしがみついて、立ち続けた。


 ザハールは、そのレナートとアーリーヤと、水晶の大剣を見て、たかぶりを抑えられないように笑っていた。


「すべての魔法アルテの根源、<創世の聖剣ウィルギニタス>……創造そうぞう御子みこは、兄君あにぎみではなく、その子の方でしたか……。なるほど、これは……してやられました」


 ザハールが立ち上がり、服のほこりをはらって、白金色の髪を整えた。むらさき瘴気しょうきが引いて、どこか芝居しばいじみた、優雅な礼をする。


「どうやら私たちにも、いろいろ、確認し直さなければいけないことができたようです。レナートくん……あなたとは、本当にえんがあります。いずれまた、改めてお会いしましょう」


 あおい目の一瞥いちべつを残して、ザハールが姿を消した。


 魔法アルテだ。今度はレナートは、反応できなかった。いや、水晶の大剣が、<創世の聖剣ウィルギニタス>が反応しなかった。


 恐る恐る、忘れていたような一呼吸をすると、黄金の粒子りゅうしと水晶の欠片かけらを散らしながら、刀身もつばさざなみに戻って消えた。


 ぐらり、と重さを感じて、倒れた。


 アーリーヤが気を失っていた。レナートも、アーリーヤにしがみつかれた格好のまま、両手足を投げ出してひっくり返った。


 すぐには、苦笑の一つもできなかった。平野のまばらな木影越こかげごしに、空との光がまぶしかった。


 しばらくして、地面から見上げる視界のはしに、ぐったりしたリヴィオの顔がのぞいた。


「よお、レナート。生きてるみたいだな」


「そっちこそ……あれだけ暴れて、よく動けるね」


 レナートが、なんとか返事をしぼり出す。リヴィオもリヴィオで、レナートの横に、すぐにへたり込んだ。


「いや、もう限界。あのルカってやつが最後に、引き分けだからな、絶対だからな、って言いながら、飴玉あめだまわけてくれた」


説教強盗せっきょうごうとうみたいな人だね……それ、食べたんだ?」


「グリゼルダも、大丈夫だって言って消えたよ。ああ、まったく……腹、へったな……」


「そうだね……インパネイラで、美味おいしいもの食べたいな……揚げ物とか、がっつりしたやつ……」


芋虫いもむし素揚すあげだけは、勘弁かんべんな」


「今なら、それもいける気がするよ」


 レナートは、やっと苦笑できた。


 魔法アルテの大騒ぎが終わったのは、インパネイラからも見えたはずだ。もう少しすれば、迎えの誰かが来てくれるだろう。


 この状態で、気を失いながらまだしがみついているアーリーヤを見て、レナートはため息をついた。


 ザハールの言葉ではないが、確認しなければいけないこと、わからないことが多すぎる。ほんの短い時間で、あふれすぎだった。


 そして多分、この、黒い肌に派手な色彩の民族衣装、金茶色きんちゃいろの長い巻き毛がかかる丸い顔、丸い目の、くせの強い感じの少女に聞いても、進むような進まないような話になるだろう。それが容易に想像できて、レナートはもう一度、苦笑した。


「まあ、いいか……守るって大見栄は、なんとか果たしたし」


「そう言えば、ザハールのやつがこっち来てたんだろ? レナート、おまえ、よく追い返したな」


「それもさ、とにかくいろいろ、まとまらなくて……食べて、寝て、それからかな」


「いやもう、ホントそれな」


 レナートと一緒に、リヴィオも苦笑した。


 港町インパネイラは、沖合いで寒流と暖流のしおが混ざり合い、新鮮な魚介類が豊富にれる。香草蒸こうそうむしや、魚醤ぎょしょうみつ甘辛あまからいたれをかけた衣揚ころもあげが絶品で、平野部で栽培された穀物こくもついも粉挽こなびもち、色鮮やかな果物なんかも評判だ。


 唯一、丸々と太った昆虫の幼生を油でげた郷土食きょうどしょくだけは、レナートもリヴィオもまだ口にしていなかった。


 それらの印象が一緒くたになって、フラガナ大陸の南のはし、人類の始まりの大地に寝そべる二人の、頭の中を占領した。

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