4.誤解があります

 平野部の植生しょくせいは薄い。


 大断崖から続く森と、港町インパネイラの間の、なんとかそれなりの木立ちと茂みのかたまりに隠れて、アーリーヤとレナートは少し離れた空を見た。


 砂鉄の翼を持つ鉄杭てつくいの大蛇と、鋼鉄の巨神像が、大地をふるわせて激突している。いろいろな宗教の創世神話か、終末予言っぽい光景に、アーリーヤが丸い目をさらに丸くしていた。


「な……ななな、なんですの、あれは……っ? あれが、その……魔法アルテ、ですの……?」


「ん。まあ、ああいう非常識を全部まとめて、魔法アルテの一言で片づけるらしいよ」


「ざ、ざっくりしてますのね……」


「細かく考えても、結局は千差万別で、あんまり意味がないんだってさ」


 レナートが肩をすくめる。


「もう少ししたら、どっちかが死ぬか、お腹をかせて終わりになると思うよ。それまで、踏みつぶされないように気をつけて」


「ものすごい文脈の飛躍ですわ……ベルグさまもそうでしたが、異国の殿方は、普通にそういうものなんですの……?」


 あきれ返るアーリーヤを、レナートが、ふと見つめた。


魔法アルテは身体を熱量に変えて使うから、大食いで補給しないと、どんどんせちゃってね。リヴィオも後先考えない方だけど、あのロセリア軍のルカって人も、君を追いかけてる間、派手に魔法アルテを使ってたみたいだから。ついでに、魔法アルテを使う技能人を魔法士アルティスタ魔法アルテで出てくるあれこれを魔法励起現象アルティファクタって言うんだ」


魔法アルテに、魔法士アルティスタに、魔法励起現象アルティファクタ……ええと、語尾変換ですわね」


「名前を当てはめると、なんとなくわかったような気分になるよね」


「同感ですわ」


「レナート=フォスカリ」


「え?」


「ぼくの名前。君の名前は、啖呵たんかを切ったのが聞こえてた……アーリーヤ、なんとなくわかったような気分で助けちゃってるけど、実は、わかってないことだらけだ」


 レナートの銀髪と青い目、中性的な整った顔立ちに見つめられて、アーリーヤがうっすらとほおを染めた。


「レナートさま、アーリーヤと呼んでくださいまし」


「呼んでるよ?」


「婦女子が殿方とわかり合うには、それに相応ふさわしい手順と、せめて雰囲気が欲しいものですの」


「君も結構、飛躍するね」


 レナートが嘆息たんそくした。


「あの大騒ぎみたいに、周りのものを取り込んで使う場合は別だけど、グリゼルダ……魔法士アルティスタのリヴィオにからみついてる女なんかは、純粋な魔法励起現象アルティファクタで、普通の人には見えてないし、声も聞こえない。だから君は、普通じゃない」


「それは……ええ。その、やんごとなき身ではありますが」


「自分で言うかな。そうじゃなくて、魔法アルテの影響を宿してる、影響を強く受ける状態にいた、ってことだよ」


「レナートさまと同じように、とも、おっしゃられてましたわね。よくわかりませんが、嬉しいですわ」


「……なんでそういうところだけ、しっかり出てくるんだか」


 進むような進まないような話に、レナートが渋面になる。いいかげん、鋼鉄の巨神像と鉄杭てつくいの大蛇との戦いも、地響きも騒々しくて、混沌こんとんとしてきた。


「アーリーヤ、君はどこの何者なんだ? なぜフラガナ大陸で、北の果てのロセリア連邦の軍人なんかに追われてる? この状況と君自身に、魔法アルテがどう関係しているんだ?」


「まったくです。私たちにもよくわからなくて、困っているんですよ」


 レナートの声に、すぐ近くから、別の男の声が重なった。


 一呼吸にも満たない間に、レナートが動く。紺色の官服のふところから無骨ぶこつな回転式拳銃を抜いて、抜き撃ちに三発を撃ち放った。


 ほとんど顔の真横で発砲されたアーリーヤが、火花と音に悲鳴を上げるより早く、レナートに手を引かれて走らされていた。


「思い切りが良くなりましたね。あの鋼鉄使いの少年が、あなたを成長させたのでしょうか……とてもうるわしく、とおとい関係ですね」


 最初の声が聞こえた方向と、全然違う場所に、声の男が立っていた。


 ルカと同じくらいの年齢だ。白金色はくきんしょくの長めの髪に、深いあおの目、長身痩躯ちょうしんそうくに白い上下を着た、貴公子然きこうしぜんとした美男だった。


「あんたが言うと、いかがわしく聞こえるよ……っ!」


「誤解があります。私は、どちらかと言えば奥手です」


 軽く肩をすくめて、男の目線がレナートを追う。レナートが手近な木に、アーリーヤをぶつける勢いで押しつける。さらに自分の背中を押しつけて、木と茂みのない方向へ拳銃を向け、残りの三発を立て続けに撃った。


 すぐ弾倉だんそうを降り出して再装填さいそうてんするレナートに、その背中と木にはさまれたアーリーヤが、くぐもった声を上げた。


「あ、あの変態美人とは、お知り合いですの……っ?」


「変態なのは知ってるんだ?」


「お兄さまに色目を使ってましたわ!」


「誤解があります」


 アーリーヤをはさんだ木の逆側から、反論があった。


 レナートは即座にアーリーヤを、となりの茂みに突っ込んだ。木の両脇をすかすように、また二発を撃つ。


「レ、レナートさま! 少しくらい強引なのは、殿方の甲斐性かいしょうと思いますが、わたくしにも心の準備というものが……っ!」


「ごめん。そんな余裕ない」


 レナートも茂みに身を沈めて、銃口を向ける位置を、素早く見定める。


「あの変態美人の魔法アルテは、自分の動きを、目で見えないほどに早めるんだ。ぼくは魔法士アルティスタじゃない。魔法アルテは使えない……開けた場所にいたら、勝ち目がないんだ」


「ザハール=ジェミヤノヴィチ=ズダカーエフです。ロセリアの人名は長いので無理も言えませんが、せめてザハールとだけ覚えてください」


 今度はやや遠く、撃つには難しい辺りから、不平が聞こえた。


「それから、お見事な対応です。私の魔法アルテは、あまり便利なものではありません。動きを早くしても、小さな弾丸を正確に視認したり、障害物をすり抜けたりはできません」


「ヴェルナスタ本国が、世話になったからね。少しは考えるさ」


 鼻を鳴らしたレナートに、ザハールは苦笑したようだった。


「もちろん、それらをおぎなう工夫もありますよ。ですが、なんと言いますか……あなたとはえんがあります。必要がなければ、殺したくもありません」


「それはどうも」


「話し合いをしましょう。最初に言った通り、この状況には、私たちにもわからないことが多いのですが……その子の兄君あにぎみが、その子を心配しているのは本当です。私たちはその子にも、その子の兄君あにぎみにも、危害を加える理由がありません」


「……追いかけながら、魔法アルテを使っていたみたいだけど?」


「恥ずかしながら、その子をかどわかした相手に、手間をかけさせられたのです。そちらはなんとかなりましたので、後はその子を、兄君あにぎみのところへ連れ帰ってあげたいというだけです」


 しゃあしゃあと言うザハールに、今度はレナートが苦笑する番だった。

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