40.やってみせるさ

 魔法士アルティスタのメルセデスが、今、王都ジンバフィルに北辺から侵攻しているヒューネリクの魔法励起現象アルティファクタを、無機質な殺意を、感知できていないはずがない。


 ヒューネリク自身である、白朧びゃくろう無貌神むぼうしんは、南の淡水湖から悪夢じみた霧風きりかぜを広げている。禍々まがまがしくふしくれた、細く長い無数の腕が、樹林じゅりんぎ倒しながらルカの八叉大蛇やしゃおおへびと組み合っている。


「この状況で市街に向かっているのは、死なせないためでしょう。あなたたちにとっては、見も知らない人たちを」


 メルセデス本人が言ったように、アルメキア共和国陸軍の特務部隊としては、レナートたちもザハールたちも敵のはすだ。周囲すべてが敵の状況で、おそらくヒューネリク本人からここに至る失意と決意を聞いて、なお南北から包囲された王都に向かう。


 事態の結果を背負う責任の意識、最悪の終末にあらがう意思、この場所で会えた事実が示しているものを、レナートは信じた。それは、レナートたちと、まったく同じものだ。


 レナートの横で、アーリーヤとザハールもうなずいた。メルセデスのとなりで、オズロデットが口笛を吹いた。


「良いね、美少年! おじょう健気けなげなところを、わかってもらえて嬉しいぜ」


「オズ、余計なことを言わないの。どうしてそう、あなたは、誰にも彼にも気やすいのよ」


「オズロデットだ、おじょう。おじょうがしたいことを、とりもってやってるだけさ。ああいう正統派の美少年も、かなり趣味のくせして……」


「ベ、ベルグさまっ!」


 気やすく、不穏になりかけた会話に、やや無理気味にアーリーヤが割り込んだ。ベルグが無表情のまま、少し言葉を探す。


奇遇きぐうだ、アーリーヤ王女」


「……もう、それで良いですわ。その上で今度こそ、わたくしたちの話を、聞いていただきますの!」


 アーリーヤがごり押す。国際交流の間合まあいを、つかんだようだ。


 ちょうどそこへ、中世騎士団服ちゅうせいきしだんふくに似た空色の衣装に、小銃を構えた美男子の集団、至高の聖女銃士隊セント・バージニア・ハイランダーズが南から追いついてきた。後衛戦闘をしていたのだろう。整った顔も、髪も衣装も、硝煙しょうえんすすと傷の血に汚れている。


 メルセデス、オズロデット、ベルグ、そして至高の聖女銃士隊セント・バージニア・ハイランダーズを、レナートが順に見た。


「ヒューネリクは、ぼくたちが殺します」


 レナートは言葉を、にごさなかった。


 ここは、もう戦場だ。そうすることでしか、最悪の終末は防げない。


「だから、時間を作って欲しいんです。市街の人たちを守ってください。リヴィオとニジュカさんだけじゃ、手が足りない……。ヒューネリクの……」


 判断を迷わない、そのつもりだった。それでも、レナートは、奥歯をみしめていた。


「あの、ひとりよがりで嘘吐うそはきの、頭でっかちにこじらせた通りの終末になんかさせない! あの頑固者がんこものの大馬鹿が、自分勝手な犠牲のままじゃ、いけないんです……!」


 どうにも、余計なことが、口をついて出た。我ながら上手うまくない。舌打ちしかけたレナートに、だがメルセデスは、直接にはこたえなかった。


「アーリーヤ王女」


「は、はい」


「あなたは大丈夫だって……あのミスタ・オヒトヨシに、信じさせてあげて」


 豪奢ごうしゃな金髪を波打たせて、レナートのそばを通りすぎる。北へ、市街へ、まっ赤な長衣ちょういすそはたのようになびかせて、軍靴ぐんかで進む。


 オズロデットが片目をつむって、ベルグが無言で、続く。至高の聖女銃士隊セント・バージニア・ハイランダーズも、ささじゅうに銃剣の刃をかかげて、メルセデスに従う。


「いつかアルメキア本国の、最高級の食事処しょくじどころに招待するわ。そちらの彼も、一緒にね」


 ぎわあでやかな流し目を送るメルセデスに、アーリーヤが一呼吸を置いて、露骨ろこつに慌てた。


「レ、レ、レナートさまの同伴は、お断りしますの!」


「あら残念。保守的なのね」


 名残なごしそうに後ろ手を振ってから、メルセデスが駆け出した。オズロデット、ベルグ、至高の聖女銃士隊セント・バージニア・ハイランダーズも駆け出した。背中をあずけ合った。


 レナートたちも、南へ、淡水湖の方角へ目を向けた。


 くらい、深淵しんえんからの呼び声のようなものが響き渡る。ヒューネリクの創造した白朧びゃくろう無貌神むぼうしんが、腕からかすみ立つ霧風きりかぜうずで、ルカの八叉大蛇やしゃおおへび蛇身じゃしんを一つ、つぶした。


 すぐさま、八叉大蛇やしゃおおへびしたがえた砂鉄の黒嵐こくらんから、新しい鉄杭てつくい鎌首かまくびが伸びて全身の牙をく。無貌神むぼうしんの細く長い腕が、何本もまとめてい散らされる。そしてまた、無貌神むぼうしんの背中から腕が生え続ける。


 無限と無限の、異界の造影ぞうえいのようなほろぼし合いだった。


 だが、それだけではない。霧風きりかぜが広がっている。茫漠ぼうばくとした光のような闇、闇のような光は、淡水湖と大密林だいみつりんを飲み込んで天地を満たし、薄暗うすくらがりの異界が、ひたひたと視界のすべてを侵食していた。


「レナートくん」


 霧風きりかぜの向こうから浮かび上がってくる、面貌めんぼうの影たちを見据みすえながら、ザハールが、右手の小剣の刃を自分の左手首にあてた。


「私の魔法アルテは、体内に作用します。心拍しんぱく、呼吸、筋力を上げることで、神経伝達の限界まで動きを速める生体加速せいたいかそくが基本ですが、応用として、他人の体内に送り込んだ血液、私の魔法励起現象アルティファクタそのものを媒介ばいかいにして、対象者を擬似的ぎじてき魔法士アルティスタにすることが可能です」


「知ってるよ。経験者だからね」


 レナートは、肩をすくめて苦笑した。右横にいるザハールに向けて、右手を軽くげる。ザハールもまた、苦笑した。


「ヴェルナスタ共和国では、時間をかけました。私の血液が入る分、あなた自身の血液は排出しなければなりません。魔法アルテを強く、長く使おうとすれば、私の血液がより多く必要になる道理です」


「だろうね」


「血液は、脳にも循環じゅんかんします。精神をあやつられかねないと、当然、想定しているでしょう? あなたにとって、良いけではないと思いますが」


「自分の貧血だけ心配してなよ」


 ザハールに言い捨てて、気遣きづかわしげな顔のアーリーヤの、手を握る。向かい合って、つながったレナートの左手とアーリーヤの右手が、お互いの熱を交感こうかんする。


けになんて、ならなくていい。命だろうが精神だろうが、危険だけでいいさ。それでやっと、同じなんだ」


 アーリーヤの力、創造そうぞう御子みこ宿やどしている魔法アルテ原型器げんけいき創世の聖剣ウィルギニタス>の力を、魔法アルテの影響を宿やどしながら魔法士アルティスタではない、魔法アルテ受容器じゅようきと言えるレナートの状態が、ちょうど符号ふごうして引き出した。


 リヴィオの魔法励起現象アルティファクタであるグリゼルダは、そう推定していた。


 推定に、推定を重ねる。どうせ、魔法アルテはでたらめな存在だ。最後は、まあ、気合きあいだろう。


「ぼくの、魔法アルテ受容器じゅようきとしての力の経路けいろを、擬似的ぎじてき魔法士アルティスタになることで制限できれば……<創世の聖剣ウィルギニタス>からの生命せいめい消耗しょうもうも、制限できるはずだ。やってみせるさ」


「レナートさま……」


「一緒だ。アーリーヤ」


 レナートはアーリーヤに、微笑ほほえんだ。

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