第10話


「わー……すごい……」


 宮殿から少し離れた繁華街にやってきた私たち。皇子はマントのフードを被って顔を隠している。仮にもこの国の皇子、住民に顔はバレているし、見つかったら騒動になるのだそう。



「ね、これは何?おう──」

“皇子”と呼ぼうとした私の口を手で塞いで、人差し指を自分の口元にあてる。


「私が正体を隠している意味がなくなってしまうだろう?」

 そう注意されてハッとした。口を塞がれたまま頷くと

「いい子だ」

 と手を離してくれる。


「……なんて、呼べばいいの」

 チラリと皇子を見上げれば、どこか嬉しそうに、何かを思いついたような悪戯な笑みで見つめ返された。


「──ノア」

 低く落ち着いたその声にドキンと胸が騒いだけれど、平常心をなんとか保った。


「……の、ノア……様」

 どうしても、皇子を呼び捨てにすることは憚られて敬称をつけてみるけれど、彼は不満げに口を尖らせた。


「……ダメ?」

 ちょっと可愛子ぶってみれば少々効果はあったのか、悩む素振りを見せたけれど、納得はしてくれない皇子。


「……可愛い顔をしても、ダメだ」

 観念して「ノア」と小さく呼べば、子どものように無邪気に笑う。


「サラ、ああ……本当に。可愛すぎてどうしようか」


 興奮した皇子が私の脇に手を差し入れて、持ち上げられる。宙に浮いた身体に驚き、小さい子がされる“たかいたかい”のような態勢に周りの好奇の目も感じられて慌てふためいた。


「やめてっ!ノアっ!」

 すぐに下ろしてはくれたけれど、周りの人たちはクスクスと笑っているのがわかる。若いカップルがイチャついているようにしか見えないのだろう。


 フードの隙間から見える綺麗な笑顔にまたドキリとしたけれど、このままでは彼の正体がバレてしまう可能性もあるのだからと腕を引っ張って人気のないところまでやってきた。



「人前であんな……っ」

 文句を言ってやろうとするけれど、皇子はどこ吹く風。彼の腕を掴んでいた私の手を離すと、指と指を絡めて繋ぎ直した。


「……まずいな、お前を手離したくなくなる」

 どこまでが本気で、どこまでが冗談なのだろう。全く分からないこの人の心を、知りたいと思った。



「ノア」

「──ん?」

 見上げた綺麗な瞳には、私の不安げな顔が映っている。それを察したのか

 

「……心配するな、お前の帰る道は私が作ってみせよう」

 どこからそんな根拠が出てくるのかは分からない。けれど貴方が言うのなら、不安なんて吹き飛んでいくの。


「お前のことは、私が守り通す。笑ってお前が帰れるように、この世界にいるうちは何も心配せず、ただ楽しんでいればいい」



 ふわりと笑ったノアに、思わずコクンと頷いていた。

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