月明かりにアテナの祝福を

向日ぽど

第1話


 私はごく普通の女子高生だった。最上沙良。それが私の名前。


 日本という豊かな国で生まれ、裕福な家庭と言うわけではなかったが貧しいと言うほどでもない。本当に、普通の家庭で育った。私自身も特に秀でた才能があるわけでもない。


 さほど有名でもない高校へすんなり進学し、成績は中の上。部活には入らなかったが、飲食店でアルバイトに精を出す日々。友だちだって少なくはなかったし恋愛だって人並みにしてきた。


 それは決して面白いものではなかった。だけど、何不自由なく過ごせる平穏な毎日は幸せなものだったんだと今となっては思う。



 イヤホンから流れる音楽。心地よい風が顔に掛かる髪を流してくれる。


 月曜日という憂鬱な一週間の始まりに、ため息をつきながら通学路を進む。昨日は雨だったからか、増水し濁った川を横目に小さな橋を渡る。


 何気なく、下を見れば何かが水の中でもがいている。目を凝らすとそれは子犬。

「え……」


 慌てて河川敷に下りてみれば、今にも溺れて沈んでしまいそうだ。



 ……そう、今となっては──

 助けなければ、あの平穏を崩されることもなかったと思う。


 もっと非情になれたなら。見捨てることができたなら……。


 きっと私は、ごく平凡な毎日を過ごして

 ごく平凡な結婚をして

 ごく平凡な家庭を築いて

 ごく平凡に

 その一生を終えることができたのだ。



 何も考えずに飛び込んだ川の流れは思ったよりも速く、子犬を抱きしめたものの自分ごと流されてしまったのだからお笑い草だ。



 ──ああ、私死ぬんだ。


 そう思った。



 朦朧とした意識の中、大きくて温かい手が私を包んだ気がしたが、それを確認する間もなくそのまま気を失った。





 ──そして。

 次に目を開けた時、私は後悔することになる。


 もう、あの平穏には戻ることもできなくなってしまったのだから。

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