第8話


「──こいつも客人だ。丁重に扱え」

 私の腕の中にいた子犬をエヴァンに引き渡す。

「……はい」

 彼は私に向けていたものとは全く違った優しい眼差しをその子に向けていた。どうやら、動物は好きらしい。

「──来い、サラ」

「は、はいっ」

 子犬を抱いて頭を下げているエヴァンから私に目を向け直した皇子は、優しく手を引いて歩き出す。慌てて自分の脚を動かしてついて行けば、迷路のように長く曲がりくねった廊下を進んでいく。

 左右にたくさんのドアがあって、一体いくつ部屋があるのかと思ってしまう。そんな風に宮殿の中を観察していれば、何度目かの曲がり角の後、廊下の突き当たりに他のものよりも格段に大きくて豪華な扉が現れた。

「……ここが、皇子の部屋?」

「そうだ」

 その部屋の主人にふさわしい、その扉。皇子がそっと開けば中には大きなベッド。なんとお洒落な天蓋付き。机の上には仕事用の書類なのか、資料なのかが積まれている。


 家具やカーペット、全てが高級であることがわかる。それは平凡な生活しかしてこなかった私にとって珍しいものばかり。無意識のうちにキョロキョロと辺りを見渡してしまった。

「……小動物のようだな」

 クスクスと笑う皇子に恥ずかしくて顔を赤くする。皇子はベッドに乗り上げてごろんと横になると、頬杖をついた。


「おいで」

 反対の手で手招きする。たったそれだけなのに、色気たっぷりで誘惑されている気になってしまうのはどうしてだろう。

「何もしないさ。──もちろん、血も吸わない」

 ためらっている私を宥めるようにそう言った。


 さっき初めて会った人だけれど…皇子はきっと、私が嫌がるようなことはしない。そんな確信があるのだから、私は彼にどこか惹かれていたのかもしれない。

「……はい」

 そっと彼のそばに寄り、ベッドに座る。


「……もっと」

 にやりと笑った皇子の手が私の腰に添えられて、ぐいっと引き寄せられた。バランスがとれなくなった私はいつの間にやら皇子の腕の中。ベッドの上で、腕枕をしてくれている皇子。これはさすがにまずいんじゃないかと身をよじるけど、皇子は離してはくれなかった。

「…くくっ」

 笑いをかみ殺している男を睨むように見上げれば顔を寄せてくる。


「──そんなに可愛い顔しても、離さない」

「……皇子のそばには、もっと可愛くて美人な人なんていっぱいいるでしょ」

 憎まれ口を叩いても、彼はただ可笑しそうに笑うだけ。


「お前が一番可愛いよ」

 コツンとおでこを合わせると、優しく微笑む。

 その温かい体温と、髪を撫でる柔らかな手つきになんだか安心して、どんどんと眠りの世界へとのめり込んでいった。

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