第4話



「──さて、お前はどうする?」

 先ほどよりも近づいたノアの端正な顔立ち。

「……家に、帰ります」

 少しその綺麗な目にも慣れた私は淡々と告げる。

「家はどこだ?従者に送らせよう」

 そう言ってくれたのはいいが住所を答えればきょとんとする男。


「……それはどこの国だ?」

 知らないという彼に、私は言葉を失った。

「え……?日本ですよ!この国でしょう!?」

 ふざけているのかと声を荒げても、ノアは首を横に振る。


 いくら川を流されたと言っても、島国である日本から他国へ海を渡ったと言うのか。そんな話、ありえない。

「じゃあここはどこです!?」

 そう尋ねれば今度は彼が怪訝そうな顔をした。


「──ここは、アトレア。我がヴァンパイアの帝国だ」

 ……アトレア?そんな国、知らない。


 それよりも気になったのは“ヴァンパイア”という言葉。そんなお伽話、信じる方がどうかしている。


 だが視界いっぱいに映る男の表情は至って真面目なもの。

「ヴァンパイ、ア……?」

 震える声で繰り返しても、頭はそう簡単に理解してくれない。

 ヴァンパイア……?

 人の生き血を吸って栄養源とする不死身の怪物……?苦手なものは十字架、ニンニク、銀の弾丸――あと、なんだったっけ?


 空想の中でしか存在しないと思っていた生き物。そんなに詳しいわけもない。明らかに動揺する私を見て首を傾げたノア。


「知らぬか……?」

 私の顔を窺うように見る。


 その問いにはかろうじて首を横に振ったが、どうしても、この状況が読み込めない。


「──それで、お前の家はどこにある?」

 ぐっと噛みしめた唇。家はどこかって?


 ここが日本でないと言うのなら、すぐに帰れるわけもない。帰り道なんてわかるはずがない。


「帰れぬのか……。ならば、私のもとへくるか?」

 身を震わせて答えられない私に、優しく声をかけてくれる。それは私が想像していたヴァンパイアとは印象が全く違っていた。


「……私の、血を飲んで殺すんですか……」

 ぽつりと呟けば彼は声を出して笑った。


「私たちは意味もなく殺したりはしないさ。生きるために少しいただくことはあるがな」

 彼の言葉に、少しだけ安心した。


「──来い、お前は私が守ってやる」

 会ったばかりでも、私の頼りは彼しかいないのだ。そんな甘いセリフにも涙が出て何度も頷いた。


「──可愛いな、名は何と言う?」


「……沙良」

「私はノア。この国の皇子だ」


 そう言われて、やっぱり身分の高い人だったんだと納得するとともに、とんでもない人に拾われてしまったんじゃないかと冷や汗が流れた。

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