17.以心伝心ですわ!

 港町インパネイラから大断崖だいだんがいに向かう平野部の森を、レナートとアーリーヤ、リヴィオ、ニジュカの四人が歩いていた。


 全員、インパネイラのヴェルナスタ公館で用意してもらった、作業着のような濃緑色のうりょくしょく旅装りょそうだ。水と携帯食料をつめた背嚢はいのうを背負い、陽射ひざしよけの頭巾ずきんを巻いて、身長はまちまちだが野戦装備の軍隊にも見える。


 ニジュカもおそろいで、別に、東フラガナ人民共和国とやらの軍服にこだわるでもなかった。


「ロセリアの、ルカっておっさんは、国のほこりとか仲間とのきずなとか言ってたけど」


「へえ、面倒くさい奴だなあ」


「だよな! 普通、そこまで考えて着てないよな、服なんて!」


「フラガナは暑いからな。密林の部族には、ぱだかでうろうろしてる連中もいるぜ? 若い女も上から下から立派なもん丸出しで、いや、あれはちょっと盛り上がったな! 良かったら案内してやるよ」


「今時、そんな冗談を信じる外人いないって。あんたも、性質たちの良くない大人だなあ」


「あっはっは! 性質たちの良い大人なんて、それこそ冗談だろ。見たことも聞いたこともねえよ!」


 リヴィオとニジュカが、この場にいない人間の悪口を出汁だしに、笑う。ほめられた行為まねじゃなくても、対象の特定個人を擁護ようごする筋合いがまったくないので、レナートも、まあ、苦笑した。


 となりを歩くアーリーヤが、なぜか誇らしげに胸をそらしたので、ついでに無視した。


 エングロッザ王国のアーリーヤ王女、東フラガナ人民共和国陸軍のニジュカ=シンガ、ヴェルナスタ共和国のガレアッツオ=フォスカリ主宰ドージェに、おまけのレナートとリヴィオを加えた三ヶ国会談は、つつがなく進行した。


「わたくしも色々と考えましたが、はっきりしたことはわかりませんし……それに、わかってても、わかってなくても、やることは変わりませんわ」


「言うと思った」


以心伝心いしんでんしんですわ! レナートさま」


 レナートは今と同じように、苦笑と無視でごまかした。


 レナートが考えた通り、ロセリア連邦れんぽうの陸軍特殊情報部コミンテルンの二人が、エングロッザ王国に現存する魔法アルテ結晶単子けっしょうたんし、秘宝である五つの天星てんせい奪取だっしゅを目的にしていると仮定すれば、直接目標はそれを阻止そしすることだ。


 アーリーヤの家族、王族を不穏分子から救出、エングロッザ王国への外乱勢力がいらんせいりょくの介入を排除はいじょすることは、その大義名分であり、ヴェルナスタ共和国としてはこちらが上位目標になる。


 極端な話、軍事大国であるロセリア連邦れんぽうに、戦力の多寡たかで競争しても意味がない。魔法アルテ結晶単子けっしょうたんしの五つや十、持っていかれても、従来比で大した実害じつがいにはならない。


 より重要なのは、結晶単子けっしょうたんしの生産方法につながる可能性のある情報、もしくは情報所持者を確保することだ。


 それにも失敗し、魔法アルテの世界大戦でロセリア一強いっきょうが確定しても、今度は外交と政治の駆け引きに舞台が移るだけだ。むしろロセリア以外の国で危機感を共有すれば、有利な包囲網ほういもうを構築できるかも知れない。


「戦略とは、こういうものだ。おまえの洞察どうさつは正しいが、気負きおうな。戦術目標の成否せいひは、中間工程の分岐ぶんきにすぎない」


 無理をせず、危なくなったら逃げろ、後からどうにでも挽回ばんかいできる、と直訳すれば言っている。しかつめらしいガレアッツオの顔に、レナートは、肩をすくめて見せた。


「中間結果が良いほど、後が楽じゃないか。<赤い頭テスタロッサ>は主宰ドージェ直轄ちょっかつなんだし、命にえて遂行しろ、ぐらいの号令かけても、顔に出して笑わないよ」


「軍になら、状況次第でそうも言おう。だが、まだまだそんな段階ではない。すでに一国、同盟相手も確保できているしな」


「おっと。そういう紹介のされ方は微妙ですが、まあ、難しい話は置いときますよ。東フラガナ人民共和国、ニジュカ=シンガだ。よろしくな、若いのと、若いのと、若いの!」


 最初に名乗り合ったはずだが、アーリーヤまで含めて、覚えていなかったようだ。ニジュカの、自分以上の大雑把おおざっぱさに、リヴィオがあきれた。


「そりゃ、まあ、主宰ドージェが良いなら良いけどさ。人民共和国って言ったら、あれだろ? ロセリアと同じ、きょ、きょ……」


「共産主義だよ、リヴィオ」


「そう、それ! つまり、連中の仲間だろ。どういう根端こんたんなんだよ、あんた?」


「難しい話は置いとく、って言ったぞ。正直、俺もちゃんとわかってねえんだけどな。世の中、仲間と敵だけに分けるのも、窮屈きゅうくつってもんだろ」


 ニジュカが、鷹揚おうように両手を広げた。


「フラガナ大陸は、俺たち、黒色人種の住む土地だ。話し合いもケンカもごたごたも、俺たちでどうにかする。ロセリアだろうとヴェルナスタだろうと、あんたら白色人種ばかりに、勝手されたくねえのさ。それをわきまえてくれる相手か、どうか……態度を決めるのは、そこいらへんだな。これでわかってくれるか?」


「よくわからないけど、まあ、わかったかな」


「あっはっは! 仲良くなれそうだよ、若いの!」


 誰を指しているのかは、文脈で、それなりにわかる。リヴィオがレナートの横で、同じように肩をすくめて見せた。


 会談は最終的に、派遣隊はけんたいをアーリーヤ、レナートとリヴィオ、ニジュカの四人で編成、大断崖だいだんがいを東回りの比較的なだらかな迂回路うかいろ踏破とうはし、密林を抜けてエングロッザ王国の王都ジンバフィルに向かう道程どうていを決めた。


 ロセリア連邦れんぽうの特殊情報部コミンテルンの工作が、王族の懐柔かいじゅう、もしくは排除はいじょにどれだけ進んでいるか、たとえばアーリーヤを犯罪者として手配しているなど、現地の状況で対応を見極みきわめる必要がある。


 アーリーヤをインパネイラに残す選択肢せんたくしもあったが、それでは現地で大義名分が機能せず、王族の本人確認も難しい。


「したがいまして、却下ですの!」


 なにより、アーリーヤ本人の鼻息が理屈を吹き飛ばした。


 アーリーヤの個人的には、兄のヒューネリク王子が優先の上位らしいが、他の誰であれ王族を確保、救出する。


 状況が困難なら、潜伏せんぷくして増援を待つ。ガレアッツオが、ヴェルナスタ本国の<赤い頭テスタロッサ>に急使きゅうしを送ったが、この策は行動時間が大きく、あまり現実的ではないだろう。


 行動中止、撤退てったいは速やかに判断し、その場合はアーリーヤ王女一人を亡命者として確保、インパネイラから海路でヴェルナスタ本国に戻り、善後策ぜんごさくを整理する。


 大方針だいほうしん包括的ほうかつてきな戦略を背景に、行動計画が準備された。


 そして状況が開始した。

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