第33話
「サラ様のおかげでこの街は活気付いております。ですから貴女様はこのアトレアの繁栄を導くアテナなんですよ」
「ね?」と同意を促すエリンに、次々と頷いていく住民たち。
「サラ様が俺たちのアテナだったなら、こんな嬉しいことはねえなあ」
そう笑ってくれるから、何だか泣いてしまいそうになった。
「……女神なんて必要ないじゃない。アトレアにはノア皇子がいるんだもん」
そう呟けば、エヴァンもエリンも、どこか切なそうに顔を歪める。
──ああ、私は。随分とこの国で愛されているんだなあ、なんて。自意識過剰かもしれないけれど、ただそう思った。
「──アトレアには、ある伝説が語り継がれております」
私の発言でしんみりしてしまった空気の中、年配の男性がゆっくりと話し出す。
「伝説?」
こくんと頷いた男性は、人の良さそうな笑みを浮かべて私を見つめる。
──それはまだ、この国が国として成立しておらず、アトレアという名もなかった頃の話。
ある満月の夜、美しき女神がこの地に降り立った。だがその姿は荒れ、ひどく衰弱していたという。女神を救ったのはたった一人の青年。青年の懸命な看病のおかげで回復した女神は、礼としてその地に住まう民を自身の背で守り、その気高く理性的な戦いで勝利へと導いた。
気が強く、自由奔放でありながらも守るべきもののために戦った女神は、彼女を救った一人の少年──後の初代アトレア国王と手を取り合ってアトレアという国を設立した。
「──月の光に誘われて、アテナが降り立つその時に──アトレアは大いなる栄光と希望の光に満ち溢れると言われておるのです」
まるでお伽話をするかのように紡がれた物語は、どこか自分にも重ねられた。
だがそれもただの虚像だ。偶然は偶然であり、必然にはなり得やしない。まして期限つきの女神など、どこに存在するだろうか。ただでさえ、私は人間なのだ。女神どころか、ヴァンパイアである彼らよりよっぽどか弱い存在であるというのに。
「いつか現れるよ、この国を──ノア皇子とともに守ってくれる、あなたたちのアテナが」
そう自分を誤魔化すのに理由はなかった。ただ、この国の民は自分を美化しすぎている。
「私はただの人間だからね、何もしてあげられないや」
ごめんなさい、と謝れば、とんでもないと驚かれる。
「たとえ貴方様が伝説のアテナではないとしても──私たちはサラ様が大好きなのですから」
……ああ、帰りたくないな。
ふと湧き出た思いに、今度こそ一筋の涙が頬を伝った。
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