第3話


「──あ、の」

 やっとのことで絞り出した声。


 水浴びでもしていたのか、男が髪をかきあげる。男が全裸であることに気づけば目のやり場に困った。きょろきょろと瞳を動かしているとくすっと笑われる。

「……そんなに珍しいか?」


 私の顎を掬ってそう言うから彼との距離が縮み、顔が熱くなる。


「人間か……?」

 そう問われ、眉をひそめた。


 ──当り前だ。その質問は必要なの?


 だが口を開く前にバタバタと近づいてくる足音を耳にして身を固くする私。それに対して目の前の彼は、そんな私を抱き上げる。

「ちょっと……っ」

「ノア様!!」

 私が文句を言う前に遮られた。

 それはこの、目の前の男を指す名であろうことがわかる。


「なんだ?」

 私を抱き上げたまま、姿を現した頭からつま先まで真っ黒な男に問いかけた。


「……それは?」

 “それ”とは、きっと私のことだろう。


「これか?今、拾ったんだ。可愛いだろう?」

 にっこり笑って私に頬ずりするから引っぱたいてやろうかと思ったけど


「──今は私に話を合わせておいた方が得策だぞ。死にたくなければな」

 そう、耳元で囁いたから大人しくされるがままになっていた。


「──ですが、それは人間では……?」

 怪訝そうな顔をする真っ黒な男。彼もノアという男には及ばないが、タイプの違う整った顔立ちをしている。


「ああ、だが問題はないだろう。ただの玩具だ」

 よくもまあ、本人の目の前で堂々と。だが先ほどのノアの言葉が脳裏を掠めて、その言葉もぐっと飲み込んだ。


「……お戯れも、ほどほどになさいませ。水浴びの時刻はとうに過ぎております」

 そう窘めるように言った黒い男。ノアという男は軽くため息をつくと「わかったわかった」と手で彼を追い払う真似をする。


「下がれ、エヴァン」

 ぺこりと一礼したエヴァンと呼ばれた男は踵を返し去っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る