3.なんか面倒くさいなあ

 ルカの鉄杭てつくいが密集して、積層の壁を形成する。その壁を、リヴィオとグリゼルダの動きに追随ついずいして、鋼鉄の右拳が打ち砕いた。


 飛び散る鉄片の輝きの中、ルカとリヴィオの視線が交錯こうさくする。


 ルカの笑みに、鉄片の奔流ほんりゅうが重なった。奔流ほんりゅうが、いや、再構築した無数の微細鉄杭びさいてつくい旋風せんぷうが、リヴィオとグリゼルダの鋼鉄の双腕に突き刺さる。


 双腕の外装装甲が剥離はくり、光の波紋と共に鉱物粒子こうぶつりゅうし障壁しょうへきを展開して、微細鉄杭びさいてつくい旋風せんぷうさえぎった。


 地面を踏み締めて、リヴィオが咆哮ほうこうする。再び外装装甲を構築した双腕で、障壁しょうへき旋風せんぷうも、まとめてぎ払った。リヴィオとルカの間に、真空を圧縮したような刹那せつながのぞく。


 ルカが待ち構えていた。左手の人差し指を、リヴィオに向ける。


 その指にそって、ルカ自身の身の丈に及ぶ巨大な一本の鉄杭てつくいが、まっすぐ二人の間合いをつらぬいた。


 少し慌てて、リヴィオが鋼鉄の右拳を合わせた。リヴィオの背中に身を重ねるグリゼルダの、碧眼へきがんに光が宿る。双肩双腕が同じ光を放って、鉄杭てつくいを真正面から破砕はさいした。


 その右拳がとどくより早く、ルカがまた、つま先で地面を叩いていた。


 地面から鎌首かまくびを上げるような大鉄杭だいてつくいが、今度は逆に、右拳を受け止める。衝撃しょうげきを流して、ルカを乗せたまま空中に飛ぶ。木の根が大地を掘り起こして現れるように、お互いの後端と先端を連鎖れんささせた大鉄杭だいてつくいの一列が続いた。


 ルカが頭に立つ、鈍色にびいろの、戯画化ぎがかされた鉄杭てつくいの大蛇がリヴィオとグリゼルダを睥睨へいげいした。


「ああ、くそ……っ! いろいろと、器用に使いやがるな!」


小賢こざかしいものですね」


「そっちが単純すぎるんだよ。魔法アルテかなめは想像力だぞ。見た目通りに腕を振り回すだけじゃなくて、若いんだから、もっとこう、あるだろ? おまえなりの自由な想像力とか、おもしろい発想とか。俺だったら、そうだな……」


 案外、真剣に考える顔を、ルカがする。


 リヴィオがあきれて、左足を前に、右半身を引いて構えた。


「おっさん、情報部とか言ってたけど……その割にお人好しで、余計な世話焼きってウザがられてない?」


「おっさんじゃない! それから、相手が傷つくような指摘を無神経にするな! 子供が思ってるほど、大人も頑丈がんじょうじゃないんだぞ!」


「なんか面倒くさいなあ」


 リヴィオの両足から、光の波紋が広がった。明滅めいめつしながら、光が右足に集中する。


 前に出して構えた鋼鉄の左肩左腕が、光を追って吸収されるように消滅して、鋼鉄の右腕の先に長大な槍を構築した。


「おもしろいかどうかはともかく、こんなのはどうだよ……っ?」


 右腕が空気をふるわせて、槍を投擲とうてきした。


 槍の後端こうたんが、圧縮焦熱気流あっしゅくしょうねつきりゅう噴射ふんしゃする。槍先の近く、軸の四方に制御翼せいぎょよくが展開、推進方向を整える。


 鋭く強く、槍が飛んだ。


 ルカが大鉄杭だいてつくいの一節を、後ろにぶ。鉄杭てつくいの大蛇の先端節せんたんせつが、一瞬で九つの鉄杭てつくいに分割、飛翔して、槍に次々と突き刺さる。


 最後の一つが突き刺さるのと、槍が赤熱、膨張炸裂ぼうちょうさくれつするのが、ほとんど同時だった。爆炎が軍服をがして、ルカと鉄杭てつくいの大蛇が、はじかれたように退しりぞいた。


「あっぶねえ……っ! 殺す気かっ?」


「そうだろ、お互い! 魔法士アルティスタなんだからなぁっ!」


 リヴィオとグリゼルダが、鋼鉄の右肩右腕が、爆炎の真ん中を突き破った。熱にけた外装装甲が、そのまま焦熱気流しょうねつきりゅうになって多段加速、ルカが退しりぞいた間合いを押しつぶす。


 灼熱しゃくねつの拳がとどく瞬間、リヴィオとルカの狭間はざまに、黒鉄色くろがねいろの煙が広がった。


 鋼鉄の腕のひじから先が、粉微塵こなみじんけずれて消失する。煙もまたかれて、二度目の爆炎が破裂した。


 今度こそ、リヴィオとグリゼルダも大きく退しりぞいて、間合いが開いた。


 グリゼルダの金髪と、神話のような白い衣装が光をまとい広がって、鋼鉄の双腕を共に失ったリヴィオを爆炎から守っていた。


「助かったよ……ありがとう、グリゼルダ」


「その一言がこころよいですよ、リヴィオ。愛は無限ですが、無償ではありません」


 満足そうな鼻息のグリゼルダを、リヴィオは丁寧ていねいに放置した。


 爆炎が消える先、鉄杭てつくいの大蛇に重なって、黒鉄色くろがねいろの煙が茫漠ぼうばくと空ににじんでいた。ざりざりと耳障みみざわりな音と、小さな青い火花が散っている。魔法アルテびた、砂鉄の粉塵ふんじんだった。


 鉄杭てつくいの大蛇の頭、ルカの前に、女が現れていた。


 煙るような灰色の盛装せいそうと、まっすぐな白髪を足元まで伸ばした、青白い肌と紅眼の美女だ。線が細く、困ったような、泣き出しそうな表情をしていた。


 ルカが、赤銅色しゃくどういろの髪をかき混ぜて笑う。


「いや、悪かった! 前言撤回ぜんげんてっかいするよ。おまえは、ちょっとくらい単純でも、なかなかやるやつだ……だから俺も、魔法励起現象アルティファクタを紹介しよう。チェチーリヤ、挨拶あいさつだ」


 ルカにうながされて、美女が盛装せいそうすそを手に、お辞儀じぎした。


「チェチーリヤです……以後……お見知り置きを……」


 鬱々うつうつとした声だった。


 姿勢もお辞儀じぎをしたように見えて、細いたきみたいな白髪の隙間にのぞくあかい視線が、リヴィオとグリゼルダから一瞬も離れない。


「私の……私の、御主人さまが……こんなに楽しそう……。ああ……あなた方が、ねたましい……とても、とても……憎らしい……」


 もう少しで質量を持ちそうな、魔法アルテとは別の波動が放射されている。二人がそろって、げんなりとした。


「私も大概たいがい、愛が重い自覚はありましたが……これほどではありませんよね、リヴィオ」


「まったくだよ……そっちの方が、飛び抜けて難儀なんぎじゃねえか」


 そんな場合でもないが、じとりと細められた二人の目に、ルカは若干ずれた笑顔のままだった。


「まあ、難儀なんぎな女ほど可愛いってもんだろ」


 ルカが、チェチーリヤの腰を抱くように、右手を後ろから回した。そして左手をチェチーリヤの肩越しに伸ばして、人差し指と中指の二本を、リヴィオとグリゼルダにまっすぐ向けた。


 チェチーリヤの紅眼が血の光を放ち、鉄杭てつくいの大蛇の翼、黒鉄色くろがねいろの砂鉄の粉塵ふんじんが、大きく暗く平野の空に拡がった。


「グリゼルダ!」


「ええ。こちらも本気を出しましょう。指の二本分だけ、ですね」


「そうだな……っ!」


 リヴィオが、大地を踏みしめて咆哮ほうこうした。


 大地に光の波紋はもんが走って、幾重にも輝いた。光の波紋はもんから鉱物粒子こうぶつりゅうしが巻き上がり、うずとなって収束する。鋼鉄の双肩双腕そうけんそうわんが構築されて、さらに外装装甲がいそうそうこうを重ねていく。


 胸郭きょうかく形成けいせいされ、鉄片てっぺん積層せきそうした腹部ふくぶ、剣のような鋼板こうばんが並ぶ腰部ようぶ曲面装甲きょくめんそうこうを重ね合わせた脚部きゃくぶが、次々と構成されていく。


 甲冑かっちゅうのような頭部には、頭頂とうちょうに天を衝角しょうかくが高く伸びた。


 砂鉄の翼を持つ鉄杭てつくいの大蛇に匹敵する、機械仕掛けの装甲巨人、鋼鉄こうてつの巨神像が顕現けんげんした。

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