第9話
心地よい温もりと柔らかな感触に、頬が緩みながら意識が浮上していく。
髪を梳く指先が優しくて身を任せていると、聞き慣れない男の声がして一気に瞼を上げた。
「──おはよう、サラ」
緩んだ頬は引きつり固まっている。何度瞬きをしても彼の姿は消えなくて、頭をフル回転させると昨日の出来事が夢ではなかったのだと実感した。
「皇子……」
最後の悪足掻きで目の前の男の前髪に触れてみるけれど、それはしっかりと実体を持っていて。私が触れたことが嬉しいとばかりに目を細めて微笑んだ。
「──目覚めのキスでもしようか」
皇子の腕の中が心地よすぎて、そんな提案にもすぐに反応できなかった。
「……可愛いな、本当に」
ぼーっとしたまま皇子を見つめると、髪を撫でながらそっと顔が近付いてくる。
「……え」
落とされた口付けは額に。そこからじわじわと熱を持っていくようだった。
完全に覚醒した私の意識。慌てて起き上がり、おでこに手をあてる。
「なにすんのよっ!」
怒鳴りつけたのに、彼はそれすらも嬉しそうだ。
「すまない。お前は飾らなくていいな」
同じように起き上がった皇子が私と向き合って座る。ちっとも悪びれていないのは気にしないことにする。
「好きだよ、そういう娘は」
優しくそう告げた男は信用してはいけない。まともな男がこんなセリフを自然に吐けるものか。
だけどこの男の笑顔は嘘くさくは見えなくて。そのせいなのだ、こんなにも戸惑ってしまうのは。
「……それは、どうも!」
ふんっとそっぽを向いた私にくすくすと笑う。何をしても、この男を喜ばせる結果にしかならない気がして、私は無駄な抵抗をやめた。
「──さあ、行くぞ」
「どこへ?」
「我が帝国を紹介しよう。この国を、お前にも好きになってもらいたいからな」
ベッドから下り、立ち上がった皇子が私に手を差し伸べる。エスコートされるがまま、シャワーを済ませて着替える。
──もちろん、手伝ってもらったのは皇子ではなく、エリンという名の侍女。私よりも少しだけ年下に見えた。
「サラ様、とてもお似合いでございます!」
この人もヴァンパイアなのか…と思えば人懐っこそうな笑顔も疑心の目で見てしまう。
「……どうも」
そう答えてみるけれど、顔は引きつっていたんじゃないだろうか。
「さあ、ノア様にお見せしましょう!」
エリンに背中を押されて試着室から出されると、廊下には皇子が立っていて、窓から外の景色を眺めている。その横顔はもちろん美しい。
「……皇子」
私の声に微笑みを浮かべて振り返った。
「ああ、思った通りだ」
私のそばへ来て、頭の先からつま先まで眺めると満足そうに頷く。
「予想以上に似合っているよ。可愛いな」
恥ずかしげもなくそう褒められるから、これは照れる方がおかしいんじゃないかと思ってしまう。
「……ありがとう」
素直にそう言えるのも、彼の言葉がいつだって素直だから。
「──さあ、行こう」
差し出された手を何の抵抗もなく掴めるのも、いつだって私に触れる手が優しいから。
そんな私の気持ちなんてお見通しなのか、ふっと笑って私を連れ出してくれた。
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