第29話
──初めて会ったあの日。
月の女神のようだと思った。月光に照らされた白い肌と水に濡れた黒髪。異国の娘は、この世のものとは思えないほど美しくて。
サラは私のことを「綺麗だ」と言ったことがあったが、先にそう感じたのはきっと私の方。
先に目を奪われたのも、きっと私だ。
「──サラ様のことを、お好きですか?」
珍しくエヴァンが直接的な言葉を使った。この手の話は苦手ではなかったか──とノアは笑う。
「──愛しているよ、とても」
ノアが一人の女性に対して愛情を口にしたのもまた、初めてであった。
「……ノア様の好みが分かりませんな」
鼻で笑うエヴァンにノアは苦笑した。この臣下も──彼女の魅力はとっくに知っているだろうに。
「──アテナのようではないか」
そう呟くノアに、エヴァンは否定することもなくただ押し黙った。
この地のヴァンパイアが信仰している守護女神──アテナ。
アイギスの盾を用いて邪悪な力や災厄から人々を護ってくれるアテナは、美しく知略な女神とされ、時には男勝りに気が強く、自由奔放な性格であるとも言われている。
「このアトレアにも、月明かりに誘われてアテナが降り立ったのだよ」
ノアがそう言って笑えば、エヴァンも「……そうかも、しれません」と答えた。
「いくら私でも、女神を妻にはできないからな」
そう冗談交じりに告げ、寂しげな瞳を隠すようにノアは書類の山へと向き合う。
エヴァンはまだどこか納得のいかないような表情をしていたが、それ以上追求することもなく一礼して部屋を出た。
──ああ、本当に。手に入れらたら、どんなに幸せだろう。
まるで運命のように出逢った少女は、月の光のように掴めない。
世界を照らす月を独占することなど──許されは、しないのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます